第四話
「決闘には大きく分けて二種類のルールがあります。全ての決闘に共通して適用されるマスタールールと、決闘の審判を務める風紀委員が定めるスレーブルールです」
文草先輩がこれから行う決闘のルールについて軽くレクチャーを行っている。
「灰羽、四戸貝、利尻。準備しろ」
政宮は話もそこそこに、外に待たせていた3人に何かを指示した。
彼らは灰羽、四戸貝、利尻。3人の頭文字を取ってパシリと呼ばれている。
談話室を後にする三人の後ろ姿に目を細め、政宮は言った。
「あいつらの親は父の部下でね。親同士の関係に引き摺られて下げたくもない頭を下げて僕に従っている哀れな奴らさ」
「哀れだっつーんなら対等に接したらいいじゃねーか、お前があいつらを思いやればもっといい関係を築けんだろ」
江の反論に対し政宮は肩をすくめて、鼻でふんと笑った。
「冗談だろ、なんで僕が平民の顔色をうかがうようなことしなければいけないんだ?」
「そーかい、テメーもクソ野郎ってことだな」
江はそれ以上拘泥することなく、文草先輩の後に続いて廊下へと出た。
* *
剣呑な空気を引き連れ、談話室のある学生棟の階段を下りる。
長い階段を下り、短い廊下を歩くと左右の壁に一つずつ扉がある突き当たりに着いた。
「ここが今回の決闘を行う地下多目的体育館です」
正面の扉を開くと直方体の広い場所に出た。およそバスケットボールのコート4面分ほど広さと二階建ての建物ほどの高さがある。
くすんだ白の壁には縦横等間隔に青いラインが走っている。
「おーい、直人。ワタシ達はこっちだよ」
振り返ると、オリヴィアさんが通路の右手側のドアから顔を出している。
その部屋の中は数脚のベンチが体育館の方向を向いて並んでいた。体育館側の壁は大型のモニターになっていて体育館の中の様子が映し出されている。
どうやら決闘に参加しない生徒はここと、廊下を挟んだ反対側の部屋で決闘の様子を観ることができるらしい。
「どう?すごいでしょ~、ここ触るとカメラのアングルも変えられるんだよ。ほら、均香のパンツ~」
オリヴィアさんが壁にかかっていたコントローラーを操作する。一瞬の映像の乱れの後、画面が肌色と白で埋まった。
俺は咄嗟に画面から目を反らして叫んだ。
「ちょっ、何してるんですか!」
「今日は白かぁ~、均香らしいねぇ」
「実況しないでください、ていうかそんなカメラどこにあるんですか!!」
「次は上から服の隙間でもアップにしようかな~、あぁっ!」
新しい玩具を買ってもらった子供のように目を輝かせていたオリヴィアさんだったが、横から伸びた手にコントローラーを奪われてしまい、悲嘆の声を上げた。
「いい加減にしろ、オリヴィア。」
コントローラーを奪った主は鼻にかかった、しかし通りの良い声で言った。
ワインレッドの髪の凛々しい顔つきの少年だ。長身で細身ではあるが春用の薄いシャツを捲った袖から覗く腕はしっかりと筋肉がつき鍛えられているようだった。
コントローラーを掴む逆の手には大きめのタブレット端末を持っていおり、何かのグラフや映像が映し出されているのが見て取れる。
「ちょっと律人~、貴重な均香のパンツチャンスなのに邪魔しないでよ」
「おっさんかお前は、ここのカメラは玩具じゃないんだよ。下着が見たいなら正々堂々本人に頼んで怒られていろ。」
「パンツはこっそり見るのがいいんじゃない!律人は均香が羞恥に悶えながらスカートをたくし上げる方が好みだっていうの?」
鬼畜!変態!と叫ぶオリヴィアさんになだめつつ、少年について質問してみた。
「あの、オリヴィアさん。この人は?」
「へ?あ~、ごめんごめん。この人は赤躅律人っていうの」
「え、それだけ?」
あまりにもあっさりした紹介に面食らってしまった。これほど名前以外に何も伝わらない紹介は初めてだ。
「オリヴィア、紹介するならもっと具体的に言ってくれ。」
