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恋の季節  作者: yuu19
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第四話 春眠暁を覚えり?

教室の空気が元に戻ったのは、それから数分かかってからのことだった。


あまりに突然の出来事に、彼女が飛び出して行ってからしばらく、教室中が固まっていたのである。


少しずつ普段の雰囲気に戻っていき、僕は彼女を崇拝するファンたちの白い目の中でやっと自分の弁当にありついたのだった。


「いや〜面白かったな〜」


にやにやしながらそう僕に笑いかけてきたのは、いつもの弁当仲間で同じ部活の、小田《おだ》だった。


「あのな〜…小田…俺はそれどころじゃねえって〜の…」


これだけクラス中の前で、同級生に、しかも女子にどなられては立場というものがないのである。


僕はため息をつきながら、返事をした。


「ま、お前が悪かったんだから。それにしても……そんな本、カバンのそんなわかりやすいとこに入れとくのも、どうかと思うぞ?」


と言ったのは、同じくソフト部の、こちらはキャプテンの横村《よこむら》だ。


「しかたないだろ? それにそんなに意識して入れといたわけでもなくてさ…」


今となっては何を言っても後の祭りである。


「まあね〜男の子だもんね〜」


と、クスクス笑いながら話してきたのは、わがソフト部きっての美人マネージャー、川崎瞳《かわさき ひとみ》だった。


さばさばした性格で、しっかりした雰囲気を持つ彼女は、桜川を崇拝している女子とはまた違う層の人々から人気があると聞く。


去年のバレンタインにもらったチョコレートの数がソフト部の中で一番多かったということ(つまり僕たちにとっては屈辱的な事実であるが…)は、もはや学校中が知っている、伝説になっているのである。


「ま、気にすんなよ織倉。がり勉ちゃんに嫌われたぐらいさ。新歓委員やってるときだけ我慢して、あとは関わんなきゃいいじゃんか」


小田がそういながら、僕の肩をぽんぽんと叩く。


「ほら〜、小田君、そのがり勉ちゃんっていうのやめなさいって言ってるでしょ?」


川崎がたしなめる。


「いいじゃんかよ〜、川崎。天才のがり勉ちゃんなんだからさ〜。本人だって気にしてないさ〜」


川崎は横で「もうっ」とふくれている。


(そうだよな…俺なんで落ち込んでるんだろ…)


自分で自分がよく分からない。


どうして友達でもない女子に、あそこまで言われなくてはならないのだろうか。


おまけに、嫌われて、ここまで落ち込まなくてはいけない理由も見当たらないのである。


はあ…


僕は、春の風を思いっきり吸い込んで、大きくため息をついた。


そして、頭にぱっと思いついた言葉を、何の考えもなく口にする。


「あのさ、桜川侑希ってどんな人なの?」


僕の言葉に、それまで違う話題で盛り上がっていた3人が、急に僕の方に目線を向ける。


僕は、自分がぼそっと言った言葉にここまで反応されて、少し動揺した。


「お、なになに〜?興味出てきた!?」


「あれだけ怒られて好きってどういう心境だよ〜〜」


小田と横村がニヤニヤしながら、僕の顔を覗き込む。


「え、あ、いや…そういうんじゃなくて…」


そういうんじゃなくて、どういうものかすら言葉にできないのである。


「ほらほら、小田君も横村君も、恋する男の子をいじめないの〜」


と言いつつも、川崎も楽しそうだ。


そして、


「そうね〜…。あたしも、侑希ちゃんと少ししか話したことはないけれど、すごくいい子よ?優しいし可愛いしね。だけどそこまで親しくはないから、それ以上は分からないかな…」


川崎が考えながら言う。


「俺あいつと同じクラスだけどさ、休み時間とか、いっつも勉強してるぜ」


と横村。


「そうなんだ。俺は学校が終わると同時に、いつも一人すぐに帰ってるのをよく見るかけるな」


小田がそう言うと、川崎がはっと思いついたように、


「そうだ! 帰りに、新歓委員のことで相談があるから、一緒に帰ろう?って誘ってみたらどう?」


と手を打ちながら。


「お!それいいじゃん!」


「さっすが名マネージャー!」


小田と横村が、その案にのってくる。


「え、ちょっと、な、なに言ってるのさ!? 大体! まだ好きだなんて一言も……」


三人にいきなり詰め寄られた僕は、あわてて反論する。


「心配すんなって!俺たちがちゃんとフォローしてやるからさ!」


横村は僕の言葉をさえぎって、僕の肩に手をまわしながら言った。


「そうだ!手紙なんてどうだ!?書いて相手の机に入れとくとかさ!」


と小田。


「ば〜か!ああいう女が、そんないかがわしい手紙見るわけねえだろ!?男はやっぱストレートに言うのが一番だぜ! な、川崎!」


「え、いや…だから……」

「そうよね〜。手紙よりは直接言う方が、気持ちは伝わるわよね。ほら、侑希ちゃんって機転がきく子だけど、面と向かって言われたら、さすがにドキドキするんじゃないのかな?」


