第九時間 『新聞部の依頼』
単語解説のコーナー
『破壊粒子』
正の魔力と負の魔力を合成して、新たな魔力を作ろうとする際に生成される、『魔力の拒絶反応』ともいわれる物質。
これは種類の違う魔力を反発させる効果を持ち、これによって種類の違う魔力同士が合成するのを防いでいる。魔力の性質的に近いもの、つまりは相性の良い魔力同士に対しては、反発させる力が弱まる。また、この効果が継続的に起こると劣化するスピードが速くなる効果もある。
更に二つ目の効果として、魔力の核、つまりは『魔素核』と呼ばれるものに干渉して、これの結合を分離させることで、魔力そのものを根本から破壊する効果がある。また、魔素核を分離させる際に膨大なエネルギーが放出される。この特性を利用した兵器が『魔素核連鎖分離爆弾』である。
破壊粒子が危険物質だとされている理由は、この二つ目の効果にあり、もし破壊粒子が人体に入ると、人体の中に巡る魔力を破壊させ、重度の魔力欠乏症を引き起こすためである。また、分離する魔力は、魔力回路内にほとんど隔離されているために、分離するスピードはかなり遅いとはいえ、分離すればするほどエネルギーが勝手に生成されるため、かなりの高熱にも見舞われる。しかも、この破壊粒子自体は物体であるため、体の中に残留しやすく、長い年月を経て劣化していくまで待たないといけない、という特性もある。
長年、治療法は見つかっていなかったが、隠された特性として『一つ目の効果が発揮されている間は、二つ目の効果は弱まる』というのがあり、それを利用した治療用のポーションを、設立当初のミハネ魔術学院に通っていた風下住民の学生が作り出した。
これは、相性が良い複数種の魔力を混ぜ合わせたもので、これを飲むことで破壊粒子は、ポーション内に内包された複数の魔力を反発させる力を働かせ、分離させる力を弱める。更に、反発する力が働けば、破壊粒子の劣化スピードは上がるため、魔力欠乏症を解消しながら、治療も出来る、というものである。
「お前、昨日の夜何してた?」
「...いや何も?」
昨日の夜、ジョーカーが噴水広場でただ月を見つめていたのを目撃した後、俺は何も思わずに寝た。流石に朝起きて、いなかったら慌てるだろうとは思ったが。
案の定、起きたら既に制服を着て投稿準備万全のジョーカーが学食に行こうと部屋を出るところだった。が、俺がその前に起きたならそのまま行かせるわけにはいかん。何をやっていたのか聞かないと、後々見回り云々でジョーカーが捕まった時に共犯扱いされかねない。
「噴水広場にいたのは見たぞ」
「なんであんな夜中に起きてんだよ」
「そっくりお返しするわ、それ」
「寝れなかったから散歩してただけだ」
「...俺はこの場合止めたらいいの?それとも見逃していればいいの?分かんないんだけど」
「迷ってるならとりあえず見逃しとけ」
図々しい奴だな。だが、確かに実害があるわけでもないから、微妙なところだ。止めるべきか、見逃すべきか...
