第七時間 『各々の夜』
単語解説のコーナー
『魔力の種類《1》』
正の魔力:人間の体から生成される。
その性質は、火や水や風や電気など、物体への変換や、エネルギーを生成するなど、物理的な効果に向いている。
負の魔力:魔族の体から生成される。
その性質は、相手の魂や魔力などに干渉し、相手の魔術を妨害したり、生命力を吸収したりなど、精神的な効果に向いている。
エルフの魔力:生成元は名称の通りである。
その性質は、木々や草花などに干渉し、成長を促したり、樹木そのものを操作したりなど、大自然に対して劇的な効果を発揮する。
吸血鬼の魔力:生成元は名称の通りである。
その性質は、自身の体質、身体構造になどに干渉し、細胞レベルでの分裂や変身、自身の体の耐熱限界を変化させたりなど、自身の身体に対して、劇的な効果を発揮する。
自己紹介中のジョーカー拉致事件もとりあえず一件落着となり、その後は学園について再度の説明や、注意点などを聞かされ、今日は授業なしで終わった。
その後は学食というものがあると小耳にはさみ、俺の財布から必要な分だけ金を持ちスキップ交じりに行ってみると、待ち伏せされていたジョーカーに捕まり、先に捉えられていたベルネと共に約束通りに学食を一品奢らされた。そして、また自分の分の金を取りに行く羽目になり、頼む前に学食の時間は終了してしまった。なんというか心が氷河期になったような気がした。俺の今の心情はエサが不足してきた北の地で黄昏ているペンギンのそれと同一だった。
そして先生に言われた寮の部屋でもう休もうと、重たい体を引きずっていくと―――
「よりによってルームメイトお前かよ」
「なんで来たばかりの人に文句言われなきゃいけないんですか」
部屋の中に先にいたのは、さっきまで俺たちに奢られていたジョーカーだった。先に片方のベッドに制服のまま横になってだらけている。俺から言い出したこととはいえ、こいつのせいで俺だけ飯が食えなかったことに変わりはない。
「人の金で食った飯は美味かっただろうな」
とりあえず俺も残っているベッドに寝転んで、嫌味を言ってみる。
「そーゆーことは思ってても言わないもんだぞ」
予想通りド正論で返された。鏡に向かって変顔してる時ぐらい虚しい。
まぁ、別にジョーカーと一緒の部屋が嫌だというわけでもない。ただ、なんというか、こいつと話すときは、遠慮しなくていいというか、言葉では形容し難いが、その気になれば人を傷つけることも、傷つけられることも出来る、この遠いようで近い距離間がなんとも心地よかった。友達と呼べる人はそんなにいなかったからだろうか、これが友人の距離感なのだろうか?そんなことを考えたりもする。
俺の頭の中を川のように、そんな思考が流れていくのを、俺は目を閉じながら感じていた。
「眠いのか?」
まだ夕暮れ時だからか、ジョーカーが俺の様子を見て聞いてくる。
「なんか色んなことがあったり、色んなこと考えたりで疲れた...うん、俺寝るわ...」
ただ、夜に魔力操作の特訓はしとかないといけない。使っておかないと、どうしても鈍ってしまう。今日は事故的に魔術を使ったが、学園生活内でも習慣にしとかないと後々後悔する。
それでも今は、寝転んだ瞬間にどっと出てきた疲れに身を任せ、目を閉じ暗い視界の中、意識を暗転させていった―――
***
「ん...ぁ...?」
目が覚めた時、周りはもうすっかり暗くなっていた。寝起きということもあり、目の前もよく見えない。だけどこの時間帯じゃ、ジョーカーも寝ているだろうし、電気をつけることはやめた方がよさそうだ。
そう思い、俺はそのままベッドの上で胡坐をかいて、魔力回路内の魔力を少しずつ動かし始める。血管と同じように体中に張り巡らされている魔力回路の中で、最初はそよ風のように緩やかに魔力が巡っていき、次第にその勢いを強くさせながら、ただただ魔力が俺の体中を巡っていた。
これは、学園に来る前によくやった、魔力回路を鍛える特訓の一つだ。ただこれは、よくある魔力を多くするためのものではない。あくまで魔力回路だけを鍛えるものだ。魔力回路を鍛えることで、効率よく魔術の工程を行うことができ、魔力ロスをなくし、かつ魔術の起動までの時間の短縮、持続時間の延長が見込める。
