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からあげが安くて、たくさん食べられるお店

作者: 村崎羯諦

「うーん、条件をすべて満たす物件は見つからないですね。ただ、からあげが安くて、たくさん食べられるお店はご紹介できるんですけど」


 不動産屋の言葉に、私は「はい?」と聞き返す。不動産屋は失礼しましたと平謝りをして、「いや、からあげが安くて、たくさん食べられるお店ならご紹介できるんです」と改めて説明する。


「えっと、ここは一応不動産屋ですよね?」

「え? もちろん。そうですけど」

「で、私はここにお部屋探しに来ているわけですよね?」

「当たり前じゃないですか。ですから、さっきから私はこうしてお客様のご要望をお伺いして、物件を探しているんです。あっ、ここの部屋なんてどうです? 駅からはちょっとだけ遠くなりますが、他の条件は満たしてますよ」


 まあいいや。私は不動産屋が提示した物件を確認する。確かに、駅から徒歩五分という条件は満たしていないものの、それ以外はなかなか好条件な物件だった。ちょっと見てみたいですねと伝える。では、今から内見ができるか管理会社に電話してみますね。不動産屋さんが営業スマイルを浮かべながら、立ち上がった。


 それから私は紹介された部屋の内見を行い、早くしないと埋まっちゃいますよという決まり文句に促されるがまま、賃貸契約を結んだ。街の雰囲気も良さげだし、都心まで電車で一本というところもすごく魅力的。運が良かったなと私は少しだけ得意になる。さっそく私は引っ越しを行い、荷物が新居に届いたのを確認してから、転居手続きのために役所へと向かう。転居届の記載欄を埋め、椅子に座って事務手続きが終わるのを待つ。長い待ち時間の後でようやく自分の番号を呼ばれ、新しい住所の住民票を受け取る。受け取りの際、人の良さそうな受付係のおじさんが人懐っこい笑顔で尋ねてくる。


「からあげが安くて、たくさん食べられるお店はもうご存じですか?」


 私は念のためもう一度聞き返す。おじさんは聞き取れなかったですか、申し訳ありませんと謝罪の言葉を口にした後で、からあげが安くてたくさん食べられるお店はご存知ですかと先程よりもハキハキとした口調でそう言った。


「いえ……知りませんけど。油物はお肌にも悪いし、行くつもりもないんですが」

「いやいやいや、絶対一度は行ったほうがいいですって。びっくりしますよ。この町の自慢なんです」

「知りませんよ、そんなこと!」


 私は苛立たしげに突っぱね、役所の外へ出る。なんなんだ、一体。不動産屋といい、あの役人といい、こっちが知りたくもない情報を一方的に言ってくるなんて。いくら紹介したいと言っても話の流れというものがあるべきだし、そんなにゴリ押しされたらどんなに素晴らしい店だとしても行く気がなくなるじゃん。そう思いながら帰り道を歩いていたその時、私は後ろから声をかけられる。


「Excuse me?」


 後ろを振り返ると、そこには大きめのリュックサックを背負った外国人が立っていた。彼は地図アプリを表示したスマートフォンを片手に、私に英語を捲し立ててくる。


「I heard there is a famous restaurant where you can eat lots of karaage at low prices. Could you tell me the way to that?」

「あっと、えっと。私、英語はわからなくて……」


 質問の意味を理解できないでおたおたしていると、偶然そこを通りかかった青年が私たちの間に入り、私に代わって流暢な英語で質問に答え初めた。大通りを指差し、おそらくどこかへの行き方を説明し出す。外国人は嬉しそうな表情でお礼を言い、青年が「Have fun!」とフランクに返す。ありがとうございます、と私がお礼を言うと、青年は謙虚に困ったときはお互い様ですよと照れ臭そうに答える。


