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第五時間 『連結救助列車、猿に引きずられる』

「...あれは一体何の冗談なんですかね」


 叫び疲れた俺は、疲れた表情でディル先生にそう尋ねるしかなかった。

 俺が指さした先では、2mほどの巨大な白い猿が、ジョーカーを引きずって今も延々と噴水広場辺りを駆け回っている。急カーブするたびにジョーカーの体が遠心力で外側にズレ、噴水自体に頭をぶつけられたり、全身に擦り傷を作ってしまったりしている。というか、襟を掴まれて引っ張られているので、もうすぐ失神するんじゃないかとも思えてしまう。


「僕も冗談で見てたかったんだけど...あれは間違いなく『魔道生物』ですね」

「へ、へぇ~」


 魔道生物...魔術的な作法などによって、呼び出した、もしくは作り出した生命体の総称。この世界の自然界に存在していない、というのも条件の一つだ。

 それぞれ大まかに3種類に分かれており、魔術で異界から呼び出した生物は『異界生物(クリーチャー)』。魔術的に制御した環境で交配などによって作られた突然変異種を『魔術生物(モンスター)』。そして最後に禁忌とされる、既存の生物同士を魔術で直接合成して作られる『合成生物(キメラ)』の三つがある。合成生物(キメラ)に関しては、研究は全面的に中止されている。


「あれは最近確認された、魔術生物(モンスター)の一種である『ホワイトマンドリル』ですね」

「なんで、そんな希少種がこんなところにいるんですか」

「その最近発見した教授が、ここで研究してるんです...もっと言うと研究対象の魔術生物(モンスター)を逃がすなんて不注意な人も、僕が知ってる限りだとその人しかありえません」

「その教授さん、全く捕まえに来る気配がないんですけど」

「きっとお風呂にでも入って気づいていないんでしょう、いつものことです」

「「「「「クソ野郎ですね、その教授」」」」」


 クラス全員の意見が早速全員一致した瞬間であった。

 って言ってる場合じゃない!このままだと本当にジョーカーが死者として学園中に報道されることになるぞ。


「ふっふっふ、なーに任せておくのだ!」


 その時、俺の中で最もここで動いてほしくない生徒が、窓枠に乗り、飛び降りようとしていた。


「ここで私が颯爽とヒーローのように、あの人を助けて見せるのだ!」

「いやベルネさんよ...お前、さっきジョーカーにビビらせられたから、見返したいだけだろ」

「うっ!な、何のことなのだ?」


 図星かよ。しかも分かりやすすぎる。


「いや、そんなことしに行ったらいけません。僕が他の先生方を集めてどうにかするので、皆さんは大人しくしていてください」

「そうだよ姉ちゃん...姉ちゃんが行ったら3か月入院するだけで終わっちゃうよ...?」

「怖いこと言わないで欲しいのだ!?というか先生、そんなこと言ってられないのだ、あれ本当に死にそうな感じがするのだ!?というわけで、私だけでも行くのだ!」

「え、ちょ、ちょっとベルネさん!?本当に危険ですから!?」


 ベルネはそう言うと、ディル先生の言葉をガン無視して躊躇なく飛び降りた。次の瞬間、ベルネの体の中心から霧のようなものが噴き出したかと思うと、体の端っこから小さな蝙蝠と化して、蝙蝠の群れが引きずられているジョーカーの方へと真っすぐ向かっていった。すげぇ、本当に変身している。幻影とかそういう類では決してない。体の一部を変質させる魔術は普遍的に存在するが、ベルネの場合は最早心臓でさえも変質している。この領域は吸血鬼の特権と言っても差し支えないだろう。


「もう姉ちゃん...手が焼ける」


 それに続いてギークもベルネの後を追うように蝙蝠の群れと化して飛んで行った。どうしよう、確かに変身魔術は凄いけど、あの二人に任せると逆にジョーカーの命が終わる気がしてくる。


「アーカード君!」

「え?ミリア!?もしかして行くの!?」

「何言ってるの、アーカード君!?あの二人に任せていたら、多分ジョーカー君死んじゃうよ!?」


 全く持ってド正論だと思う!

