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恋の季節  作者: yuu19
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第二話 春一番

やっべ〜…遅れる〜っ!


放課後で、人気の少なくなった廊下を、僕はダッシュで駆け抜ける。


窓の向こうでは、桜の木が風に揺られて、その枝につけた花びらが可憐に舞っているのだが、そんなものは目にも入らなかった。


これがあのどこかの名作ドラマのように、屋上で起こっている犯罪を止めるべく走っているのだったら、何とも格好のいいシーンだったことだろう。


しかしなんのことはない、ただ単に、授業後に宮下とくだらない話をしていて、ついつい新歓委員の集まりの時間を忘れていただけのことである。


(さすがに最初から遅刻はまずいからな…)


僕はそう思いながら、階段を3段飛ばしで駆け上がって行った。



***



自己紹介が遅れた。


僕の名前は織倉廉(おりくられん)


ここまで読んでくれた理解力のある読者(?)は分かっていただけただろうが、この森が丘学園に通っており、今年から高校一年生になる。


とはいっても、中高一貫というシステム上高校受験はなかったわけで、高校に入学したとはいっても、中学から何も変わらないのである。


部活は、ソフトボール部をやっていて、ちなみにピッチャーだ。


男子でソフトボール部なんて変だ、などという(たわけた)意見もたまに聞くが……やっていて楽しいものは仕方がない。


楽しいものに男女の違いはないのである。





ガラガラッ


教室のドアを開けると、もうほとんどの人が集まっていた。


僕が入ってきて、一瞬ざわざわしていた教室内が静かになるが、またすぐにもとの状態に戻っていった。


僕はドアを閉め、教室の中をぐるりと見回す。



「お〜い、織倉! こっちこっち!」


僕と同じようにじゃんけんによって強制的に新歓委員になった、クラスメイトの奥原(おくはら)が、手を挙げて、自分の隣の席を指差した。


ちょうど真ん中の列の一番後ろの席である。


僕は机の隙間を通って行きながら、そこへ座った。


「サンキュ」


僕が彼にそういうと、彼は、おう、と手をちょいと挙げて返事をしながら、


「聞いたか〜?……今回の新歓の委員長……あのB組の桜川侑希(さくらがわゆき)なんだってよ……あ〜あ…どうなっちゃうのかね〜……」


と溜息交じりに言った。



桜川侑希……クラスは違うので実際に話したことはないが、僕も名前だけは聞いたことがある。


だが、僕が彼女について知っていることは、ほとんどと言っていいほどないのだ。


「なんだよ、知らねえのか。まあウチの学校クラス替えがないから、クラス違ったらそういうこともあるか。 桜川は成績が常に全教科トップで、おまけに生徒会長。性格はめちゃめちゃきついし、すげぇ怖いんだとよ。まあ俺も友達の女子から聞いた話なんだけどさ。サボってる奴なんか見たらキレるじゃ済まされないんじゃないの?」


奥原は、そう説明しながら、両手で自分の体を抱き込み、お〜怖っ、と一人で震えるポーズをしていた。


「ふ〜ん。友達とか少ないのかな?」


僕が聞くと、彼は、少し考えて、答えた。


「う〜ん…その辺はよく分かんないけど、でも親しい人は何人かいるみたいだぜ?それに、彼女を崇拝してるファンの女子も結構いるって話だし…。案外女子のほうからは人気あるのかもな。でもまあ、性格きつい上に、そんなに可愛くないから、男子であいつに近づこうってやつはほとんどいないんじゃないか? まあ少なくとも、俺たちが気軽に雑談とか出来るような子じゃないってことだな」


なんかロボット見たいな人だな…と、僕は奥原の言葉を聞きながら思った。


ものすごく度の強いメガネをかけて、髪は三つ編みにし、常に机に紙とペンを持って座っているような少女を、頭の中で勝手に思い描いていた。



そのときだった。


ガラガラっと教室のドアが開き、一人の少女が入ってきた。


両手には数冊のノートを抱えている。


僕は何となく彼女のほうを見た。


(へ〜可愛い子だな〜…)


と思い、ボーっとして見ていると、


「ほら、あれが桜川だよ」


奥原が彼女を指しながら、小声でささやく。




(…………………………)