赤躅と呼ばれた少年はこちらへと向き直るとオリヴィアさんから奪ったコントローラを置き、こちらに手を差し出した。
「八百手直人だな。オリヴィアにも紹介されたが、赤躅律人だ。文草と同じく風紀委員をしている。初めまして、君とは会ってみたかったんだ。」
「会ってみたかったって?」
「君の父上の助救先生にはお世話になっていてね、俺自身治してもらったのもあるが、父の病を治してくれた礼を言いたかったんだ。」
「あぁ、父の。そうでしたか、元気になっているのなら何よりです。」
親父の名前を出され、自然と愛想笑いで決まったセリフを返した。
この手の話は幼いころから良くあったため、今では愛想笑いもすっかり板についてしまっている。
赤躅先輩の手を放し、体育館の様子を映すモニターに目を移す。
ちょうどパシリの三人組が両手に大きな荷物を持って政宮の元に駆け寄っていた。
「そういえば赤躅先輩、この『決闘』って法律的に大丈夫なんですか、確か決闘罪って罪ありましたよね?」
「まぁ問題ないだろう、『決闘』なんて仰々しい名前で呼んではいるが実態は能力の展覧会みたいなものだ。それに何か問題があっても表に出ることはないだろうな。」
「展覧会...?それに表に出ないってどういうことですか」
「さっきオリヴィアが遊んでいただろう?ここの壁や床、天井にはカメラやセンサーが大量に仕掛けられているんだ、ここで生徒達に能力を使わせて能力のデータを取り、学校の周囲にある研究機関にデータを送る。その研究で利益が出ている内は何か問題があったとしてももみ消されるだろうな。」
赤躅先輩は壁のモニターに目を向けながら言った。
壁のモニターにはスピーカーも付いており、先程の赤躅先輩の言葉によれば床や壁にあるマイクで拾ったらしき音声をこちらの部屋に流していた。
『遅いぞ、いつまで待たせるつもりだ』
『...すみません』
パシリの三人はそれぞれの両手持っていた大きな荷物を置いて体育館を後にする。
彼らの持って来た荷物は側面に大きく『20』と書かれた白い縦長の容器だ。先程談話室で政宮が見せた能力から考えると、あのポリタンクの中は全て水が入っているということなのだろう。
『ふん、全然足りないじゃないか。使えないやつらめ』
政宮はパシリたちの持って来たポリタンクを蹴り飛ばすと、中からこぼれ出た水が蛇のように持ち上がる。それらは政宮の左手に寄り添うようにとぐろを巻くと、3つの塊となった。
『不公平とは言わないよな?』
『言わねーよ、俺も持って来てるしな』
江は懐から手の平に収まる程の大きさのプラスチックの容器を取り出し、中に入っている水を押し出した。
押し出された水はピンポン球ほどの大きさの水球となり、宙に浮く。
それを見た政宮はクッ、クッと喉の奥から押し出されるような笑い声を上げた。
『たったそれだけ、後から準備不足でしたーなんて喚くなよな、みっともない』
『しつけーな、言わねーって。これで全力だ』
あまりに大きすぎる差を見ても、江は焦りを一切見せず普段通りの落ち着いた表情を見せていた。
しかし、政宮は自分の優位を誇示したいのか、しつこく続ける。
『才能って言うのは残酷だなぁ愚民、全力でもその程度しか操れないなんてなぁ?』
江はため息をひとつ吐き出すと文草先輩と目線を合わせる。
それが準備完了の合図となった。
『これより川河江、政宮秀による決闘を行います。お二人とも、構えてください』
始め!という合図と共に二人はそれぞれ対照的に動き出した。
政宮は水塊を伴って、江へと走り出す。江は小さな水球をその場に残して距離を保とうと下がる。
だが、開始地点から10m近く移動したところから、二人の間の距離は徐々に縮まっていく。
全力で前へと走る政宮と後ずさる江とでは、移動速度に明確に差が出てしまうからだ。
既に二人は互いに手が届くほどの距離まで近づいていた。