師匠もよく、魔力を多くため込むだけのデブじゃなく、効率よく使えるマッチョを目指せと言っていた。今更ながらよく分かる例えだと思う。
だから、魔力は使わない。ただ自分の体の中を巡らせるだけに留める。魔力総量は多くならないが、魔力回路を鍛えることが出来る。両方やろうとすると、逆に中途半端になるからやらない方がいいと、師匠に耳にたこが出来るほど言われている。
魔力の巡りに呼応するように、血流も早くなっていく。息が切れそうになる。心臓の鼓動が早くなり、細胞が酸素を求め始める。肌が汗ばみ、服が張り付いてきて気持ち悪い。この程度になれば、これ以上魔力を加速させる必要もない。このペースをおよそ20分ほど維持させる。これがとりあえずの最低限の特訓だ。 基本的に魔力を意図的に巡らせる時は、魔術を使う―――つまりは魔力を消費する時がほとんどのため、巡らせるだけ巡らせて消費しないと、こういった運動した時のような生理現象が起きる。運動した時に、自動的に体が調整するように、魔力を使う時も同じ反応を起こす。
少しも動いてはないのに、そんな感覚が襲ってくるこの特訓は、何回やっても慣れない。ただ、その慣れないという意識が、俺は特訓している、という実感を与えてくれる気がした。
***
「っはぁ...はぁ...えっと、20分っていつまでだっけ...」
今更気づいたのだが、時計を使って計るのを忘れていた。体感的には35分はやったような気がする。
今現在、俺の体はマラソンでもやってきたのか?というレベルだった。やめても、すぐに体温が下がらない。
「窓開けよ...」
開けるために、ゆっくりと窓に近づき、静かに開ける。入ってくるひんやりとした風が気持ちいい。ここからも、噴水広場がよく見えた。流石に噴水は止まっており、ただ静かに木がかぜに揺られる音などしかしない。
「あんまり部屋を寒くすると、ジョーカー起こるかなぁ...」
そんなことを呟きながら、体の熱を冷ましている間、暇で暇で仕方ない俺は、何かないかと、噴水広場の隅々にまで目をやっていた。
そんなことをしていると―――
「んあ?」
暗闇に慣れてきて、少しずつ鮮明に見えるようになってきた視界の中に、人影を捉える。ベンチに座ったまま、全く動かないが、この時間にそんな場所にいるのは、超絶怪しい。
「ちょっとぐらい覗き見しても...大丈夫だよな?」
ちょっとだから、ちょっとだからと自分の中で理由をつけて、視覚強化の魔術をこっそり使ってみる。暗闇うんぬんは全く関係なくなり、微かな光でも、真昼間と同じような景色に見えるようになる。そしてその人影の姿をはっきり見て―――
「...なんか、さっきまで見てた顔なんだけど」
そこにいたのは―――見紛うことはないだろう、光沢もないくどいほどの黒髪。俺が寝る前まで話していたはずのジョーカーがベンチに座りながら、夜空を見上げていた。
ベッドの方を見れば、確かにジョーカーの姿はどこにもなく、完全にもぬけの殻だった。暗かったから、完全に見逃していた。
というか、夜に寮から出るのは校則違反では?なに初日から校則違反してるのあいつ。まぁ、ただ散歩してるだけっぽいから、怪しいことはしないだろうけど。
ただ、なんというのか。ジョーカーの様子を見ていると、疲れ切っているという印象を受ける。よく言えばぼんやりと、悪く言えば虚ろに底なし沼のような光のない夜空を見上げているだけなのだ。
「夜空見上げるだけなら部屋でやればいいのに...あいつも変わったやつだな」
俺もジョーカーにつられ、何気なく夜空を見上げてみる。
光を貪欲に吸い込む真っ黒の夜空の中に、点々と星の光が輝いている。その中で、俺は目を奪われたものがあった。他の星よりも歪な形のはずなのに、他の星よりも何十倍も神秘的に見える―――そんな三日月を、その時俺は何を思ったのか、数十分見上げていたのだった。
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