15.植物が旅するというイレギュラー
遂に旅立ち、ガンプ大森林の中を歩き出す社長。
しかし、木が森の中を旅するという事が、どんな事なのか、社長は思い知る事となる。
出発から1ヶ月。
私は順調に歩を進めていた。
可能な限り開けた場所を選び、木漏れ日を浴びながらゆっくりと進んだ。
尚、移動時は地中に埋めている根を、全て地表に広げて、ウネウネと歩く。
根の一本一本が土や岩を掴むので、移動時の体勢はかなり安定してる。
転んだり、滑り落ちる事などはない。
進む方角は太陽を見て決めている。
大体北東方面、そんな感覚で良いのだ。
正確に進んだところで、そこに妖精の里があるとは限らないのだから。
「日光だ!」
この日も木漏れ日があるところを見付けて、そこへ向かって急いでいた。
木漏れ日がある場所を見付けると、砂漠の中でオアシスを見付けたような気分になる。
日光、日光、日光日光日光日光日光!
気持ちは逸るが、歩みは鈍い。
もうすぐ日光、あと100m・・80m・・
あそこに行けば光合成!
全力全開光合成!力一杯光合成!
着いたぁ!
「はあ~~~~、光合成最高!生き返るなぁ。」
空腹にご馳走を得たような幸福感に包まれながら、私は日光浴を楽しんでいた。
周囲は相変わらずの深い森。
下草は殆ど無く、苔むした大地と岩、太い木の根が縦横無尽に広がった、古代の森の様な光景が続いていた。
たまに倒木日向に似た、開けた場所があり、そこには下草もあり、比較的背の低い木も生えていた。
そんな場所には鹿がうろついているが、私は威嚇と光魔法で追い払い、自分の陣地を確保する。
また、私は途中で珍しいものを見付けると、鑑定を繰り返して知識を広めていった。
現在、私の籠の中には「アダンの実」「死神茸」「鹿の角」「百年草」が入っている。
財力は一気に15になっていた。
どうも「死神茸」と「百年草」レア素材のようだ。
売れば大金が手に入るのではないだろうか。
木がお金を持っていても、使い道が無いので、物々交換の交渉材にしよう。
「アダンの実」は栄養豊富な木の実。
錬成にはあまり使えなくて、可食なので食用素材という位置付けだ。
この実が生るアダンの木は、広範囲に枝を広げた樹高の高い広葉樹の古木が多かった。
アダンの木が、他の木を押し退けているので、この木の周囲には木々が群生していない。
お蔭でこの木の下は、影が薄く、木漏れ日が差し込み易かったので、休憩に適していた。
光合成には良かったが、アダンの実を求めて頻繁に動物がやって来るので撃退が面倒だ。
熊や猪や猿のような野生動物を、魔法で撃退しつつ光合成した。
アダンの実は、梅の実のような果肉で、柿の実のような大きさと形をしていた。
尚、樹高が高いので、枝に付いている実を採るのは厳しい。
幸いにして、木の下は落ち葉の腐葉土となっており、ふっかふかのクッションのようだ。
アダンの実は熟れていないと硬いので、高所から落下しても無事な物は多かった。
熟すと大変美味しいらしいので、お土産には良いと思い、落ちていた実で、状態の良いものを見付けては拾っておいた。
お蔭で結構な量が籠に入っている。
魔力量も豊富なので、魔力不足の際には、この実から「吸収」も出来るので、自身の魔力回復薬としてもストックしていた。
「死神茸」はその物騒な名前の通り、強力な毒キノコ。
錬成に使えて、当然食用不可。抽出した毒を武器等に塗って殺傷力を高めるそうだ。
笠に髑髏マークみたいな模様が点々とある、実に分かり易い毒キノコだった。
「百年草」は薬効成分が豊富な薬草。煎じて飲めば、様々な病に効くらしい。
魔力量も豊富で、生で食べれば魔力を取り入れられる。
但し、酷く不味い。
「富魔養土」という魔力が豊富な土にしか生えないようで、恐竜のようなデカい動物の骨が横たわった開けた場所で見付け、多めに採取しておいた。
「鹿の角」は水辺に落ちていた。
なんかカッコいいので、籠に引っ付けて飾りにしている。
このガンプ大森林。
深い森のせいか、人に荒らされていないだけあり、そのようなレアアイテムも入手し易いようだ。
ナマモノが保存できないのは残念だ。
小川沿いに進んでいると、魚やカエル、トカゲなどの生き物を捕まえることが出来ており、それらは食べられたのだ。
しかし、籠に入れていると、全て干物になる。
ところで、鈍足で鈍重な私が、どうやって機敏な動物を捕まえているのか、不思議に思うかもしれないね。
答えは簡単である。
私は自分の細身の枝を折り重ねて、網のようにする事が出来るようになっていた。
あとは、根や、その他の枝で追い込めば良いのだ。
追い込み漁を一人で出来るのである。
何十本もの枝や根、人間で考えると手足を、自在に動かすという感覚は、人間では味わえない感覚だ。
