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第二時間 『入学式の二人』

単語解説のコーナー


『ステータス』

個人個人の力をはっきりと文章化して提示する、ある種のデータのこと。

なぜか、どの種族でも、赤ちゃんでもやろうと思えば、使うことが出来る謎の力。

ステータスを知りたいと念じて、紙やレコードなどの情報媒体に触れることで、それを文章にして書き記したり、また音として再生することが出来る。

名前、性別、種族、の次に戦闘力の項目があり、それぞれ『筋力』『瞬発力』『耐久力』『魔力』の四つに分かれており、F→E→D→C→B→A→Sの順でランク付けされて表記される。

しかし、あくまでも自分の能力を基準に合わせて文章にしているだけのため、最高ランクになったからと言ってそこで成長が止まったりするわけではない。同じSランクと言っても、かなり実力が違ったりする場合も多く、基本的にあまり参考にはならないというのが共通認識とされている。

また、戦闘力の次の項目は、スキルと書かれており、ここには習得したスキルが記される。

スキルの項目は、スキル名とそのスキルの説明が書かれるが、そもそも自分の力で使えるスキルが分からないという状況もあまりないため、こちらも重宝はされていない模様。

しかし、『固有技能(ユニークスキル)』の場合は、その限りではなく、突発的に発言する場合も多い、固有技能(ユニークスキル)に対しては、ステータスのスキル解説が役に立つこともあるらしい。しかし、その裏で、解説では書かれていないことも出来た、という例も存在し、固有技能(ユニークスキル)が特殊過ぎるのか、このステータスのシステムに何かエラーが存在するのかは分かっていない。

というより、このステータスの仕組みそのものがまだ解明されていない。


「ぎ、ギリギリ間に合った...」

「はぁ...はぁ、うぅ、まだ少し膝が痛いわ...」


 なんとか本館の大広間のようなところまでつくことができた。既に何百人という生徒や先生が入っている。

 壇上にはまだ誰もいないが、多分もうすぐ理事長みたいな人がそこで話をするのだろう。

 というか、これどこに座ればいいんだ?クラス別で分かれてるとかだったら詰んでるんだけど?


「おい、何やってる」

「ひゃいッ!?」

「は、はい!?すみません!」

「何言ってんだ、お前ら」

「「え?」」


 一瞬、先生に注意されたかと思ってビビったが、よく聞くと先生の声ではない。大量に座っている生徒たちの方から聞こえてきた。

 というか、聞いたことがある声だった。

 少し目線を動かして探すと、さっき門の前で会ったジョーカーという少年が、集団の端っこで座ったままこっちをジト目で見ていた。


「新入生は好きに座っていいらしい、さっさと座れ」

「お、おう...すまん」

「は、はい...」


 ジョーカーに促されるまま、隣に座り込む。そしてその隣にミリアが座った。

 俺たちが座るのを見ると、ジョーカーはすぐに壇上の方に視線を移した。

 俺たちに興味がないようにも見えるが、教えてくれるってことは、やっぱり悪い奴ではなさそうだ。


「あ、あのアーカード君。知り合い?」


 そんな風に思っていると、ジョーカーのことを知らないミリアが俺にジョーカーのことを聞いてくる。

 こういう時って、素直に人の名前を教えていいものなのだろうか?なんとなくダメな気がする。よく分からないけど。個人情報ってやつな気がする。

 自分一人では判断に困ると思った俺は、ジョーカーに目配せする。

 すると、ミリアの声が聞こえていたのか、それとも咄嗟に俺の意図を察したのか、こっちを見ずに軽く頷いた。これで別の意味で頷いてたのならごめん。


「うん、門の前で知り合ったんだ。ジョーカー=ミラー、ジョーカーでいいって」

「ジョーカー君...か。よろしくね?」

「あぁ」


 ミリアの声にも振り向かずに、軽く返事するだけで済ますジョーカー。

 よかった、ちゃんとこっちの意図を察して頷いてくれてた。


「もうすぐ入学式始まるぞ」

「お、始まるかぁ...」


 学校に行ったことがあるという友人から聞いた話では、入学式ほどつまらないものもそうない、と聞いていたが、今の俺は、この静かな空間に反して心臓の鼓動がうるさいぐらい跳ねていた。

 初めてだからかもしれないが、俺にとって、ここまで心地よい感覚も久しぶりだ。

 全神経が、前方にある壇上にと注がれる。視覚も聴覚も。

 しばらくすると、ある人がゆっくりと壇上に登ってくる。

 それは腰まで伸ばした白髪と質素っぽい和服が目を引く、厳しい表情の初老の男性だった。

 そして、何も言ってすらいないのに、遠目からでもわかる不思議な威圧感を持っていた。

 おそらくは素人でも、喧嘩を売ったらただじゃ済まないと肌で分かってしまうほどに。

 現に、この男性が出てきた瞬間、大広間の空気が見るからに緊張し、ちょっとところどころから聞こえてきていた声が、全く聞こえなくなった。

 初老の男性は、大広間を一通り見渡すと、筒状のものを持って喋り出す。なんでか知らないけど、その筒に声を出すと、声が大きく聞こえてくるのだ。


「えぇ、今日...この学園にご集まりいただき、本当に感謝します、生徒諸君。理事長の『白石楽韓(しらいし らくかん)』という者です」


 白石楽韓と名乗った、初老の男性に、周りが少しざわめきだすが、白石理事長がまた見渡すと、瞬く間に静かになってしまう。

 ざわついていたのは、主に魔族と思しき生徒たちで、どうやら人間が理事長だったのでちょっと驚いたという感じだった。確かに、魔族の方が寿命的には長いので、そういった上の階級にいやすいとも思えるが。

