第一章 フィリピンゲート編(1)
フィリピン共和国 ミンダナオ島 ラジャ・アブヤン空軍基地
厚木の米軍基地からフィリピンのミンダナオ島に降り立ったジョン・ポール率いるE9はまず輸送機から車両を降ろし陸路でフィリピンのゲートを担当するアウターポール部隊と合流を目指した。装備の更新が遅れるを通り越し停止している現状は航空機だけでなく空軍基地全体に現れており飛行場の肝である滑走路さえ先進国ならば離着陸に用いるのに認められないであろう有様だった。輸送機の機長が腕利きでつくづくよかったとジョンは車から空軍基地を眺めて感じ入っていた。近年は問題もあるが、やはり米空軍は頼りになる存在なのだ。
フィリピン共和国ミンダナオ島、ルソン島に次ぐフィリピン第二の島であり、周辺の群島を含めればフィリピンの3分の1を占める。第一次産業を主要産業とし、観光地も点在するが経済格差の激しい地域であり、島の西部はかつての共産勢力の残党、イスラム系武装勢力が根強く残っている地域でもある。件のハインドを手に入れたと思われる武装グループもこの地域で活動しており内戦状態とまでは行っていないが、都市部で戒厳令が敷かれたことも一度や二度ではない。間違いなく交戦地帯ではあった。さらに未だ農場主体の村落や政府の手が及ばない地域が散在する場所。ブラックゲートの所在候補としての条件はそれなりに揃っていた。加えてフィリピンのアウターポールからの情報提供でミンダナオとサマールどちらか決めかねていたジョンは真っ先に調べるべき場所としてミンダナオ島を選択し、今は情報を送ってきたアウターポールのメンバーと合流すべく不完全な舗装の国道を進んでいる。ジョンたちの乗るハンヴィー2輌には車体上部の銃座に重機関銃と擲弾発射器がそれぞれ取り付けられ即応戦可能な状態を示している。その2輌の前をもう1輌、ハイラックストラックが車列の盾兼突破役として先頭を走っている。そのハイラックスのドライバーであるE9のサブリーダーのレイ・ハリスと助手席に座るマーク・ベッヘムが前方に広がる道路とそれを囲む田園に警戒の目を向けていた。オーストラリア人のハリスはジョンに次ぐ年長でE9最先任隊員であり、そう思わせる貫禄とそれ疑わせる若さが同居する男だった。元軍人らしいがっしりとした体つきと、皺ひとつない面立ちに見てきたものの多様さ多大さを伺わせる強い眼光を宿したブラウン色の目が不思議な相反性を伴って老練な若々しさを見せていた。対照的にドイツ人のマークは28歳ながら若くして禿げ上がった頭が目立ち片時も眼鏡を外さないいで立ちは兵士というより研究者か教育者を思わせるもので年齢以上に老けて見え、ジョンの副官と間違えられた事さえあった。実際に助手席に乗っている今、何も知らない人間が見ればマークの方が上官だと思っても責めることは出来ないだろう。
ジョン達E9が分乗する2輌のハンヴィーと1輌のハイラックスで構成された車列は穴ぼこだらけの国道を走っていたが、突如として爆音が響き渡り国道にまた一つ穴が空いた。車両をアスファルトの欠片が礫となって掠めていくのを見て想像以上の至近距離に砲弾が着弾したことをジョン達は理解、即座に反応する。予め取り決められた手順に則りハイラックスが速度を上げて車列の先頭となり国道を離れる。ハンヴィーがその後に続き周囲に広がる農場の合間を爆走した。敵の迫撃砲は農場へは撃ってこず。国道を離れ農場の先の林の中まで来たジョン達E9は反撃の準備に取り掛かる。敵の迫撃砲の位置を割り出すためにケントが取り出したソレは折り紙で作った紙飛行機のような見た目をしていた。ペーパーウイングと呼ばれる手より少し大き目のそれを専用の射出機にセットしたケントは先ほど砲弾が放たれたと思しき方向に向けて上方に射出した。