慣れると自然に出来るものだった。
さて、今日は一日、この木漏れ日がある場所で光合成休憩だ。
光合成でエネルギーを貯め、明日出発するか。
こんな調子で、のんびりと旅を楽しんでいた。
■
出発から3ヶ月。
1日約1.5kmのペースで、やっと70km程歩いたと思う。
巨大な針葉樹の森・・霧に包まれた峡谷・・危険なガスを放つ荒廃した沼・・
大迫力の瀑布・・美しく巨大な湖・・奇怪な形状の侵食岩地帯・・そしてまた始まる神秘的な森。
前世の私では、ネット写真や動画等でしか見る事の叶わなかった、素晴らしい景色ばかりが続いた。
どれもが手付かずの自然だった。
見た事の無い動植物も多かった。
岩山のような亀、私よりも大きな超巨大蜘蛛、腐った肉のまま動く巨大熊、バカデカい食虫植物、爆発するシダ植物、等々。
そんな恐ろしい怪物も見掛けた。
視覚情報補正スキルを入手していて良かった。
この景色を味わえないのは損だ。
と思って、私は魔力感知をLv7へ。視覚情報補正もLv5へと押し上げていた。
魔力感知Lv7は凄かった。
これまでは、全方位が一律に見えていたのだが、見たい方向を集中すると、かなり遠距離まで感知し、見通すことが出来るようになった。
これにより、人間だった時と変わらない視界を得る事が出来た。
出来れば聴覚も欲しかったな。臨場感が違うだろう。
だが、植物が贅沢を言ってはいけない。
それと、私の背丈と変わらない超巨大キノコを見た時は、是非とも写真を撮りたかった。
ちなみに鑑定すると食べられるようなので、一部を切り取り、お持ち帰りしている。
そんな風に、順調に思えた私の旅だが、事態は急変を迎える。
森の様子が一変。
巨木が減り、下草が多くなり、低木や茂みが増えた。
恐らく、ガンプ大森林の終端が近付いているのだろう。
木影が減った事により、光合成するには適していたので、私は喜んでそのルートを突き進んだ。
だが、この安易な選択がピンチを招いた。
ガサガサ
ガサガサガサガサ
これが実に進み難い。
他の植物が引っ掛かり、行く手を阻むのだ。
これが困った事に、私の枝や葉を傷付けた。
そして、暫く進んで気付いたのだ。
「おかしい。光合成の効率が悪くなっている。」
季節は夏になり、葉の数も増える時期なので、もっと効率よく光合成が出来ると思っていた。
それが逆の結果に陥っている。
原因は明確だった。
葉の数が減っている。
傷付いて、弱って、落葉したのだ。
痛覚が無いので、葉が減っている事に気が付かなかった。
植物にとって葉は生命線。
葉が無くなる = 光合成が出来ない = エネルギーが作り出せない
つまり、死である。
しかも、葉は簡単には増えない。
失うのは早いが、復活するのには時間が掛かるのだ。
分かっていたつもりなので、枝葉を折り畳み、出来るだけ他の木に当たらないように進んでいたのだが、どうしてもどこかが当たってしまっていた。
これはマズイ。
危機感が欠如していた。
このままでは活動に必要なエネルギーが得られない。
成長してエネルギー消費量も増えた私である。
身体の大きさに比例した、適切な葉の面積が必要なのだ。
それなのに、大事な葉をかなりの量、失っていた。
更に移動に備えてシェイプアップしたのも裏目に出ている。
枝葉を増やさず、幹を太く鍛えたという事は、消費量が増したのに、回復量は変わってないという、バランスの悪い状態を生み出していた。
本来は幹も枝葉も、同じペースで成長しなければいけないのだ。
なのに配慮に欠いて葉を失い、芽を傷付け、私は自分の身体をボロボロにしていたのだ。
私は馬鹿者だ。
人間の感覚で準備してはいけなかったのだ。
私は木だ。
木には木に適した準備と配慮をしなければならなかった。
その大きな勘違いのツケが回ってきていた。
このままではエネルギー消費量が、光合成による回復量を凌駕してしまう。
そんな状態で旅を続けたら、餓死して枯れてしまうだろう。
何という失態。
私は何を呑気に歩き続けていたのだ。
そして、まだまだ不安材料は尽きない。
葉を失えば、越冬準備が出来なくなる。
植物は冬を迎えるにあたり、秋までの間にエネルギーを貯め込み、冬を越して春にまた芽吹くのである。
エネルギー枯渇ギリギリまで動き回って、翌日光合成で回復。
回復した分を、翌日また使い切るという、過酷なその日暮らし。
そんなハードな生活をしているバカな植物なんて、私くらいなものだ。
皆、地道にエネルギーを蓄えて、越冬準備をしているのだ。
そんな不養生を続けていた私は、痩せ細っていた。
10cmあった幹が、8cmになっている事に気付いた。
こんな飢餓状態で葉が無くなったら、光合成が出来ずに、十分な蓄えが備えられず、冬を越えられない!