 いや、名前も珍しいな。もしかして師匠と同じで東洋人かな?というか和服だし、多分そうだよね。


「さて、入学式を始める前に...いくつか、この学園について説明しなければならないところがあります」


 そう言うと、周りにいる先生たちが俺たち生徒に何かを配り始めた。

 なんか、四角い板のようなものだ、真ん中にドドンと黒くて、本体より更に薄い板が張り付けてある。そして端っこの方にスイッチのようなものもついていた。


「それは、渡来人の協力により作られた新しい情報媒体...彼らはスマートフォンと呼んでいました。ステータスを表示できるのはもちろん、それを持っている人たち同士で遠い場所からでも話すことが出来るというものです」


 え?何それカッケー!

 渡来人...オーバーテクノロジーを使うと言われる、謎の技術者の総称。

 彼らによると、この世界の何処かに渡来人だけの集落が存在し、そこでは俺たちが想像もできないような文明が栄えているという。

 しかし、渡来人は決してその場所を喋らない。だから全く持って分からない。それでも、渡来人の協力によってこういったものが複製されることは稀にある。

 ミリアもこのスマートフォンを興味深そうにまじまじと見たり、匂いを嗅いだりしている。なんだろう、女の子が匂いを嗅いでるのを見ると、何か悪いことをしているような気がしてくるような...

 ジョーカーの方は初っ端から興味がないらしく、さっさとポケットに仕舞い込んでいた。

 ジョーカーは以前に見たことあるのかな?というか、まさかジョーカー自身が渡来人の可能性も...いや、まぁ今は関係ないか。

 それにしても、これがステータスを...ん?よく見ると、スマートフォンの裏に何か彫り込まれている。

 『風下住民(ダウンウィンダーズ)』、と。どういう意味だ?


「さて...そのスマートフォンの裏に、文字が彫り込んであるでしょう。文字の種類は二種類、『見下ろす者(オーバールックズ)』と『風下住民(ダウンウィンダーズ)』の二つです」


 あぁ、『見下ろす者(オーバールックズ)』なんてものもあるのか、なんだろう機能が違ったりするのかな?


「それは、生徒間の階級のようなものです」


 ん?なんか不穏な言葉が聞こえたような...ごく一部の生徒も今の言葉を聞いて、またざわつき始めてきた。そして、今度は白石理事長もどこか制そうという気がないように見えた。


「新入生の1割は上位級である『見下ろす者(オーバールックズ)』の称号を、残りの9割には下位級である『風下住民(ダウンウィンダーズ)』の称号を与えています。これらは、入学前にあなた方の自宅から提出してもらった学力テストの結果とあなた方のステータスの内容から決めたものです」


 何!?つまり、『風下住民(ダウンウィンダーズ)』の烙印を押されたら、落ちこぼれってことなのか!?それにしても1割って厳しすぎるだろ!い、いや、落ちこぼれじゃなくて一般階級みたいなものだよな、ここまで来ると...

 と、というか学力テスト...?そういえば師匠に渡されてやった気がする...深夜に叩き起こされて寝ぼけてやった記憶しかないけど!大切な書類だって言うから...!

 隣を見ると、ミリアが凄く悲しそうな顔をしてうずくまるようになっていた。生徒の中には白石理事長に抗議している人もいるが、ミリアはただただ単純に落ち込んでいるだけだった。この様子から見て、ミリアはこの仕組みについては知っていたみたいだ。

 ジョーカーは全くさっきと変わらない。ただ無表情で...いや、今欠伸したな、つまらなそうに見ているだけだ。ジョーカーも知ってたのか、この仕組みは。


「というか風下住民(ダウンウィンダーズ)ってなんだ...?」

「知らないのか?」


独り言のつもりだったが、ジョーカーが聞き返してくる。というかジョーカーこれも知ってるのか、意外と博識なんだな、いやクール系は博識なのか?分からん...