 ミリアはそれだけ言うと、先に降りた姉弟と同じように飛び降りた。そして、右手の人差し指と中指で左腕の中ほどから手のひらにかけて、すーっとなぞると、なぞった部分から水が湧き出て、細いロープのようになる。それを両手でがっしりと掴むと、掴んでいない方の水のロープの先端が勝手に動き、すぐそばの窓枠に巻き付き、ミリアはそのままするすると水のロープを降りて下にたどり着いた。


「水の魔術か...しかし、器用なことするな...」


 もっとお嬢様風だと思っていたが、意外にもアグレッシブな人だ。だが、そんなこと言って驚いていられない。俺も窓枠に乗るようにして、窓の外に体を持っていく。


「アーカード君!」

「ディル先生...あとでまた説教は受けますんで...」


 俺は苦笑いでそう言うと、魔力回路を全開にして魔力をフル稼働させる。基礎中の基礎、『身体強化』の魔術だ。魔力を自身の筋肉、皮膚、骨格に分け与える形で消費し、強度、力ともに強化する。

 強化された感覚を実感として感じたと同時に、窓枠を蹴り、ほぼ30度ほどの角度で下に向けて超スピードで突っ込む。だが、着地の衝撃で時間を割いてはいられない。着地してそのまま滑るような形でスピードを落とさずに猿とジョーカー、そしてその二人を追いかけている三人に向かって走り出した。


***


「いででででッ!ちょ、なんで噴水の周りをグルグル回ってんだ、こいつ!?待て、急カーブすんなあああぁぁぁぁ!!」


 クソ!?本当に今日はなんだ!?魔力弾も当たるし、ましてこんな魔術生物(モンスター)みたいな見た目の奴に捕まって引きずり回されるとかあるのか!?久しぶりの厄日だ!?

 と、とにかくどうにかしなくては。幸いこいつは何を思ったか単純に噴水の周りをまわっているだけだ。今のうちに呼吸を整えて、魔術でぶっ飛ばす。学園の奴らに変に思われる可能性もあるが、そんなこと言ってはいられない。


「グッ...この状態にも慣れてきた...このまま魔力回路を整えて...」

「助けに来たのだあああぁぁぁぁぁぁぁ!!待ってろおおおぉぉぉぉぉ―――!!」

「何しにきやがったんだ、お前えええぇぇぇぇぇ―――ッ!?!?」


 急に飛んできた蝙蝠の群れが、さっきまで聞いていた声で喋り出す。というか声を聞かなくても、魔力の感覚で分かる。あのベルネとかいう吸血鬼だ。

 疫病神代わりの吸血鬼がなんでこっち来たんだ!?やめろ、一人でどうにか出来そうだったのに来るんじゃない!?


「今助けてやるのだ!私に感謝するのだ!」

「いらねーよ!?というか蝙蝠の状態でどうするつもりだお前!」

「蝙蝠の状態のままなわけないのだ!」


 そう言うと、蝙蝠の群れが集まり出し、ベルネが頭から元の形に戻っていく。そして手も元に戻し、俺の足をがっしりと掴んだ。

 ...で?


「...俺の足を掴んで、その後どうするつもりだ」

「引っ張るのだ!」

「無理だろ!?無理だって気づけよ!?」

「やってみなきゃ分からな―――あばばばばッ!痛い!?石ころがぶつかる!?ぶつかる!?」

「犬死にじゃねぇか!?」


 こいつ本当に何がしたいんだ!?というか失敗したならさっさとまた蝙蝠に戻って離脱しろよ、なんでいつまでも掴んでるんだよ!?クッソ、こいつのせいで調子狂わされっぱなしだ!?最低でも一か月は静かに生活する予定だったのに!?

 その時、また同じような蝙蝠の群れがこっちに飛んできた。この疫病神に似ている魔力は、確かギークとか言っていた奴のものだ。


「姉ちゃん...あと...えっと...」

「こいつの弟だったか!?俺の名前はどうでもいいから、こいつを引き離せ!?」

「躊躇なく姉ちゃんの方を指さすんですね...」


 当たり前だろ、こいつが引っ付いてるおかげで逆に引っ張られる痛みが増してんだよ!?誤差と言えば誤差だがイライラする!?

