16.突破!ガンプ大森林
植物にとっては耐え忍ぶしかない季節、冬。
雪深い大森林にある湖にやって来た社長は、そこでとんでもない事を・・
あれから私は傷ついた身体を休め、光魔法を駆使して光合成の効率を高め、大部分の枝葉を取り戻した。
湖の畔は吹きさらしになるので、風が強いが日当たりは良い。
風耐性スキルのある私には、少々の強風は問題なく、快適にキャンプを楽しむ事が出来た。
一つ残念だったことは、せっかく「実の生る広葉樹」となったのに、無理が祟って、今年は実を結ぶことが出来なかった事だ。
自業自得なので、甘んじて受け止める。
いつか落ち着いたら、ゆっくりと養生して、ちゃんと実を付けられる体調に整えよう。
どんな実をつけるのか、今から楽しみである。
そして厳しい寒さの冬がやってきた。
ガンプ大森林は標高が高いのか、冬はかなり冷え込む。
「倒木日向」でも、周囲は雪で真っ白に覆われ、幻想的な風景を形作っていた。
寒さを感じる神経はないのだが、本格的に冬になれば、身体が縮むような感覚になる。
すると「あ、これが植物にとっての寒いなのか。」と判る様になった。
越冬には慣れているものの、こんなに動き回った後に冬を迎える事はなかったので、少し心配だ。
その為この冬、私はじっと耐え忍ぶ事に決めていた。
・・のだが、ある日、妙案を思い付いた。
ビバーク地に選んだこの湖、高地にあるのか、冬は凍結したのだ。
広大な湖面が、一面真っ白に覆われていた。
実に美しい。
試しに氷の上に乗ってみたところ。
「おお、乗れるではないか。」
私の体重を支えるに十分な厚みがあるようだ。
ツルツルと滑らかな表面で、危うく転びそうになる。
「ん?もしかして・・。」
私は思い付いたことを実践してみた。
■
「おおーーー!これは愉快!」
私は氷上を滑走していた。
私は風魔法をLv4にして、風の力で背中を押して進んでいた。
風魔法はLvを上げると、その風圧、風量、風速が増した。
範囲を狭めれば、かなりの力を生み出す事が出来たのだ。
この魔法もLv5以降は世界が変わるのだろう。
空気を圧縮したり、負圧を作り出したりすれば、もっと便利になるはずである。
尚、中央部は氷が割れると恐いので、割れても脱出出来る、比較的安全な湖の外周を滑る。
溺れ死ぬよりマシである。
まるで手摺のあるスケートリンクの外周部から離れられない、スケート初心者のような姿だ。
だが、これでも自分の脚(根)で歩くよりは格段に早かった。
しかも、魔力の消費だけで進めるので、消費エネルギーが少ない。
冬の間は動けないと思っていたが、思わぬ移動手段を得たのだ。
外周部をヨタヨタ滑って行くので遠回りだが、それでも随分と距離を稼ぐことに成功した。
しかし、湖面を滑走する、籠を背負った木か・・。
我ながら不気味だ。
尚、風魔法をLv3にすると、以前にアリサが自慢気に語っていた中級風魔法『フラッシュブレス』
その効果に似た魔法も使えるようになった。
Lv3が中級で、Lv6の『ライオネルト』が超上級と言っていた。
ならば、Lv4は中上級、Lv5が上級?
Lv1初級
Lv2下級
Lv3中級
Lv4中上級
Lv5上級
Lv6超上級
Lv7?
恐らく、一般的にはこんな位置付けなのではないだろうか?
■
また、冬の間、調子に乗ってスケートで遊んでいたら、「寒冷耐性」が増えていた。
目的地の対岸に着いたので、その周囲でスケートを楽しんでいたのである。
水魔法を使って湖の氷の上に氷柱を作り、それを支柱にして掴まりながら、広大なスケートリンクを独り占めで堪能した。
また、水魔法を使った氷柱を、光魔法で溶かして造形し、氷の彫刻も作ったりと、冬ならではの遊びを続けていたのだ。
すると、「寒冷耐性」が増えていた。
なんという、おバカな取得経緯だろう・・。年甲斐もなく、お恥ずかしい。
だが、私はただ遊んでいた訳ではない。
ちゃんと防寒もしていた。
土魔法で積もった雪を盛り上げたり、水魔法で氷を作ったりして、カマクラを作ったのだ。
イヌイットのイグルーに似た、自分用の室をこしらえた。
風雪を防ぐだけでも、かなりの保温効果がある。
樹木は寒さを感じる感覚が乏しいので、防寒保温は命を守るには重要だ。
更に私は、植物ではあるまじき行為で暖をとっていた。
木のクセに、焚き火をしていたのだ。
土魔法と風魔法を駆使して薪を集め、光魔法で火を着け、焚き火をしてみたのだ。
暖をとるだけなら、光魔法でも出来るのだが、眠っている間には発動が出来ない。
焚き火ならどうだろうか?と思い付いたので、やってみたのだ。
放射熱が身体を温めてくれて、燃焼によって発生した二酸化炭素も心地よい。
葉がないので、吸収率は悪いけど、植物にとって二酸化炭素は癒し効果があるガスなのだ。
「焚き火もいいな。」
気に入ったので、たまに焚き火をして過ごしていた。
木が、焚き火にあたっている姿も不気味だろうなぁ。
そして冬が終わり・・春。
無事に越冬を果たした私は、新芽の芽吹きを合図に、再び歩き出す。
■
現在の私のステータスだ。
レベル25
種族:動く実の生る広葉樹 →
耐力:91
魔力:88
体力:27
腕力:15
脚力:20
知力:100
精力:2
財力:20
スキルポイント10
【獲得スキル】
補助系:吸収Lv5、魔法障壁Lv5、威嚇
魔法系:水魔法Lv4、土魔法Lv2、風魔法Lv4、光魔法Lv7
耐性系:毒耐性、風耐性、寒冷耐性
機能系:機能閲覧、魔力感知Lv7、視覚情報補正Lv5、思念通話Lv1、鑑定Lv3
旅の無理が響いたのか、出発時に120あった耐力が、一気に91にまで減っていた。
体力も31が27になっていた。
ステータスは弱体化もするのだな。
レベルが上がれば、ステータスも上がるというのは、ゲームなどのセオリーであるが、現実では幻想だ。
しかし、反比例するように魔力は上がっていた。
魔法を使いまくっていたからな、熟練されのだろうか?
