第1章 フィリピンゲート編(2)
狙撃チームの支援により敵の迫撃砲を無力化したE9チームが制圧した敵勢力の拠点の安全を確保して捜索に移る中、車両で待つジョンはアウターポールの太平洋司令部に連絡を取っていた。襲撃の報告もあるが、それ以上に上から降りてきたルートに疑いを持ったのが大きい。疑いというのは嵌められたというのではなく単純な調査不足をだ。
アウターポールはゲート犯罪については高い権限、広い裁量を持っているがそれゆえに扱う情報量は一組織が抱え込むには膨大に過ぎ、かといって国家や企業に委託、または協力を要請することも法的に出来ない現状でアウターポールは異世界の情報収集は長けていても地球側のそれについてはそうは言えない状態になっている。今回に限らず渡された情報が現地では役に立たないという経験は捜査官全員に共通するものだろうとジョンは思っていた。
若干の待ち時間の後にアウターポールの太平洋地域の責任者であるバレンスタインの声が聞こえた。
『ジョンだな?話を聞いて確認したがその村落は3日前までは廃村だ。間違いない。フィリピンの現地業者がそこの物見台を取り壊している映像が残っている。そこが拠点化したのはここ3日以内だ。』
ジョンは自分の疑いが半分間違っていたことを悟り面倒な事態が待ち受けていることにうんざりせざるを得なかった。
『ジョン。こっちも3日以来の情報を経路から洗っている。』
バレンスタインはジョンの渋面を見ているかのような声音で話す。
「了解。こっちはこっちで動きますのでそちらはお願いします。それでは。」
横で聞いていたアイーダはすでに自分の端末から3日以内の情報を漁り始めていた。
「期待しない方がいい。」
アイーダは短くそう言って端末を操作している。
「上にはしてない。上にはな。」
ジョンは諦めの表情でそう言ってケントを無線で呼び出した。
村を確保し捜索中のケントたちは言われずともそこがつい最近まで廃村だったことに気付いていた。いくつかの家屋が朽ちるままになっている所にゲリラ連中のものと思しき車が4つ、周囲には焚火の後から連中が捨てたであろうゴミと野外生活の痕跡。そして自分たちが侵入した道の反対側まで行くと崩壊した物見台の跡が残っていた。
「ごみを見る限り、2日前ってとこですかね?」
ウィリアムが地面に転がる缶を見て言った。転がる缶はどれもつい最近に捨てられたのか状態はきれいなままだった。
「みたいだな。嫌な感じだ。」
ケントの呟きにウィリアムが苦笑する。
「ジョンの渋面が目に浮かぶぜ。」
ウィリアムがそう言った瞬間にジョンから無線が入り二人は会話を聞かれていたかのような錯覚を覚えた。
『ケント、捜索は終わっていい。車両まで戻ってこい。』
『了解。捜索終了、撤収する。』
ケントが撤収と言うと全員車両へと足を向ける。ここにはもう用はない。
ケントたちが合流するとジョンはアイーダが集めた情報をもとに状況を整理した。
「一言でいうとだ。情報が漏れてる、もしくは動きを読まれてる。」
「一緒だろそれ」
ケントの突っ込みはだれもが抱いた感想だがジョンは否定する。
「違うさ、身内を疑う必要があるか否かは大いに違う。」
「漏らした奴がいないなら情報を盗む技術を持ってる敵ってことになる。どっちにしても厄介だろ。」
「どの道今後上の情報はアテに出来ない。現場で集めた情報を基に俺たちで動く。各人情報の確認を怠るな。上の情報は話半分で聞いとけ。」
ジョン達は再び車両に乗り込み目的地である現地のアウターポールとの合流地点へと移動を再開した。
農場地域を抜けて山岳の麓に広がる林に入ったジョン達は林道の入口付近の影に車を止め周囲を警戒しつつ待ち合わせ相手を待った。
「ゴドーを待ちながらにならなきゃいいけど」
待ち人が最後まで現れず終わる劇の名を口にしたアイーダにウィリアムが苦笑する。
「あながち冗談じゃないかもな。」
事前の連絡ではここの座標で合流という話だったがいる気配は今のところない。この情報すら間違っていたら情報を全部洗いなおすか最悪撤収する必要すら出てくるが、幸い相手は現れた。
「ゴドーが来たぞ。」
ウィリアムが演劇の登場人物の名を呟き指した方向から二台の車が接近してきた。どちらも小さい軽自動車だった。
「待たせてすまんな。」
そう言って車から降りてきたのは初老の男性だった。普段着らしき軽装に腰に拳銃だけ指してテンガロンハットを被っている格好は保安官というより農場の経営者といった風情だった。
「そこまででもない。合流できればとやかくは言わん。」
ジョンはそう言って男に近づく。
「ドーソンだ。ジョンポール捜査官。」
初老の男はそう名乗り自分のIDを端末で提示した。
「ジョンでいい。ここじゃそっちが先達だ。」
ジョンも端末でIDを見せお互いの情報共有が始まる。
