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第零時間 『時空の狭間の二人』

 ある時、ある世界と世界の狭間の中。

 俺達は、地面なのか地面じゃないのかすら分からない、曖昧な空間を歩いていた。

 いや、正確には歩いているのは俺一人だけだった。

 俺が肩を貸している奴は、細身だが筋肉質で、薄汚れているが、それでも尚鈍く光る少し長い銀髪を持った男だった。

 しかし今は―――左足はもげ落ち、全身が自身の血で塗れている凄惨な姿となっていた。

 前髪に隠れてよく見えない顔が、その見るも無残な姿のせいか、俺には声にならない悲鳴を叫んでいる、悲痛な表情が幻視して見えた。


「着いた...」


 俺が見上げていたのは、光の粒子が渦巻くトンネルのようなもの。世界と世界を繋ぐための扉、所謂『ゲート』というものだ。

 この先は、この男が元居た世界に繋がっている。かなり重症だが、きっと治せる者もいるだろう。


「もう少しだぞ...もう少しで―――」


 そんな希望を持った俺が、男を引っ張って『ゲート』に入ろうとした時―――


「―――......?」


 俺は一瞬理解出来なかった。

 ただ後ろから強く突き飛ばされ、俺の体は前のめりになってしまう。

 後ろを振り向くと、さっきまでぐったりとしていた男が、俺を突き飛ばしていた。しかし、俺はその更に後ろにいる者に視線が吸い寄せられた。

 その男の顔は暗くて分からなかったが―――その手には、間違えるはずもない。命を―――魂を切り取る『死神の鎌』が握られ、そして振り上げられ、振り下ろされようとしていた。


「おい『カルト』ッ!?何やってる!?」


 俺は重症の男の名を自分の内に湧き出た恐怖を誤魔化すように叫ぶが、もう遅いのは明らかだった。

 後ろの男は、不気味な笑みを浮かべながら躊躇なくその鎌を振り下ろした。

 手を伸ばす間もなく、鎌の刃がカルトの肩に突き刺さり、そのまま肉体の抵抗など全く関係ないと言わんばかりに、真っすぐに一番下まで振り下ろされ、それに一瞬遅れたように、刃の軌跡からどす黒い血が噴き出し、その体を完全に二つに分けてしまった。

 その血が俺にかかり、俺の体を汚していくが、俺の目はそんなこと気にする前に、あるものを目撃した。

 俺を突き飛ばし助けたカルトの―――穏やかな笑顔だった。


「ぁ...カルト...」


 俺の手は、俺の脳の処理を待たずにカルトに伸びていた。

 届くはずもないのに。

 もう助けられるはずもないのに。

 そんな現実を認めたくないかのように、俺の手は無意識に空を掴んでいた。

 そして―――カルトの後ろにいる男が、カルトが倒れることによって、その姿を現した。


「......」

「...これで、君の仲間は全員始末した」


 俺はゆっくりと―――まるで虚無のような空虚な感覚に襲われながら立ち上がる。

 それはまるで、重力がない状態だとか、摩擦がない状態のように、なんの拠り所もなく、赤ちゃんが立ち上がるように難しいことに感じられたが、また俺の脳と切り離されたように、体は勝手にいつもどうりに立ち上がった。

 そして、俺の目の前にいる男をただただ見た。

 睨むとか、凝視するとかじゃなく、ただ自然体のように。

 その姿は、軽薄そうな笑みを浮かべた同顔の少年で、きちっとした燕尾服に身を包んではいるものの、くろの短髪もあってか、逆に活発なイメージの方が強かった。

 そう、そして俺はこの男をよく知っていた。


「なぁ、もうそろそろやめよう?こんなことして何になるっていうんだ。逆らって何になるっていうんだよ、これで君も分かっただろう?こんなこと無駄だ―――」

「『エース』、ここから去れ」

「え?」


 俺は自身の内から湧き出てくる怒りに任せて、目の前の男の名を呼んだ。

 自分でもびっくりするほど、低く地を揺るがすような声で。

 そんな俺の声を聴いて、エースは一瞬、キョトンとした顔をするも、すぐにその人を小ばかにするような笑みを顔に貼り付けた。

 だが、俺は言葉を続けた。もうこいつにいい気をさせる気は俺には無かった。


「無駄だとか今は関係ない、去れ。そして500年は俺に姿を見せるな...!」

「...うーん、君ぃ。自分の状況分かってる?君は僕たちを裏切った裏切り者で、僕はその裏切り者を討伐するために派遣された兵士ってことなんだよぉ?せっかく同僚の好で警告するだけで済ませてあげようと思ったのに...」


