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第八時間 『三日月を見上げる意味』

「寝たか...」


 隣のベッドでグースカ眠りこけているアーカードをチラ見して、独り言を呟く。最近、俺は独り言を呟くことが多くなった気がする。前まではそんなことなかったと、自分では思っている。

 自分でも何が転機で、自分がどのように変わったのか、完全に把握できていない。どれだけ変わっても、それがあまりにも自然で違和感がなさすぎて、知らず知らずのうちにスルーしてしまう。ただ、それが『変わる』ということなんだ、という確信もあった。

 ただ、どれだけ月日があっても変わらないことが数多くある。その一つが―――


「今日の夜も暇になる、か...はぁ...」


 全く眠くならない、ということだった。これだけは今まで一回も変わったことがない。そもそも寝たことがない。人間は眠くなくても、目さえ瞑っていればそのうち寝れるだろう。だけど、俺はそんなことなったことがない。唯一一か月に一度、眠れる時があるが...俺の眠りは酷いものだ、あんまりやりたくはない。

 こうやって人が寝ているのを見ていると、他の人の眠り、とはどういうものなのか、と非常に気になる。と言っても、こう思ったのも最近のことだ。昔はそんなこと興味すらなかった。必要ないものだと自分から捨ててきたものだった。だが、こうやって人間として過ごしていると、どうでもいいことが無性に気になってくる。なんとなく、人間は考える葦である、という言葉が分かる気がした。

 ただ目下の悩みは、夜の間とてつもなく暇だということだった。一日の3分の1ほどの時間、ほぼ一人で静かに過ごさないといけない、というのは割ときつい。俺以外で、夜に元気な奴と言えば、あの吸血鬼姉弟が有力だが、そもそも消灯時間になったら、部屋から出てはいけない。見回りにでも見つかったら面倒だ。


「いや、でも...外で散歩するぐらい、いいか」


 適当に魔術で視界を誤魔化していれば、警備員ぐらい騙せるだろう。警備員が魔術使える可能性もあるけど、怪しい動きしなきゃ使おうとも思わないだろう。

 制服を脱いで、適当に黒の私服で固めて窓から飛び降りる。魔術を使わず、魔力を直接体の各部から噴射させて、音を立てずに着地する。飛行するには力不足だが、安全に降りるだけならこれで十分だ。

 さて、外に出たが別にこれと言ってやりたいことがあるわけでもない。光の操作魔術で自分の周りの景色を誤魔化しているが、あんまり歩き回ると、景色の歪みから怪しまれてしまう。


「噴水広場のベンチで座ってるだけしか出来なさそうだな」


 これじゃあほとんど部屋にいるのと同じだ。夜風は適度にひんやりしていて気持ちいいが、流石にさらされ続けると寒くなってくる。

 そう思うと、部屋にいる方がよかったように思える。と言って、ここまで来て帰るのもなんか変だった。噴水広場のベンチへ歩きながら、そこら中に植えてある木を眺めていく。


「桜の木、か」


 入学式の直前。アーカードが話しかけてきた時も、俺は桜の木を見ていた。あれも別に何か意味があって眺めていたわけではないが。そう思うと、確かに毎回長く見つめているような気がする。近づいて、撫でてみると、がさがさしている。こんなにがっしりとした木なのに、聞いた話だと花が咲いているのは、春の間だけであるらしい。命というのは面白い。植物も、動物も。だから俺は―――


「...そこにいるのは誰ですか?」

「!?」


 唐突に聞こえた声に振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。

 黒髪ショートヘアーのメイド服を着た女性だ。無表情ではあるが、その金色の目に明らかな敵意が宿っている。視界を誤魔化されていることに気付いているのだから、当然ではあるが。

 俺はゆっくりと魔術を解いて姿を現す。俺の姿を見て、少し敵意が緩むが、それでも警戒は怠らない。ただのメイドでないことだけは確かだった。


「学生さん、ですか?でも、なんで魔術など使ってまでここにいるのですか?」

「...ただの散歩だ。眠れないんでな」


 それだけ言って、背を向けてベンチの方に歩いていく。何もしてないということを口上で説明するより、あぁいうのは無視しているのがお互いのためだ。疑ってピリピリした状況が続くより、さっさと片方が退いた方がずっといい。

 ベンチに座って、止まっている噴水を眺めていると、その隣に何故かメイドが座ってくる。その表情は少し呆れたような感じになってはいるが、敵意は少しずつなくなっていっていた。


「勝手にうろつくと容疑は晴れないものですよ」

「容疑を晴らすつもりはない。学園に報告されようが一回罰喰らって終わるだけだ」

「...貴方のお名前は?」

「ジョーカー=ミラー」

「ミラーさん、貴方はちょっと敬語というものを練習した方がいいかもしれませんね」

「え、なに急に」

「罰喰らって終わるだけと考えているのでしょうが、怒られた時もその態度では最悪退学かもしれませんよ?」

「......」


 驚いてメイドの目を見る。多分俺は少し間抜けな表情をしているんだろう。覗き込んだメイドの眼は真剣と言った感じで、表情もなんとなく怒っている、と見えなくもないものになっていた。どうやらこいつはお節介焼きであるらしい。だが、本気で心配している、とも言える。さっきまで警戒していたのに、自分の中で容疑が晴れるとすぐにこれ、というのも人間の面白いところだ。