パシュッという音と共に瞬時に上空へと飛翔していく。人が手で投げるのとはけた違いの力で打ち出されたペーパーウィングは一定高度まで達すると緩やかな速度で前方へ飛行しながら滞空時間を重ね、埋め込まれた機械から地上へ向けて電波を射出する。飛翔する対地レーダーとなったペーパーウイングは打ち込んでは反射して返ってくる反応を全てケントの持つ端末へ送信していた。
「いた、迫撃砲3確認。一つは120mmだ、俺たちラッキーだったな。座標送る。叩くぞ。」
ケントが発見した迫撃砲陣地の位置をチームの端末に送り目標情報が共有される。ペーパーウイングに自壊コマンドを出し処分してあとはいつも通りだ。
『陣地周辺に重火器は確認できないが重迫撃砲を持ってるような奴らだ。キャリバー(12.7mm重機関銃)くらいは持ってると思え。ウィリアムズ、ロイドを連れて狙撃ポイントを見つけて陣取って待機しろ。ジョージとマークは俺と来い。残りはここで車両とジョンを護れ。質問は?』
『交戦規則は?』
『武器を向けてきたやつは全員撃て。』
それ以外には質問は出ずすぐにケントたちは攻撃に出た。ペーパーウイングが見つけ出した迫撃砲陣地はE9が退避した場所からわずか800mも近い距離だった。ケントたちE9は狙撃と突撃2つの役割に分かれ併進する。狙撃手のウィリアムズは迫撃砲陣地から400mの距離にある程度陣地を見通せる場所を発見し射撃体制を確立した。ケントはジョージとマーク二人の部下と相互に援護しつつ着実に陣地へ接近していた。陣地へは車両の通り道なのか車の轍が通っていたがそういう場所は確実に監視、巡回の範囲になっている。人の通りが困難な通りほど敵の脅威が少ないのは昔から変わらない鉄則だった。
ケントたちがまず探したのはこちらを観測していたはずのスポッターたちだ。あてずっぽうで走行している車列の至近に着弾させられるほど迫撃砲というものは全能な武器ではないので必ず照準の為の観測手が狙いに必要な情報を送らなければならない。まずは敵迫撃砲の機能発揮を防がなければならない。そして敵の観測手は予想以上に簡単な場所にいた。村落の入り口と見られる門の傍の物見台、そこに三脚付きのビデオカメラくらいの大きさの観測機器を覗く男二人をウィリアムズはライフルの照準に捉えていた。そしてケントたちは敵の前哨兵と思われる散兵を数人各個に視界に捉えていた。手に自動火器を携えた男たちはジーンズや短パンにシャツと一昔前の映画に出る民兵そのまんまな格好をしていたが、武器を突きつけられてノコノコ投降するチンピラにも見えなかった。軍隊崩れか、腐ってもゲリラ屋ということか、ケントはターゲットは全員殺すことになるだろうと判断した。とにもかくにも敵の観測手を排除し迫撃砲を無力化してからなのでケントは観測手の策敵に集中した。
ウィリアムズの相棒であるスポッターのロイドが「男が二人」と告げ、ウィリアムズはライフルの照準を調整し338ラプアマグナム弾を装填した時、ケントから通信が入った。
≪観測手を見つけたか?≫
ウィリアムズはロイドにハンドサインで準備良しの合図をする。
≪今発見した、今照準している。≫
≪準備が良ければそちらのタイミングで撃て。そちらの初弾でこっちも動く。≫
≪了解。一分以内に撃つ。待機しろ。≫
「お前のタイミングで撃て。まずは観測機材を覗いてる男だ。」
ウィリアムズは照準に捉えたターゲットの胸部を見据え呼吸を絞った。引き金に指が掛かり発射の時が来る。呼吸を止めたウィリアムズの視界でターゲットの男二人の頭を偶然に貫いた。狙い通りではなかったが狙い以上の結果にロイドが「ナイスショット」と呟き次のターゲットを指示した。
ウィリアムズの銃声が鳴った次の瞬間、ケントたち突撃チームが一斉に前進する。ケントたちは敵の迫撃砲と兵員を沈黙させるべく敵を捉えては必要最小限の銃撃で殺害していく。
後方でジョン・ポールが敵の素性を探りだす前に、戦闘はケントたちの勝利で終結した。