 そんなことを言いながら、エースは死神の鎌を構えて、少しずつ近づいてくる。

 こいつは生粋の残酷趣味だ。今目の前にいる獲物である俺をどのように痛めつけ、そして最終的に殺そうとしているのか考えているのだろう。こいつは初めっからそういう奴だ。

 だが『何を勘違いしているのか』。


「...えっ...!?」

「死ね」


 俺は右手に死神の鎌を出現させ、エースが持っている鎌に引っ掛ける形で思いっきり引っ張り込む。

 柄と刃の接合部に三日月の装飾が入った、全身真っ黒の俺専用の鎌だ。

 エースにとって、今の俺は仲間の死にショックを感じて、戦う気力がないとでも思っていたのだろう。エースは油断すると、すぐに態度に現れる。

 不意打ちと化した俺の行動に驚き、エースはすぐに握っていた鎌を離してしまう。

 引っ掛けたエースの鎌を引き寄せた勢いのまま、後ろに放り出し、また一歩を踏み出す。

 間合いは完璧、スローモーションのように感じられる時間の流れの中、未だに驚いているエースが後ろに倒れそうになっているが知ったことではない。

 下から振り上げるようにエースの右腕を切り上げ、その瞬間には俺はエースの真後ろにまで移動し、俺は鎌を振り上げた状態のまま固まり、切りつけた余韻のようなものを薄れさせていく。

 時間が緩慢になっているこの数秒間の中、黒い剣閃だけが、エースの右腕を切りつけたという事実を世界に刻んでいるように見えた。

 そして、また俺の鎌を時空間の何処かにしまい込むと、切られた状態のまま硬直しているエースを無視し、今度こそ『ゲート』に入ろうとする。

 今度は―――カルトの体をおぶることはなく。


「ま、待て...正気かッ...!?今度こそ完全に俺たちを敵に回すことになるんだぞッ...!?」


 そんな俺に、エースは止めようとする言葉をかけてくる。

 果たしてこの言葉は、本当に心配しているのか、ただ俺の行動が理解できないためか。そこまでは俺にも分からない。

 だが―――答えは決まっている。


「無論だ。今回はダメだったが...次こそは必ずお前ら全員を打倒し、『世界を変える』」


 悲鳴が聞こえてくるようだった。

 俺の内側から。俺の声で。

 俺と一緒に来た8人の仲間。

 それを一気に失ったことによる喪失感か―――こんなことは初めてだった。

 こんなにも『悲しい』と感じるなんて。


「...泣いてるのか、お前」

「...どうやら...そうらしい」


 エースが驚愕したかのような声音で、俺の異変を指摘してくる。

 本当に―――今までこんなことはなかったのに。

 俺はそんな自分の心に耐えられなくなったのか、落ちるように『ゲート』に入った。


「うぐッァァッ!?」


 そして時間差で、エースの右腕の付け根当たりから鮮血が噴き出した。

 右腕が重力に従いボトリと落ち、痛みがエースの表情を強制的に歪める。


「あのバカがッ...!俺だってこんなに痛いのは初めてだッ...!」


 今度はエースが、自分の身に宿った怒りに任せて俺を罵った。


「絶対に...!あの野郎は俺が切る、殺すッ...!どうせあいつの計画が絶対ご破算になるなら...絶対に俺が殺ってやるッ...待ってろ!!」


 聞こえるはずもない『ゲート』の先の俺にエースは叫び散らし、俺の鎌と同じように時空間に消えていった。

 そして『ゲート』も閉じ、その場には―――カルトの死体だけが、静かに放置されていた。


***


 『ゲート』の中―――時空と時空を繋ぐトンネルの中、俺は意識のない中、確かに誓った。

 絶対に―――目的を成し遂げる、と。

俺とあいつらで一緒に持った目的を絶対に―――



 そして、俺が数える限りでは653年ほどの年月が流れた。

 その時、やっと俺の中で時間が進んだような―――そんな出来事が起きるのだった。

 これは『世界の自由』を取り戻す物語。

 ある魔術学校から進み始めた俺たちの軌跡。

 少なくとも、俺ともう一人の―――軌跡である。


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