僕は少しの沈黙の後、


「ふぇっ?」


と、自分でもわかるぐらいすっとぼけた声を出した。


周りが振り向いてきて、自分で恥ずかしくなり、急いで口をふさぐ。


「おい、どうしたんだよ?」


奥原が心配した声で聞く。


僕は、「いやっ、な、なんでもないよ」とあわてて答えてた。


大丈夫かよ〜と隣で心配している奥原をしり目に、またそっと彼女のほうを見る。



桜川は少し小柄で、髪は肩ほどまで切りそろえてある。


そのきりっとして大きく澄んだ瞳は、見ているとまるで吸い込まれてしまいそうになるほどだ。


僕が奥原の話を聞いていたときに思い描いていたのとは、似ても似つかない。


(あれが…成績学年トップで…生徒会長で………)


それらの話がいったい嘘なように思えるほど、彼女は明るく、あどけない表情で、教室の一番前の列に座っている女子と笑いながら話をしていた。


(すごい…可愛い……)


目線が吸い寄せられる、という表現がこれほど似合うこともないだろう。


いつの間にか、周りの音は一切聞こえなくなり、ただただ、彼女を見つめていた。



そのとき、彼女が不意に顔を上げた。


彼女の目線と僕と目線がぶつかる。




どきっ




大きく澄んだ彼女の瞳が僕をまっすぐに見つめていた。


心臓が自分でも聞こえるほど大きい音で脈を打っているのが分かる。



ごくっ



僕は思わず唾を飲み込んだ。


まるで金縛りにかかったかのように、僕は、彼女から目線をそらすことができなかった。




どのくらいの時間だっただろうか。


いや、おそらく3秒もなかったのではないか。


ほんの一瞬だったはずだが、それがとても長い時間に感じられた。


彼女は小さく瞬きをし、僕から目線をそらすと、肩ほどまでの髪をふわりとひるがえし、教壇を上っていく。


僕は無意識のうちに、ずっと息を止めていたようだった。


彼女の視線が離れた後、はぁ〜と大きく息を吐きだした。


そして、再び彼女に目線を向ける。


彼女は教卓まで来ると、持っていたノートをパタリとそこに置いた。


その姿を確認してから、教室全体が徐々に静かになっていく。


そして、彼女は、あたりを少し見回してから、


「みなさん、はじめまして。 今回、新入生歓迎会実行委員会の委員長を務めることになりました、桜川侑希です。よろしくおねがいします」


と言って、軽く頭を下げた。


周りからは、小さな拍手が起こる。


そのきりっとした話し方からは、生徒会長としての威厳が感じられた。


「まあ、男子が寄り付かないのは、あのツンとした話し方もあるし、それになにより、そんなに可愛くないってとこかもな。なんせ『勉強が恋人』のガリ勉ちゃんだからな〜」


周りと一緒に拍手をしながら、奥原は僕のほうを向いて、嘲笑まじりに言った。



ガリ勉ちゃんというのは、僕も聞いたことがあった。


まあ、もちろん本人をそう呼ぶのではなく、男子が隠れて噂話をするときのあだ名である。


だが、今そのあだ名を聞いても、どうもピンとこなかった。


(そう…かな…?すごく…可愛いと思うけど………)


僕は彼女のほうを向くと、彼女は、軽く教室を見回していた。


そして、一人でクスクス笑っている奥原を発見し、彼をその大きな瞳で睨む。


その怒った表情は、確かにうわさ通りの迫力だったが、またそれも独特の魅力を持っているように僕には思えた。


奥原は彼女の視線に気づいて、おっ、と小さく声を上げ、前を向きなおした。


彼女はふうっと息をついて、


「それでは始めます」


と静かに言い、話し始めた。




……つまり、今回のテーマとして考えてるのは………



彼女は何かを真剣に説明しているが、頭の中にその内容は全く入ってこない。


(あれが……ガリ勉ちゃんって呼ばれてる人で……頭良くて…性格がきつくて………)


僕は、噂と実物との、あまりに大きすぎる違いを眼前にして、何も考えられなかったのだ。


(というか……なんだろう……この感じ……胸のあたりが締め付けられるような……)


僕は、胸の内につっかえている感情の正体を知ることもできずに、ただ彼女を見つめて座っていることしか出来なかった。

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