「あんたらが来たのに呼応するように一帯の武装組織の動きが急に活発になった。」
「みたいだなさっき直接体験した所だ。」
「被害は?」
「ゼロだ。」
「さすがだな。ここら一帯のことについては道すがら話そう。こっちの車は狭くてな。そっちに一人くらい余裕あるか?」
「乗ってくれ。」
ドーソンが自分の部下に車列の先頭につくように伝える間ジョンはドーソンのIDから経歴や身上に目を通していた。
ドーソン・マクドナルド。アメリカ国籍で元海兵隊員の捜査官。経歴に汚点や不審な点は見当たらない。リタイアを見据え始めた平均的なベテラン捜査官という印象だったが実際には少数のチームでフィリピンの闇ゲートの情報を集め多くの成果を上げている。優秀には違いなかった。
「信頼できそう?」
ケントの質問にジョンは微妙な表情で静かに答える。
「今に分かる。」
ドーソンの部下の先導で出発した車内でジョンとドーソンは細部の情報共有を行っていた。
「ここ半年フィリピンじゃゲート犯罪は減少傾向にあった。本島の治安回復に伴って経済が回り始めたことで犯罪組織にわざわざ加担する奴らが減ったんだ。その一方でそれ以外の島はこうして戦闘状態だ。それでゲートは犯罪の道具じゃなくて奴らのシェルター代わりになっていったんだ。」
「ゲートをシェルターに?」
およそ聞いたことのない使われ方にジョンは眉を顰める。
「そうさ。穴を掘る必要が無くて見つかってもフィリピン政府は下手に手出しできない。壊される心配のない無料のシェルター。それがゲリラ連中にとってのゲートだった。たまにくる犯罪集団から使用料をせしめる程度が精々でやつら自体がゲート犯罪に携わってるわけじゃない。」
それが動いたのがここ3か月くらいだとドーソンは言った。
「こっちでもそういう闇ゲートを出来る限り摘発してたんだが、3か月前にフィリピン軍がやり方をかえちまったのが問題だった。」
「各地での攻勢作戦をおっぱじめてるんだろ。それであんたらも動きづらい。」
ジョンがそういうとドーソンは首を振った。
「それだけならどうにでもなった。問題は攻勢作戦に伴ってフィリピン軍の連中が見つけたゲートを勝手に片っ端から破壊し始めたことだ。おかげで誰かが使ってたかそうじゃないかもわからんままだ。」
ゲートが異世界と地球をつないでいる仕組みは未だに解明されていない。しかしながらゲートそのものは石造りの扉や門が大半なので物理的に破壊することはいくらでもできた。過去にそうやってゲートが破壊されたケースは無いでないが金の成る木に火をつける輩は稀少だった。それが組織立って行われているとは。ジョンはドーソンの報告が自分に提供された情報に入ってないことを話した。
「報告は2か月前には上げてる。上は信用できんな。」
「俺たちの動きは読まれてる。」
ジョンは頷きと共に答えた。
「読まれてようがやりようはある。」
ドーソンは楽しそうに笑って言う。初老の男が浮かべるには加虐めいた笑みが覗きジョンの目を引いた。
「楽しそうだな。」
「楽しいさ。逆境てえのは。」
ジョンにそう答えたドーソンが車の窓から外を見ていった。
「着いたぞ。」
ドーソンがそう言うと車列が停まりドーソンが車から降りる。
ジョンはケントにドーソンの部下の指示で車を停めるように伝えるとドーソンを追う。一行が到着したのは森の中の小さなゲートだった。簡易な柵で囲まれた四角いゾーンに車のガレージほどのサイズの大きなテントが見える。あれがドーソンが確保したゲートだとジョンは判断した。
「ここのゲートはつい4日前に見つけて確保したんだ。使われた形跡は見られない。」
「ゲートの向こうは?」
「何もない。こっちとは一転して荒れた荒野だ。マカロニウェスタンみたいな風景だったよ。住民とも接触できてない。少なくとも10キロ四方は生命の痕跡無しだ。大気は問題無かったがな。」
「外れか。」
「いや、未発見のゲートだ。使いようはある。こいつを囮にして俺とあんたらが追ってるやつらを吊り上げる。その為の偽情報を今撒いてるところだ。」
「俺たちが来るという情報は流してないのか?」
「そっちは俺じゃない。俺が流したのは手付かずのゲートがこの辺りにあるくらいのもんだ。」
「どっちにしろ急がないとならない。」
「その通り。来て早々だがすぐに行動を起こすぞ。一度ここを畳む。その後は周りに監視所を設けて釣りの時間だ。」
「概略は分かった。こっちの役割を教えてくれ。」
「監視はこっちでやる。あんたらは連中の追跡と確保、可能なら身柄を抑えてくれ。やり方は任せる。」
「やつらは確実に来るのか?」
「来る。あんたはそう思わないか?ジョン。」
「・・・賭けてみるか。」
その後ジョンはドーソンと互いの配置や動くタイミング、合図の要領などの打ち合わせに入った。