「ところで、あの人はなにを探してたんですか?」

「ああ、さっきの人ですか。からあげが安くてたくさん食べられるお店を探してたんです」


 私の表情が固まる。青年はもじもじと指先を動かしながら、言葉を続ける。


「あの、せっかくのご縁ですし……今度、あのからあげが安くてたくさん食べられるお店で一緒にお食事でも……」

「い、行きません!」


 私は青年が言葉を言い終わらないうちに慌てて断りの言葉を叫び、慌ててその場を離れた。危ないところだった。確かに、ペラペラと英語を話す姿は格好良かったし、見た目も少しだけタイプだったけれど、それに騙されてまんまとあのお店に連れて行かれるところだった。少しだけ浮かれ気分だった自分の気持ちを引き締める。周りの人間があの手この手でお店に行かせようとしたとしても、絶対に行ってたまるものか。これはそう、意地だ。私は私にそう言い聞かせる。


 部屋に帰ると同時に電話が鳴る。電話相手は、午後から荷ほどきを手伝ってくれると言っていた愛華からだった。電話に出ると、ちょっと午前中の用事が押していて、遅れるらしい。私はわかったと言う代わりに、ちょっと聞いてよと、不動産屋から今日までの出来事をかいつまんで説明する。愛華は呆れた口調で相槌を打った後、そんな意地にならなくてもと言ってくる。


「梨香はあまのじゃくすぎるんだよ。そんなにいいお店なら一回行ってみるのもありだと思うけど?」

「なに? 愛華まで私をその店に連れて行こうとしてるの? 絶対にその手には乗らないから!」


 そのタイミングで玄関のチャイムが鳴る。言い返そうとしてくる愛華に、工事の人かもしれないからと断りを入れてから電話を切り、玄関を開ける。しかし、玄関の前に立っていたのは今時珍しい訪問販売員だった。


「ご紹介させていただきたいのはですね、国産の羽毛を使った、ハイクラスな掛け布団でして」

「いえ、間に合ってるんで大丈夫です」

「じゃあ、じゃあ、せめて違うものをご紹介させてください? からあげが安くてたくさん……」


 私は黙って扉を閉める。リビングに戻るとつくえの上で携帯が鳴っていた。きっと愛華だろうと思い込んで電話に出ると、知らない男性の声が聞こえてきた。


「えっと、山下浩司さんのお電話で間違いないでしょうか?」

「いえ、違いますけど」

「あ、ごめんなさい。間違い電話でした!」


  男性が素っ頓狂な声で謝る。


「えっと、ですね。間違い電話をしてしまって大変申し訳ないんですが、ちょっとお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 嫌な予感がする中、男が言葉を続ける。


「からあげが安くてたくさん食べられるお店をご存知であればぜひ教えて頂きたいのですが……」

「知らないわよ、馬鹿!! 死ね!!!」


 私は勢いよく通話終了ボタンを押す。間髪入れずに電話がかかってくる。私は通話ボタンを押し、叫ぶ。


「しつこい! 電話をかけてくるな!!」

「……ああ、そう。せっかく引越しの手伝いをしようとしてやってる友達にそんな口の聞き方をするわけね。もういい、わかった。もう手伝ってやんない」

「え? あ? ちょ、ちょっと待っ」


 ツーツーと無情な電子音が聞こえてくる。私は携帯電話をソファの上に叩きつける。どれこもこれも、あのからあげが安くてたくさん食べられるお店のせいだ。行き場のない気持ちに駆られるがまま髪をかきむしる。散々な目に合わされて、最悪な気分だ。もう、絶対に許せない。苦情の電話を入れるまでは勘弁してやるけど、一生あのお店には行ってやるもんか。お金を積まれても、食べるものがなくなっても、絶対にあのお店にだけは行かない。私は自分の心に誓うようにその言葉をつぶやく。


 私はあのからあげが安くてたくさん食べられるお店には絶対に行かない。私はあのからあげが安くてたくさん食べられるお店には絶対に行かない。絶対に。絶対に……。



―――――――――――――――――


―――――――――


――――――


―――

































「嘘!? これだけの量で299円!!?」


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