十分に近づいたと判断したのか、政宮は右手を大きく振りかぶって江へと振り下ろす。政宮の後ろに追従していた3つの水塊のうちの一つが右手側に移動し、右手の動きに従い大きく弧を描いて振り下ろされた。
ふっ、という短い呼吸と共に、すんでのところで江は右に跳び直撃を躱した。
振り下ろされた水塊は空を切り、床に直撃する。能力のコントロールを外れたためか、床に薄く広がった水からは白い蒸気が立ち昇る。
政宮の操作していた水塊のしぶきを浴びてしまった江は左腕を抑えて苦悶の表情を浮かべた。
『熱っ』
『どうした、逃げるだけか。これだけ離れたらお前の水も使い物にならないぞ』
政宮はその場で立ち止まり、残った水塊を右手で軽く振りながら勝ち誇る。
残り2つあった水塊はいつの間にか政宮の手の上に浮かぶ1つだけとなっていた。
『おい、政宮。これお前の能力じゃないだろ』
先程、政宮の攻撃を避けるために跳んで着地した場所、そこに二つ目の水塊があった。
一つ目の水塊と違い、床に薄く広がらずドーム型を維持している。
江の右足はちょうどドームの天辺を貫く形で水塊の中に取り込まれている。
『さっきのやつはめちゃくちゃ熱かった。温度を変化させるのか単純に高温にするのかは知らねーけど、それだけなら納得できる。』
でも、と江は言葉を区切る。
『この水は熱くねー、道に吐き捨てられたガムみてーに足にくっついてきやがる。大量の水、複数個の操作、その上複数種類の性質変化。どう考えてもお前個人で実現できる能力じゃねーよな。パシリ共になんか仕込ませたか?お前はせいぜい大量の水をいくつかの塊に分けて操作する能力ってところだろ。』
スピーカーから流れた江の発言に俺は言葉を失った。
あの短い攻防の間に政宮の能力におおよそのあたりをつけた江の観察眼にも驚いたが、それよりも不正を平然と行う政宮の意地汚さが信じられなかった。
「あちゃー、聞いた?これは完全にルール違反だねぇ」
「...そうだな、データも十分とれた。」
振り返ると赤躅先輩が部屋を出て行く姿が見えた。
ちらりと見えた彼の端末の画面には、赤黄緑の3つのカラフルな影が映し出されていた。
政宮は大げさに肩を竦め、とぼけた振りをして言った。
『仮にお前の妄想が現実だったとしてだ。最初は温度、次にお前の足に付いているのが粘度、じゃあ今俺が持っているこいつはどんな性質を持っているんだろうな?』
『なんでもいーよ、これで終わりだ』
江は右手を握りこみ、拳銃の形にして政宮の立つ方向を人差し指で指す。
『今更何をしてる、そこから動くこともできないだろう?僕の勝ちだよ』
『なんでも知ってるパパにでも聞いてみろボケ』
江の指、政宮の少し右を向いたその先から、ゴポッ。と気泡の音があった。
政宮がその音に気付いたそぶりはない、目の前の江に意識を傾けすぎて周囲の状況に気を配れていないのだろう。
壁や床に仕込まれた高精度のマイクによって拾われた小さな音は観戦室にいる俺達にははっきりと聞こえた。
直後。
ボフッ。という爆音を立て、政宮の後ろで見えない爆発が起こった。
決闘が始まる前、江が懐から取り出して浮かばせていた水だった。その場から少しも動くことなくただふわふわと浮かんでいたが、能力の影響を外れたわけではなかったのだ。
江は政宮に捕らわれた右足を捻りつつうつ伏せになることでうまく衝撃を逃がしている。
まともに衝撃を受けた政宮は受け身を取ることもできずに顔から倒れこんだ。
『そこまで、勝敗は決定しました』
最後の水塊が床に薄く広がる。
政宮は倒れたままピクリとも動かない。それだけ頭を強く打ったのだろう。
対照的に江はゆっくりと立ち上がった。目立った怪我をしている様子はない。
政宮の気絶を確認した文草先輩の号令により、決闘は終了した。
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