僕の話は聞く耳持たずである。


こういった男同士でするはずの会話にも、川崎なら全く気にせずに入っていける。


それが彼女の魅力なのかもしれない。


「えっとじゃあさ……




キーンコーンカーンコーン




ちょうど横村が口を開きかけたそのとき、授業開始の予鈴が鳴った。


僕はこれ幸いと、まだ言い足りなさそうな横村と小田に背を向け、授業の準備を理由に、自分の席へと逃げ帰ったのだった。






(はあっ…ったくも〜……なんで桜川みたいな怖い女を好きにならなきゃいけないのさ……まあ…確かに可愛かったんだけどさ……まさかあんなにきつい性格とは……はあ……)


いくら考えても、なかなか答えが出ない。


確かに、桜川を一度は可愛いと思ったことは事実だ。


だけど、それが、好きだとイコールで結ぶことができるかと言えば、そんなことは決してないのである。


「え〜であるからして〜…このxがこの数式に代入できるから〜……」


いつもなら、好きな教科の一つである数学の授業も、もはやバックミュージックにしか聞こえない。


(直接…告白か……なんていうんだろう……)


皆さんも経験があるだろうか。


今もし、自分の心の声が外に漏れていたとしたら、死んでしまいたいほど恥ずかしいと思う瞬間が。






「す、好きです!桜川さん! お、俺と付き合ってください!」


「ありがとう!織倉君! あの時はひどいこと言ってごめんね! あたしも…実は…織倉君のこと!」


彼女は僕に駆け寄ってきてその両手を僕の背中に静かにまわす。手をまわして…二人は見つめあい、そしてゆっくりと顔を近づけて………




「織倉!!」


体がびくっとなる。


あわてて前を向くと先生が目の前にいた。


「何をぼっとしとる!次の問題だ!前に出て解け!」


(聞いてなかった…)


自分でもわかるほど熱くなった顔を手で押さえ、急いで机の上に置いてあった教科書を開く。


だが、解けと言われても、授業を聞いていなかった僕は、どの問題か知りすらしない。


おまけにこの数学の先生、問題を解けなかった生徒を放課後に呼び出して補講を行うという、なかなか厄介な先生なのである。


「え〜っと…っ」


ものすごい勢いで教科書のページをめくって探すが、知りもしない問題が見つかるはずもなかった。


しかも、そのころの僕の頭の中では、なぜぼっとしていたかの理由を先生から聞かれた時に、どういう答えをするかでいっぱいであったのである。

(まさか本当のことを言うわけにもいくまい……)


「どうした?」


先生がちらっとこっちを見る。


そのとき、後ろからそっと、ちょうど先生から見えないところから、何やら文字の書いてある、小さなの紙がまわってきて、僕の机の上に置かれた。




「56ページの問4」



僕はその紙を見て、はっとして後ろを振り向いた。


その紙の送り主で、僕の真後ろの席に座っている青山は、僕の方を見てうなずいた。


僕は、その紙に書かれたページの問題を黒板に解き、先生の補講を行えず、残念そうな表情をしり目に、自分の席へと戻った。


(サンキュ、青山)


僕はそっと後ろを向いて、小さな声で言った。


彼の名前は青山光《あおやま ひかる》。


僕と同じクラスで学級委員だ。


成績はよく、とてもいいやつで真面目だが、頑固な面もあり、衝突しているのもたまに見かける。


席が近いこともあり、僕がクラスでよく話すうちの一人である。




授業終了のチャイムが鳴り、先生が教室から出ていくと、青山から、肩をぽんぽんと叩かれた。


「どうしたんだよ?珍しいじゃん、そこまでぼっとしてるなんてさ?」


「ああ、いや…ちょっと考えごとしててさ」


僕はふっと息をついて答えた。


「ふ〜ん、そっか。そういえばさ、昼休み桜川とやりあったんだってな?」


本来なら同じクラスであるから見ていてもおかしくないが、青山は、昼休みは飯を食べ終わると、すぐに図書室へと向かうのである。


「やりあったというか…一方的にやられただけっていうかさ」


つい先ほどのことを思い出しながら、僕はため息をつきながら言った。


「まあ…がり勉ちゃんは仕方ないよな〜。俺も新歓委員だからさ…誘導係に桜川がいなくてよかったよ…」


そうだった。各クラスの学級委員は、自動的に新歓委員のチーフになっているのだ。


つまり桜川の直属の部下(?)である。


青山も一本気な性格だから、あの強気な桜川とぶつかるのではないかとふと思ったが……今のところ、そんなことはなさそうだった。


「まあ、あんまり刺激しないようにな」


青山は苦笑交じりに言いながら、僕の背中をぽんとたたいて、どこかへ行ってしまった。


ふぁぁ


僕はというと、もう一度大きくため息をついて、まだ高い太陽に映し出された桜をぼんやり見ていたのであった。

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