 だが、そんな俺の感情を理解しないまま、吸血鬼弟は逆に魔術生物(モンスター)すらも追い越して、傍に生えている大きな木の近くで元の姿に戻った。

 白い猿は目の前に急に人が現れたと言うのに、全く気にせず噴水の周りを走っているだけだ。この猿にとってはただ遊んでいるのと同じなのだろう。


「何やってんだお前!?」

「大丈夫です...僕は姉ちゃんみたいな頭の悪いことはしません...」

「ちょ、酷過ぎるのだ皆!?あだッ!顎、顎がッ!?」


 その無気力な表情が逆に頼もしい気がしてくる。だが俺としては、あの謎のフォロー演出が頭に残って離れない。なんだろう、すっごく嫌な予感がする。

 その予感を拭いきれないうちに、吸血鬼弟は傍の木を左手で掴み、俺を掴んでいる疫病神吸血鬼の足を右手で掴んだ。

 なにこれデジャヴ。


「えい...あ、力つよ―――あががががッ!?!?」

「お前ら二人とも助かったら売り飛ばすぞッ!?」


 やっぱり無気力なだけで、こいつも馬鹿の類じゃねぇか!電車ごっこじゃねぇんだよ!俺の足への負担がほぼ倍になっただけじゃねぇか!

 しかし今度は、水の魔術で地面を滑るようについてきているミリアと、おそらくは身体強化の魔術を使ったアーカードが後ろから距離を詰めてきていた。よかった!ほぼ初対面だが、この吸血鬼姉弟よりは100倍以上信用できる!


「ジョーカー君!?本当に大丈夫!?」

「大丈夫だと思うなら回復魔術でも使ってもらえや!」

「お、お前ツッコミ役が本職だったのか!?」

「アーカード!分かった、お前の自己紹介笑ってたのは謝るから、それを俺の本職にするな、まだそんな者になりたくない!」


 最早恥も外聞も関係なく懇願するしかない、こんな状況になったら。

 俺の懇願を聞いた二人はすぐさま行動を開始した。ミリアが右腕をなぞると、そこから水があふれ出てロープのような形になり、白い猿の腕に巻き付いた。


「アーカード君!」

「よーし、しょうがない...やるか!」


 そして、そのロープをアーカードが持ち、身体強化で人を超えた力を振るう。吸血鬼姉弟の要らない支援とは違い、ほぼ猿と対等の力でやっと猿の動きを止めた。

 思いっきり引っ張られた猿はようやく後ろに振り向き、何が起こっているかをしっかりと両の目で確認し、腕に巻き付いたロープを引きちぎろうとしているのか、それか純粋な力比べのつもりなのか、走るのではなく、今度はロープを引っ張り始めた。


「うぐっ!?~~~~~!!」


 流石に猿が本気を出すと、今のアーカードでも完全には抑えきれず少しずつアーカードが靴底を削りながら引っ張られていく。

 ...だが、十分だ。


「~~~ッ!ジョーカーあああぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!!!」

「...あぁ」


 やっと立ち上がれた。

 アーカードが叫ぶと同時に、猿もそれに気づいて俺の方を見る。

 だが、もう遅い。


「終わりだ」


 俺は人差し指の先に魔力を貯め始める。それは自分の体感時間にて数秒―――だが、現実にしてはほんの一瞬の出来事。貯まっていく魔力は、指先で小さな小さな球体と化し、その球体は大きさこそ変わらないが、その代わりに威圧感だけをドンドンと膨張させていく。禍々しくも、神々しくともとれる光を放ちながら―――どちらにしても目を逸らさずにはいられないほどに凝縮して。そして魔力が貯め終わると同時に、俺は猿に肉薄し―――その指で猿の体での突き上げた。


「『圧縮弾(グレードバレット)指向性爆発(クラッシュ)』」


 猿の体に着弾した、小型の球体に圧縮した俺の魔力が、指向性を持った爆発を起こし、猿の体をほぼ水平にぶっ飛ばした。すぐに地面に落ちるものの、勢いは全く落ちず体を回転させるようにしながら、地面すれすれを飛び続け、そのまま校舎の壁に派手に激突した。


「...す、すごいのだ!」

「おー...助かりました...」

「ふぅ...これで一件落着だよね?」

「あれで起き上がってきたら...きついね?」

「...そうだな」


 適当に相槌を打っておく。最早それすらも億劫になるレベルだった。

 久しぶりに使ったが、調整もいい感じ...だったはずだ。

 もうすぐ先生たちも来るだろう。起き上がってきても、それほど問題にはならないはずだ。


「しかしジョーカー...魔力圧縮するの速いんだな、正直ビックリした」

「まぁ、な...お前こそ、身体強化の練度はかなり高かったと思うぞ」

「やることがそれしかなかったもんで」


 学校行ってないって言ってたからな、こいつ。

 だが...なんだろうか。

 今回、完全に嫌なことだけしか起こってないが...

 最後はなんだか、悪い気分じゃない。

 そんな心中を隠すように、俺は自分に応急用の回復魔術をかけ始めるのだった。 

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