「...あんまりやるなよ。俺も説教喰らいそうだから」
「分かった、そこは気を付ける」
とりあえずの注意だけして今回は見逃す。あいつ、大人しい奴かと思ったら素で校則とかバンバン破っていくし、破天荒な奴だな、割と。
って、そんなこと言ってる場合じゃない。俺もさっさと着替えて学食行かないと。また飯抜きになってしまう。
すぐさま着替えて、財布から学食分の金をとった俺は部屋から出る。周りの部屋の生徒たちも続々と部屋から出て、ゆっくりと歩いて寮の下へ向かって行っていた。俺はその一本の流れに合わさるように、歩いて下まで向かって行くのだった。
***
ミハネ魔術学院1年生の授業は、本当に魔術の基礎から始まる。と、言ってもこれは風下住民だけのようだ。試験内容やステータスの内容から見下ろす者と風下住民に分けているのは、基礎が必要な者と必要ない者に分けているっていうのもあるんだろう。ジョーカーみたいに白紙で試験出す奴もいただろうし。
魔力回路の使い方から、魔術で絶対必要になる魔力の変換など、魔術の属性の種類についてなどまで学習する。
だが、師匠に粗方基礎を教えてもらっている身からすると、少し退屈な内容だった。たまにかなり深く掘り下げられた内容も出るので、その部分は面白いのだが、やはり大部分の基礎の話は欠伸が出そうになってしまう。
「よぉ、なんだか退屈そうだな?」
「...ん?」
まぶたが重くなり始め、うつらうつらとして、意識がふわふわしている時、隣からやけに馴れ馴れしい声が聞こえる。当然、俺は聞いたことがない。いや、自己紹介で聞いたような気もするけど。
ちょっと痛くなっていた首を曲げ隣を見てみると、そこには頬に赤い魔術刻印をつけたクリーム色の髪の軽い雰囲気の男が俺の目の前で手をひらひらさせていた。
この真っ先に目に飛び込んできた赤い魔術刻印。これを体に彫り込む種族は『魔族』がほとんどだ。魔族は魔力保有量は種族の中でトップレベルだが、それに比べて魔力回路の発達が遅れるため、こういった『補助刻印』を体の何処かに仕込む必要がある。
角や牙や翼など異形な部分があるのも特徴ではあるが、これは魔術でどうにでも誤魔化すことが出来るので、大体の魔族は余計なトラブルを避けるために、人間領では隠して生活している。ミハネ魔術学院も、多種族が通うということで、魔族は異形を隠すことが多い。
ちなみに、俺はこいつの自己紹介を覚えていない。すまんね。
「えっと、誰だっけ?」
「昨日自己紹介したはずなんだけどな...まぁ、それを覚えてるやつも少ないだろうけどなぁ。俺は『キルス=シューズ』、キルスって呼んでくれ。魔族で部活は新聞部所属だ、よろしく~」
こいつ、なんでもう部活に入っているんだ。まだ先生に紹介もされてないはずだけど。確かにもう上級生が勧誘はしていたが、それにしたって決めるのも早い奴だ。しかもこの学院に入ってまで新聞部って...
「あぁ、よろしく。俺はアーカード=アルサケスだ」
「知ってるよ。お前ら、もう既に有名になりかけてるぜ?」
「え」
「そりゃ、逃げ出した魔道生物に先生たちや警備員たちよりも先に立ち向かって倒しちまうんだからな。ほらこれ」
そういってキルスはポケットからスマートフォンを取り出して、慣れた手つきで操作し始める。こいつもジョーカーと同じで校則を守らない種族ですか。見つかったら、絶対俺も巻き添えになるからあんまりやってほしくないんだけどな。
そして見せてきたのは、昨日ジョーカーが引きずられた時の映像や、俺が白い猿をミリアの水のロープを介して引っ張っていた時の映像だった。え、なんですかこれは。スマートフォンってそんな記録も出来るの!?なんだかすっごい細かいところまで見れる...なんか感動した。
「スマートフォンって凄いんだな...」
「そこかよ。写真機能っていう奴だ。誰でも簡単にできるぜ?それ以外にもアラームやらも入ってるし、使ってかなきゃ損だぞ?」
「はへー」
こいつ、一日でスマートフォンについて詳しくなってるな。研究者気質なのかな?