「必要なところではちゃんと敬語使っている」

「年上の人に対しても使わないとダメです」

「年上には見えんな」


 率直な感想だった。見た感じ、158、8cmと言ったところだろう。女子の中でも小さい部類だ。だが、さらに見ていくと着やせするタイプだというのもなんとなく分かる。メイド服から見た感じより、胸はでかそうだ。そんなこと言わないが。


「大体、そっちだって夜に学園に入ってきている不審者ってことになるだろう。そっちは敬語使ってても言い逃れできないんじゃないか?」

「私が仕えている人がこの学園にいまして。夜の間に着替えを届けておこうと。ちゃんと学園側に連絡を入れているのでその心配はありません」


 優秀だが、いきなり着替えが届けられてたら、少しビビると思う。今着替えを持っていないのは、もう届け終わった帰りだったからか。


「過保護な奴だな」

「メイドの務めです。そして初対面の人に『奴』と言うのは、根本的に年上を見る目が歪んでそうですね」

「よく言われる」


 なんとなく誰かに敬語を使うのは苦手だ。自然にため口になるし、奴と言ってしまう。年上を見る目が歪んでいるのも確かなんだろう。年上なんてほとんど見たこともないからな。


「そういえばあんたの名前は?」

「エミリア=ニーズヘルです」

「エミリア、か」

「いきなり女性をファーストネームで呼ぶのは嫌われますよ?」

「使い分けるのは面倒だ。そもそも嫌いな相手にそうそう名前なんて教えないだろう」

「...それは確かに言えてるかもしれません」

「変なところで納得するな」


 なぜかさっき会ったばかりの人と、他愛のない会話をする。昔の俺だったらありえないと断じていたかもしれないが、今はこうやって自然にできている。これも自然に変わっていったことの一つなんだろう。エミリアと話していてそれを心の中で自覚した。


「ミラーさんは、あとどれほどここに残っているつもりですか?」

「朝まで」

「寝た方がいいですよ?」

「寝れないんだ」

「昼寝をした、とかですか?」

「...そんな感じだ。夜行性なんだ」

「そうですか」


 流石に生まれてこの方寝たことがない、なんていう人外じみたことまで言ったら病気を疑われてしまう。夜行性と言っても朝まで寝ないで大丈夫というのも、なかなか変な奴なのかもしれないが。


「毎日、暇なのですか?」

「そうだな」

「...毎日ここで時間をつぶすつもりですか?」

「そうするしかない」

「では、そうですね...毎日私が貴方に敬語を教えてあげましょう」

「...?...ん?」


 今こいつなんて言ったんだ。唐突に出てきた謎の提案に頭を強く殴られたみたいになった。なんというか、表情で行動を読み取れない分、エミリアの言動はかなり唐突に話題が転換するように思える。


「いや、別に要らない...」

「暇なのでしょう?」

「...そりゃまぁ」

「なら、その暇な時間に色々覚えておいた方がいいです。敬語だけじゃなくて、礼儀について私が教えてあげましょう」

「なんでそうなった...?」

「お嬢様が学園に通うということで昼の間は仕事もないので、私も行動スタイルが夜行性になっているのです」

「つまり?」

「...私も、夜は暇なので」


 ちょっと頬を赤くして照れながらそう言った。そう言われると、俺的には断れなくなってしまうのが、少しずるいと感じた。


「...分かった」

「分かった...?」

「...分かりました」

「はい、では明日から始めることにしましょう」

「もう行くのか?」

「今日は寒いので。ミラーさんも明日は防寒具を着てきてくださいね」

「...あぁ」


 夜の授業も受けることが決まり、エミリアは立ち上がって、こっちに会釈すると帰ってしまった。なんというか、ある意味面白い奴だった。

 再び一人になった俺は、なんとなく夜空を見上げる。今まで何万回も見上げてきた空。最初に見上げた頃にはなかった新しく輝きだした星もあれば、逆に輝きを失ってしまった星もある。だが、そんな小さな変化、皆は知ることはない。自分が変わっていくのと同じように、星空の変化もまた、自然過ぎて違和感がない。

 そんな中、全く変わることのない一つの光源がある。毎日のように形を変えながらも、何日も経てば、それはやがて巡り戻って最初の形になる。そんな月が、俺は星の中で一番好きで―――道しるべのようにも思っている。俺が変わっても、それに気づいてなくても、ずっと変わらない、信頼できる道しるべ、と。


「今日は...三日月、か」


 これから少しずつ膨らんでいく三日月は、俺の中で一番好きだ。それに―――俺が一番最初に見た月の形でもある。

 ひんやりとした夜風も気にならないほど、三日月が視界を通じて俺の意識を奪っていく。いつも、ただ月を見ているだけで、永遠というものを過ごせるような気もする。最も、日が昇ってくると正気に戻るのだが。

 ただ、今日はそんな意識の中に新しい者が浮かび上がってくる。さっき出会った不思議なメイドの眼と三日月の綺麗な黄金の光が、重なって見える。

 そのせいか、俺は明日の夜のことを考えても憂鬱にならなくなった。未来が分かるわけではないが―――退屈はしないだろう、と。


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