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恋の季節  作者: yuu19
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第五話 アイリス 〜和解〜

「やっべ〜遅くなっちゃった」


今日は大事な漫画の発売日で、授業が終わると同時に学校を飛び出し、本屋に直行……


の予定であったが、のっぴきならない用が出来てしまったのである。


「あ〜…あと3点取れてればな〜……」


何のことはない。


授業中に行った歴史のテストの点が足りず、追試を受けさせられていただけのことである。


「ったく…なんで追試なんか……」


僕は大きくため息をつきながら、大通りを歩いていった。




あの桜川の件があってから一週間。


あれから彼女と顔を合わせていない。


もしかすると、意識的に避けられているのかも知れない。


そうなると、逆にこちらが避けていたところが、追いかけたくなるのが心理というものではないか。


いつの間にか、桜川のことを考えている時間が増えているような気がした。


(な、なんで俺はあいつのことなんか考えてるんだろ…あんな怖い女なんか……)




春になったとはいえ、まだまだ日は短い。


学校を出て、本屋についたときには、すでに日は傾いていた。


僕は、目立つところに山積みになっていたお目当ての漫画を手に取り、レジに向かおうとしたところで、ふと


(そうだ、追試にもなったついでに歴史の参考書でも見ていこう)


と思った。


こう思うあたり、自分では何とも真面目だと思うのだが、奥原から言わせれば、どうせ三日坊主で終わる、とのことだ。


(人がやる気を出しているのに失礼な)


と思うのだが、否定できないところがまたもどかしさを感じさせる。


(えっと…参考書…参考書……)


上に表示されている看板を頼りに、参考書コーナーへと向かう。


(ここの角か……)


示されている場所への、本棚を曲がると、人とぶつかりそうになった。


「あっ」

「きゃっ」


危うくぶつかる寸前で、踏み出そうとしていた足を後ろに引き戻す。


相手はどうやら女性のようだ。


「ご、ごめんなさ……あっ!」

「え?…あっ!!」


お互いの声が重なる。


ぶつかりそうになった相手の女性は…まさに、ここ一週間の悩みの種であった、桜川だったのである。



「え…えっと…、ご、ごめん…」


僕は、しばらく状況の整理が追い付かずに戸惑っていたが、はっと気づいて、あわてて言った。


「あ、えっと…うん…」


桜川も、少し下を向いて、言葉だけを返した。


とりあえず謝ったはいいものの、そこから何を話せばいいのか分からず、沈黙が走る。


二人とも、顔を下に向けたまま、ただそこに立っていた。


本屋で向かい合ってただ立っているというのは、なかなかどうして不思議な光景であっただろうか。


(こ…これってもしかしてチャンスなのかも……。この前のこと謝って……それで……それから…えっと……)


あまりにいきなりのことで、考えがまとまらない。


しばらくしてから気まずさに耐えかねて、


「あのっ!」


と、発した言葉が、ちょうど彼女と同時だった。


声が綺麗に重なり、再び、気まずい沈黙状態だ。


「ど、どうぞ……」


桜川が小さな声で言った。


どうぞ…と言われても、とりあえず口を開いたものだから、何を言うべきかも分からない。


ただ、言葉を探しながら、ゆっくりと口を開いた。


「え、えっと……」


とにかく、一週間前のことを謝らなければ。


「この前は…その……ごめんなさい…」


桜川の顔がほんの少し動いたように見えた。


「さ、さぼっちゃってさ……ほんと…不真面目だったから…ごめん」


文にならない言葉を並べる。


桜川は少しの間黙ってから、「うん」と、小さくうなずいた。


「や、やっぱり…ああいうのはやめてもらいたいな。せ、せっかくさ、皆もがんばってるんだから、一人の行動で全体の行動が…めちゃくちゃになっちゃうんだから……って…」


ここまで言って、桜川は口を紡いだ。


そして、しばらくしてから、


「まあ…だけど……あたしもちょっとは言いすぎたかな……だから…ごめん」


とぽつりと言った。


えっ?


僕は、うつむいていた顔を上にあげ、桜川の方を見た。


桜川は急いで顔を少し横にそむける。




そして僕は、もう一つ謝らなければならないことを思い出した。


「あ、あとさ、カバンに入ってた本のことなんだけど……」


桜川は、一瞬何のことか分からずぽかんとしていたが、すぐにその意味を悟ったようだ。


「あ、あれは誤解で……だから…えっと……」


「そ、そのことはもう…いいわ……」


桜川が、僕の言葉をさえぎった。


「も、もうやめてよね……。あと…女の子にあんなもの…見せないでよね…」


それは僕のせいじゃないのに…と思っても、決して口には出せないのだ。


「え…あ…うん…」


まあ、カバンにそんなものを入れておいた責任は僕にもあると、少しばかり反省して、ふっと息をついた。


少しの間沈黙が走る。


僕は、言葉を探しながら、彼女をちらっと見た。


彼女は学校帰りのようだ。


制服姿に学校制定のカバン。


チェックのリボンもきちっと止めている。


いかにも模範生の鏡である。


(でも…やっぱり綺麗な人だよな……)


僕は、今の状況を無視して、そんなことを考えてた。


僕は、頭の中の考えを一掃し、再び彼女に目線を向けた。


彼女は、よく見ると、両手に参考書を抱えている。


(すごいな……そんなに勉強してて……)


そんなことを考えていると、思わず口から出てしまった。


「桜川さんはさ、偉いよね…」


「えっ?」


桜川は、不意を突かれたような表情をして、僕の方を見る。


驚いたのは僕も同じである。


まさか、ここまで驚かれるとは思わなかった。


どうしていいものか分からないが、ここで辞めるわけにもいかず、思ったことをそのまま続けた。


「あ、いや、だからさ。そ、そんなに勉強頑張ってて、それに新歓にもそこまで必死に取り組んでて。…正直、すごい努力してるんだなって思ってさ…」


桜川は、自分の抱えている参考書をちらっと見て、それを隠すように手で参考書を覆った。


「えっ、あっ…これは…別に…そんなに……」


桜川は、恥ずかしそうに顔を下に向ける。


「ど、どうしていきなりそんなこと…?」


彼女は、上目づかいで僕を見て言った。


どうしてもなにも、思ったことを言っただけで、理由などなかった。


「えっと…だから…何が言いたいかっていうと……そんなに努力してるのにさ……俺がさぼっちゃったっていうのが、改めて恥ずかしくてさ……だから…ごめんっていう…さ……」


自分でも何を言っているのかよく分からない。


言った後に、どうすればいいかも分からなくなり、僕も、顔を彼女から背けた。


桜川は黙っている。


妙な間があった。


「えっと……」


僕が気まずさに耐えかねて口を開くと、彼女の体がびくっと小さく震えるのが分かった。


「あ、う…うん…ありがと…ね」


彼女はあわてて言った。


「えっと………あ、あたしもう行くから…これで…。…じゃあね」


「え?あ、う、うん」


桜川は、口早にそう言って、僕が返事も聞かずに、レジの方へと向かって、振り返ることなく、早歩きで行ってしまった。


(ど、どうしたんだろう………)


行ってしまう彼女の背中を見届けながら、僕は首を傾げた。


(……なんか最後の方変だったな……なにか気にかかること言った…かな……)


不思議に思いながらも、僕はふっと息をついた。


(だけど…ちゃんと話せてよかったな……)


少しだけ、心のつっかえが取れたような気がした。


そして僕は、自分が歩いてきた意味を思い出し、参考書コーナーへと入っていった。

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