しかし、見てるとかなり色々撮られている。これを他のクラスの奴、さらには上級生もやっているとなると、確かにすぐに有名になりそうだ。
「そんで俺、ちょっと気になってるんだけど」
「なんだ?別にこれに関して話すことはないんだけど」
「アーカードってさ、かなり身体強化の精度は高かったよな?見てて思ったけど」
「?まぁ、それなりに自信はあるけど」
急に話が変わるな。師匠は基礎を極めない限り、あんまり応用に手を伸ばさせてくれないからな。魔力回路操作の特訓と合わせて、身体強化もかなりやりこんだ記憶がある。
「それって、魔力量とかの問題じゃなくて、魔力回路の強さによるものだろ?お前はそういう修練をかなり積んでると見た」
「...よく分かるな」
図星だった。傍目から見てもそんなに分からないものなんだけどな。こいつもそういった特訓をやってきたんだろうか。
「新聞部は目と耳がよくないと、な。そんで一つ提案があるんだけど」
「なんだ?正直、さっきまでの会話内容から提案の内容が全く予想できないんだが」
「なーに、ちょっと強い奴に頼みたかっただけだよ、ボディーガード役を」
「何させようってんだ、お前」
ニヤリと笑うキルスに少し悪寒がする。こいつ不良と喧嘩でもしてスクープに仕立て上げたいんだろうか。そういうのは一人でやってもらいたいんだけど。
「まずはこの写真を見てくれ」
「んー?」
次にスマートフォンに表示された写真は、なんだか林の中に入っていく、一機の『石像』の姿が映っていた。
石像は石や土などを集めて魔術で組み立てる『魔道機械』の一種だ。かなり材料的にも安価、技術的にも簡単、ということで簡易的な労働力として使われているものが多い。あんまり複雑な動きも出来ないし、脆いし、でそんなに頼れる存在ではないのだが。
「この石像がどうかしたか?」
「この石像はな。ミハネ魔術学院で最新とする機構で出来た、いわゆる最新作なんだがな、俺は昨日それが学院をウロウロして、そのまま山に入っていくのを見たのよ」
「ふーん、そりゃ怪しいな」
「そうそう、で。この石像の正体を暴きたいと思ってな」
なるほど、新聞部のネタにしたいわけだ。だが、ボディーガード役なんて必要だろうか?魔道機械は基本的に、ずっと操作魔術や自動操縦魔術で操るのが前提だ。術者の支配を逃れて暴れる...などということは起こり得ない。その場合は動力不足で停止する。魔力を多く含んだ魔石を動力に組み込むなども出来るが、粗雑な作りになりやすい石像にやるものではない。燃費が悪い。そういうのはもっと精巧な作りである『模型』にやるものだ。まぁ、長々と考えたが要約すると、どうせ魔術学院が所有する石像なら別に怯える必要もないということだ。
「でも、そんなの一人でやれるだろ?俺、撮影とかよく分からないぞ?」
「だから言っただろ?ボディーガード役だって。もしこの石像が悪者の物だったらどうするんだよ」
「いやだって、最新作の石像なんだろ?悪者が使ってるんだとしたら、技術が広まるの速すぎだろ」
「そこだよ」
チッチッチと指を左右に振りながら、更に別の写真を見せてくる。その多くは倉庫のような場所で不自然に何も置かれてなかったり、石像が並んでるのに、一機分空いている写真だった。
「最近、この学院の教師や教授陣の悩みに、窃盗事件があるんだ」
「窃盗?」
「生徒内に不安を広げないために黙ってるらしいけどな。研究用の魔道生物や魔道機械や魔石が勝手になくなったりすることが多発しているらしい。俺はこの石像もその一つだと考えてるんだ」
「まさか...」
俺の脳裏に、昨日の事件がよぎる。リリー教授が言っていた、なくなった金剛呪石。もしかして盗まれたものだったとすれば...
「どうだ?引き受けてくれるか?嫌なら普通に引き下がるから」
「......」
もし、その話が本当なら信憑性が増すが―――それは本当に危険であるという可能性が増えるということでもある。だが、目の前のこいつは、その事件に首を突っ込む気満々なんだろう。どこで入手した情報かは全く見当もつかないが、新聞部としてはこれ以上のネタはないんだろう。入ったばかりのキルスがここまでやる気になるものなのかは知らないが。
「分かった、やるよ」
「お、マジか?ありがと、それじゃ放課後にまたよろしくな」
止められないなら一緒に行った方が放っておくよりはマシだ。これで本当に何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
その時の未来が鮮明に浮かんでくるほどには。俺は後悔するだろう、とも。
「アルサケス君、シューズ君、授業中は静かに」
「あ、すみません」
「すみませんでしたー」
そんな俺の黒い靄のようなものは、先生の言葉によって、すぐさま霧散した。
その後は、また退屈な授業を聞くだけで、放課後まで過ごすのだった。
休みの日は寝てばっかりで逆に小説書けませんね...これから逆に休みの日に休載が目立つかもしれませんが、よろしくお願いします。