植物の身体は、基本的に動くように出来ていないのだ。
ましてや「旅をする」などと、そんなイレギュラーに対応していない。
じっとしてるのが本来の姿であり、それに適した身体構造となっている。
それを魔力やスキルポイントで無理矢理動くようにしていたので、私は勘違いをした。
動物・・人間のようだと勘違いしていた。
動く = 人間のように振る舞える とは限らないのに、だ・・。
当然、植物は動かない方が健全で安全なのだ。
そんな当たり前の事を失念していた。
私は深く反省した。
これからは一枚たりとも葉を失う訳にはいかない。
魔法があるからなんだ。
私の・・樹木の敵は、動物でも人間でも、モンスターでも魔王でもない。
自然だ。冬だ。
冬を越せなければ、待っているのは死だった。
守るべきは葉だったのだ。この世界にHPなんて概念は無い!
樹木にとっては、葉の枚数管理こそ、絶対の命数管理なのだ。
なんと恥ずかしい。
何が150kmなら8ヶ月で踏破できる計算だ。
自然相手に計算通りなど行くものか!
私は命を守りながら、厳しい自然を相手に戦いつつ進まなければならないのだ。
考えを改めよう。
もっと確実に、着実に、安全第一で、時間をかけて進もう。
その為にはこの低木地帯を安全に脱出しなければ。
私は邪魔な他の植物を、「敵」として認定した。
これも今思えば、今更の敵認定だ。
自分が植物だから、他の植物が仲間?
全 然 違 う !
全く逆だ。
そんな仲間意識は、極めて人間的感覚だ。
圧倒的強者である人間の感覚だ。
植物にとって、他の植物は、自分の命を脅かす、生存競争上の敵ではないか!
私の光合成を邪魔していたのは森の木々だ。
私の葉を奪って行ったのは茂みの木々だ。
奴等だって生き残る為に、必死で枝葉を広げて、他者を蹴落としてでも生きようとしている。
そんな奴等を仲間として守ってやるほど、私に余裕はない。
私は自然の前に脆弱だ。何を呑気に強者面していたのだ私は。脳味噌お花畑だ。
敵は排除する。
サーチ&デストロイ!
サーチ&デストロイだ!
私は光魔法で、進路上の草木を伐採しながら進む事にした。
私の行く道を塞ぐ者には容赦はしない。
ただ、光魔法のレーザーメスは、、気を付けないと燃え上がるので注意が必要だ。
夏場の草木は、水分豊富で瑞々しいので、簡単には火がつかないが、圧倒的熱量で焼き切るレーザーなので、乾燥している樹皮等にはすぐに火がつく。
危険と隣り合わせの伐採作業だ。
こんなの、乾燥が進む秋冬には絶対使えない手段である。
私は同時に水魔法で消火しながら切断作業を繰り返したが、一度盛大に燃え上がった事があり肝を冷やした。
スグに水魔法をLv4に上げて消火。危うく山火事である。
葉を守るを第一優先にして慎重に進み、湖の畔に辿り着く。
開けているので、光合成がし易い。
よし、ここを越冬の為のビバーク地としよう。
私は、今年の移動は諦め、失った葉を取り戻すべく、養生に専念する事にしたのだった。
来春、私は再び歩き出す。
危険に気付いた事で、無茶をせず、確実に進むことを選んだ社長。
そして厳しい冬が到来する。
果たして、冬を乗り越える事は出来るのだろうか?