「あぁ分からん。教えて?」

「...六百年前の第二次平和時期を終わらせた一つの兵器がある」

「あぁ、150年以上続いた休戦時期は『平和時期』と呼ばれる...それを終わらせた兵器?」

「これは魔族側から人間側へと撃った一つの魔力爆弾でな...その仕組みは、人間側が多く持つ『正の魔力』、魔族側が多く持つ『負の魔力』を混ぜ合わせる」

「え?その合成実験は失敗したって聞いたけど」


 俺の指摘に対してジョーカーはただ頷いた。


「あぁ、『合成』にはな。その爆弾は負の魔力と正の魔力を混ぜ合わせ、そして出来た不安定な状態の魔力を無理やり抑制した。水と油のようなものだ。溶け合わないが、そのままでいい。この魔力の『合成』の失敗の原因は『反発』...一旦、あるレベルまで混ぜ合わせると絶対にそれ以降は反発しあい、そして魔力粒子一つ一つが分離しだし、莫大なエネルギーを周囲にまき散らす。それはこの性質を利用したんだ」

「利用した...?」

「不安定な状態の魔力を積んだその爆弾を起爆すると、魔力の抑制が外れ、一気にそのエネルギーが解き放たれる。しかも、その爆弾はとにかくでかい。これによって周囲2kmは完全に消滅、その50倍もの範囲に爆風が被害をもたらした」

「な...!?」

「『魔素核連鎖分離爆弾』、通称『アトミック・ボム』はそれほどの被害を人間領にもたらした。それによって第二次平和時期は終わりを迎えた」


 全く知らなかった...でも、それと風下住民(ダウンウィンダーズ)ってどんな関係があるんだ?


「だが、他にも殺傷力のある効果があった。混ぜ合わせて、反発するとき、ある粒子状の物体がその中で生成される、というかこれこそが反発してしまう原因となる『破壊粒子』と呼ばれるものだが...これは魔力そのものを細かく、細かく分離させる効果がある。これが爆風に乗って、爆心地よりも更に遠くまで拡散する。これを体内に取り込むと...体内の魔力が勝手に分離していき、重度の『魔力欠乏症』に襲われる。そして...それは風に乗って流れていく」

風下住民(ダウンウィンダーズ)...つまり」

「爆発後も、破壊粒子は風に乗って、風下の集落に降り注ぐ。粒子状のままか、雨になって落ちていくのか...どっちにしろ、破壊粒子に汚染されたものを口にしても、直接汚染されても、勝手に魔力が分離していき、生命の危機に立たされる。しかも、それは体に残るから、完全になくなるまで、魔術が使えなくもなる。そういった被害を受けた集落の住民...つまりは風下の住民」


 それが風下住民(ダウンウィンダーズ)の意味、か。あれ?これ、思ったよりも馬鹿にされてるんじゃないのか?


「ミハネ魔術学院は、そんな時期に人間領と魔族領の合同で作られた学校だ。そして、その時の学生の多くは本物の風下住民(ダウンウィンダーズ)だった」

「え?そうなのか?」

「あぁ。そして、風下住民(ダウンウィンダーズ)だった生徒の一人が、破壊粒子の効果を阻害し、逆に消滅させるポーションをこの学園で作り出し、多くの風下住民(ダウンウィンダーズ)が魔術を取り戻した。当時の理事長が、その偉業を称えて、この学園に風下住民(ダウンウィンダーズ)の名を遺した。そう、崖から落とされても、登ってくるかの如きその偉業を称えて、な」

「「そ、そうだったんだ...」」


 俺とミリアが揃って驚嘆の声を出した。この様子からすると、ミリアはここまでは知らなかったらしい。 そして、そういうことなら、そんなに悪い気はしない。つまりは這い上がってこい、というメッセージでもあるのだから。今はダメでも、いつかきっと。


「まぁ、ただの下位級だとは思わないことだ。ちなみに、ミハネ魔術学院に試験落ちというものは存在しない。成績不審者は風下住民(ダウンウィンダーズ)にされるだけで、入学はできる。勉強についていけるかは知らんがな」

「ふ、ふん?試験落ちが存在しない、と今言う意図は?」

「俺は白紙で出した」

「「す、すげぇ...」」


 ジョーカー、涼しげな顔でとんでもないことやってんな。でも、ここまで博識だと、テストを真面目にやってたら普通に見下ろす者(オーバールックズ)にもなれただろうに、とも思う。

 ちなみに学力テストは、入学が決まった後にやるものだったので、試験落ちがないのも当然だとは思うが。


「皆さん静粛に。今現在の階級はほぼ暫定的としか言いようがありません。ステータスなどを基準にしているだけだからです。これからつけられる成績、活動実績などによって学期別に変動していくものとなります」


 なるほど、やっぱりそういうシステムも整備されてるんだ。これは悲観してる場合じゃないな。


「入学式前に言うべきことは、これで終わりです。この学校の大原則となる、このシステムのみは先に話しておくべきだと思いました。では、これより入学式を始めます」


 階級制と言われてたけど、なんかそこまで重要そうなことでもなかった気がするな。反発してたっぽい人たちも結局納得して黙り込んじゃったわけだし。

 こんな一幕があったものの、入学式は何事も騒ぎはなく、予定通りに進んでいった。

 階級制とかいう少し思ってたのと違うものがあったが、それでも憧れていた学園生活がこれから始まる...!

 そう思うと、何も起こらないつまらない入学式の最中でも、少し笑みがこぼれてしまうのだった。


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