第一章 花、花、花、……(3)
私の尊敬する推理作家が言うには、推理小説には大きく分けて三つのトリックがあるらしい。一つは密室。扉や窓、人の出入りできるサイズの口、すべてに鍵のかかった部屋。その中で死体が見つかるというものだ。これは主に、被害者の自殺を装う場合や、不可解な、幽霊などの仕業という状況を作るために用いられる。
二つ目は一人二役型。これは、犯人Aが被害者Bを殺した後に、その被害者Bの役を自らすることによって、被害者Bがまだ生きていると関係者に錯覚させるものである。また、全く事件に関係のない人間Cに自分Aの役を演じさせ、犯行時間帯に自分のアリバイを作るというのもこれの亜種であろう。
そして三つ目が首のない死体である。首がない死体、もしくは顔が火や劇薬などで焼けてしまった死体はその身元の判別が困難である。これを逆手にとって、AがBを殺し、Bと衣服を交換した後、そのBの顔を損壊すれば、誰かが「その死体は衣服からAである」と判断してくれる。すなわち実際死んだのはBであるのに、Aはこの世のものでないと扱われる。このとき、連続殺人であれば、以降Aはアリバイに関係なく行動することが可能になるのだ。
しかし、この首のない死体のトリックは、首のない死体=犯人という構図が存在してしまう。そこで奸智に長けた犯人は、過去、あの手この手でこの問題を克服してきたのだが、今日においてはそれも難しくなってしまった。DNA鑑定の発達によって、死体の身元が正確に分かるようになってしまったのだ。
紗綾だってこうやって私立探偵をやっているのだから、この三パターンのトリック、全て目にしたことがある。しかし、首のない死体に関してはやはりその絶対数が少ない。一番多いのは、一人二役型だろうか。
「これが仮に三条昭代だったとして、親族は?」
「それが、どうも居ないみたいなの。調べてみたら母子家庭で、母親は去年亡くなっている。父親が誰なのかは今調べているところだよ」
「と、するとやはりそのバンドメンバーというのが最も三条昭代につながりを持った人々ということですねぇ。とにかく彼らから話を聞くべきでしょう」
紗綾はそう言うとくるりときびすを返して現場を後にした。
リビングにはアップライトピアノが、壁にはギターが下がっている。先ほどまでの花畑とはうって変わって、ここには植物に一つもなかった。これは後でわかったことだが、この家はバンドの集会所にもなっていて、頻繁にメンバーが出入りするのだという。そういう場所だから趣味――音楽も趣味と言えば趣味だがそれを除いた三条昭代の趣味といえる花々――は排除されているのかもしれない。キッチンはキレイに片付いているが、そのほかは雑然としている。棚にしまいきれない食器はテーブルに置かれ、ホウキやチリトリ、水色のバケツが積み重なって床に転がっていた。
「警部さん。それでバンドのメンバーというのは?」
「うん、えっとね、ギターの高井平介、彼は三条昭代と交際していたらしいの」
交際。世間のバンドの内情というのに紗綾は疎いが、そこに何か感情のもつれがあったのかもしれない。しかし紗綾は首を振ってその想像をふるい落とした。関係者に会う前に彼らの間に流れる感情のイメージを決めてしまうのは誤った推理のもとになってしまう。
「ベースの山田忠夫、キーボードの津野佑香、それにドラムの大平真実。メンバーはこの四人ね。大平真実は三条昭代と高校時代からの友人。残りは大学のサークル時代からの仲間だそうよ」
「それで、第一発見者は?」
「それはドラムの大平真実ね。どう、誰から話を聞きたい?」
「そうですねぇ、ベースの山田さんからにしましょうか」