スキルポイントにも余裕が出て来た。
これなら緊急事態にも対応がし易いだろう。
■
「はぁ~~~~、やっぱりこのままここで過ごそうかなぁ。」
新芽が芽吹き、葉を広げ、久し振りの光合成に、私は心の底から浸っていた。
「ああ~~~~、堪らんなぁ。ああ~~~~気持ちいい。」
光 合 成 最 高 ♡
厳しい持久戦を強いられる冬を乗り越えた後の光合成は、格別過ぎる!
簡単に例えれば、三日間絶食した後に出されたトンカツ定食。
または、雪山遭難中に凍えた身体で見付けた温泉。
または、猛暑の中、汗だくで作業を終えた後に呑むキンキンに冷えた生ビール。
生き返るだろう。
または、高速道路走行中に猛烈な眠気に襲われ、パーキングエリアに入ってサイドブレーキをかけ、椅子を倒して目を閉じた瞬間。
あれも気持ちが良い。
ただ、夢の中でも運転してて、事故った瞬間にハッと飛び起きる事が多いけれども・・。
それと似たシチュエーションではあるが、会社の機器トラブルで徹夜した後の対策会議、重過ぎる瞼を無理矢理に開け広げて会議を終え、仮眠の為に自室に戻り、やっと瞼を閉じる事が出来たあの瞬間。
安堵に心安らぐだろう。
安堵と気持ち良さで瞬時に眠ったものだ。
眠る事が出来た、そのあまりの気持ち良さに、もう二度と瞼を開きたくないなと思った。
まぁ、本当に瞼は開かなかったんだが・・。
そのまま過労死したようなのだがね、私は。
しかし、あの瞬間は気持ち良かった。
”死ぬほどの快楽”で死ねたのだ。
痛くて、苦しんで死ぬより、幸せだったかもしれないな。
それに近しいのが、冬明けの光合成なのだ。
気持ち良過ぎるのだ。反則的なまでに。
動きたくないのは、私が植物じゃなくても、そう思うだろう。
毎年、春に芽吹いた後は、とにかくに何もやる気が起きなくなる。
それほどまでに、光合成は気持ちいい。
まるで冬のコタツである。
その気持ち良さ、居心地の良さの為、一度入ると出られなくなる、日本が誇る魔の暖房器具、コタツ。
それに近いぞ、光合成。
また、広大な湖の畔という美しい景色、爽やかな風、澄んだ空気。
まるで高級別荘地のようなロケーションである。
こんな場所で、ゆっくりと過ごせたら・・前世で多忙が過ぎた私には、そんな夢があった。
移動もやめて、このままアリサに会えなくても良いので、余生をここで静かに過ごしたい。
この景色と環境は、そんな気持ちにさせてくれる。
いやいや、目標を見失ってはいけない。
頑張ってここまで来たのだ。
あと半分だ、頑張ろう。
でも、もう少し光合成して失った体力を取り戻すのだ・・。
そうそう、体力回復、体力回復・・
「ああ~~~~、堪らんなぁ。ああ~~~~気持ちいい。」
光 合 成 最 高 ♡
こんな感じで、歩き出す意志と、快楽に浸りたい身体の鬩ぎ合いを1ヶ月ほど続けて、私はやっと重い腰を上げた。
■
湖の畔から、名残惜しく根を引き抜いて、私は歩き始めた。
湖面の氷は、すでに溶けて無くなっていた。
私はまず、ゆっくりと川沿いを下りって行った。
川沿いは開けているので、光合成がし易いのだ。
川沿いを下っている時に、熊に遭遇した時は怖かったが、光魔法で簡単に撃退に成功。
自然の猛威に比べれば、動物の脅威など、歯牙にもかけないレベルだ。
光魔法が強過ぎるだけなのだがね。
指向性を持たせて空気中を飛ばせる電撃とか、どれだけ脅威的なのだ。
その後は平和だった。
自分の葉も傷付けることなく、光合成を続けながら歩き続けた。
お蔭で十分に身体作りが出来た。
そして、私は川を離れ、再び森に分け入り、斜面を登って行った。
登り切った所にあった驚くべきものを見て、私は確信した。
私は遂にガンプ大森林を抜けたのだ。
■
斜面を登り切った場所にあったものを見て、私は熊以上の驚きを受ける事になった。
「これは・・・街道か?」
意外にも余裕で越冬を果たした社長。
魔法が味方にある木は強い。
そして、急展開の予感・・。
ちなみに社長、前世で死んだとき年齢は50歳でした。
三流大学卒業後に起業。バブル真っ只中で、最初はそこそこ儲かってましたが、お人好しのせいで徐々に余裕がなくなり自転車操業に・・。