第一章 花、花、花、……(2)
「そういえばまだ被害者の身元を聞いてないですね」
「あ、ああ、えっとね」
警部はゴソゴソとポケットを探って、手帳を取り出した。
「被害者はこの家に住む三条昭代、年齢は二十四、職業はミュージシャンね」
「ミュージシャン?」
「そう、紗綾ちゃん知らない? 近頃デビューして話題になってるバンドらしいんだけど、『B・C』って」
「いいえ」
確かに紗綾にこれを尋ねるのは間違っていたかもしれない。彼女が興味ある音楽と言えばもっぱらクラシックや一昔前の音楽であるし、家にあるテレビもニュースしか映さない。芸能には疎いのだ。
「警部さんは知ってたんですか?」
「うん、月9のドラマの主題歌やってて、それがデビューシングルだったって」
「へぇ」
とはいうものの、紗綾はいたって無関心である。
「それで、そのバンドのメンバーとは連絡ついてるんですか?」
「それは大丈夫。これから聞き取りの予定だし、そもそも通報は彼らからあったから、向こうの部屋で待機してもらってるよ」
「死亡推定時刻は?」
「昨日の朝ね。さすがにこの季節だし、分単位まで時間を断定するのは難しいって言ってたけど、午前中であることは確かみたい」
「最後に被害者をみたのは?」
「それはバンドメンバーだけど……」
そういって藤原警部は死体の方を見やりながら、
「そもそもこの死体が本当に三条昭代なのかもわからないから、それはあてにならないかもね」
急に警部はまじめな顔をした。この童顔の警部はこれでいてなかなかのやり手なのである。
「それはつまり、首のない死体だからってことですか?」
「うん。今DNA鑑定をお願いしているところだから、じきにわかると思うけどね」
「その結果この死体が三条昭代のものでなかったとしたら、三条昭代を最後にみた時刻はなんらデータにならないと」
「そういうこと」
警部はそこまでまじめそうな顔で語ると、急に気が抜けたように息をつくと肩を落とした。
「でも今の世の中そんなことする犯人なんてもう居ないよね。どこの誰もDNA鑑定なんて知ってるだろうし、死体の偽装はそううまくいかないよ」
口には出さなかったが、紗綾もその言葉には頷いた。いくら彼女でも刑事ドラマぐらいは知っている。一シーズン放送すれば一度くらいは個人の特定にDNA鑑定という言葉が出てくるだろう。お茶の間にそういうのが流れるのだから、決してもう専門用語などではないのだ。
「死因は?」
「さっき警察医が来たけど、胴体に外傷は無かったみたい。早く首見つけろって怒鳴られちゃった。結局、首の発見が急がれるのね」
と、溜息をついて、三度その視線を首無き姫君に注いだ。