第二話
「うーいお待たせー、入学祝いの真鯛の刺身だぜ」
川河江が大皿いっぱいに並べた刺身を食卓へと運んできた。
今は午後7時、入学式の後俺たちは寮へと戻り晩御飯を食べるところだった。
一か月前に寮に引っ越して以来、自室で料理した物を食べるか寮の食堂でSF映画に出てくるような謎のドロドロを食べていたが、今日は漁業をしている江の実家から大きな魚が送られて来たからということで、その処理を頼まれて江の部屋にお邪魔している。
「助かるよ、祝いだっつっても一人暮らしの部屋にこんなデカい魚を丸々送って来るなんて思わねーもんな」
江が冷蔵庫から出して持ってきた刺身の他にも、テーブルには湯引きした皮や兜の塩焼きなどが既に並べられていた。
「どれもおいしいよ、生魚食べるのなんて何年ぶりかなぁ」
「入院中は火が通ったもんしか食えなかったもんなー、俺ん家は魚が有り余ってっから退院してからひたすら食わされてたけど。」
「家は母親が心配症でさ、退院してからも火が通ったものしか食べさせてくれなかったんだ。」
「じゃー今は自由に好きなもん食えるな、魚の捌き方くらいなら教えてやれるぞ」
「それは是非とも習いたいけど、俺包丁使えないからやめとくよ」
「あー...。能力か、たしか『触った刃物の切れ味を無くす』んだったよな。忘れてた、ごめん」
「正解、はさみも使えないから料理しようにも手でちぎったりしないといけなくて大変だよ」
俺たちの学校に通う全ての生徒は、今から10年ほど前に流行した免疫治療薬による治療を受けるために同じ病院に入院していた過去がある。江とはそこで知り合った唯一の友人だ。ちなみに江は交友関係が広いので俺以外にも友人がたくさんいる。
『TW-32』という薬がある。活性の弱い免疫細胞を活性化させ、逆に強く働きすぎている免疫細胞を鎮める等、体内における免疫の異常を全て治し、一度の治療で一生効果が続くという夢のような薬だった。欠点といえば小児患者にしか効果を示さないことと生産コストが高いため値段が高くなってしまい国が税金で賄う医療費を圧迫することくらいだ。
しかし、この薬は現在使用禁止になっている。副作用がない薬は無いと言われているように、あらゆる薬は使用によって多かれ少なかれ副作用が起きる。水面を波立たせようと石を投げ込めば水底で泥が立ってしまうのと同じように、薬を使えば必ず副作用は起きてしまうのだ。
そして、万能薬と言われ信仰にも近い人気を博していたTW-32にも例外なく副作用があった。それがたった今、江が言っていた『能力』だ。TW-32による治療を受けた患者の内の3割ほどに発現している超能力としか言えない特殊な現象を引き起こす力のことである。このことは一般には公開されていないが、TW-32が使用禁止になっているのもこの副作用の影響だった。
俺の能力『触った刃物の切れ味を無くす』と説明しているが、これは現状俺の能力について目に見えてわかる現象を説明しているだけだ。何とか能力の発動を止められないかといろいろ試してはいるが、止まれ止まれと念じて止まるほど単純ではない。
江の能力は『水を自在に操る』というシンプルな能力だ。昔見せて貰ったことがあるが自分の能力を完全に制御していた。
「そうだ、俺に能力の使い方教えてよ」
「はー?何だよお前急にどうした」
「江って能力をちゃんと使いこなせてるだろ、俺もできるようになれば包丁も使えるようになると思うし魚の捌き方も覚えられるよ」
「なーるほど、そーゆーことなら教えてーけどたぶん無理だな」
「そう言わないでよ、教えてもらうからには頑張るからさ」
「別にお前には無理だって言ってるわけじゃねーよ。お前の能力って明らかに俺のと系統が違ーだろ、俺のは物質操作系、お前のは何かわからねーけど明らかに物質操作って感じじゃーねー。俺に聞くより自分のサークルの先輩に聞くのが一番手っ取り早いんじゃねーの」
サークル...確か系統毎に能力者が集まるコミュニティのようなものだったはずだ。今朝クラス分けの掲示を確認した時に掲示板の端の方にいくつか張り紙をしてあるのを見た覚えがある。
「俺は能力の系統知らないからなぁ、サークルって言ってもどこに行けばいいかわからないんだよね」
「系統がわかんねーのか?生徒手帳で見られるって帰りに言わなかったっけか」
「その話は聞いたよ。ちょっとこれ見てよ」
俺はポケットから生徒手帳を取り出し江に見せた。俺達の学校の生徒手帳は一般的な紙の手帳ではなく、スマートフォンほどの大きさの黒い枠に透明なディスプレイがはめ込まれた端末だ。端末を起動させ、ディスプレイで指紋を読み取らせてロックを解除すると俺の顔写真や所属クラス等の情報が表示された。画面をスクロールし、能力と書かれた欄をタップする。
「んだこれ、『検査不可のため系統不明』?」
「系統の判別ってさ、入院してた時の血液検査でやってたでしょ。あの時に注射器が刺さらなくて検査できなかったんだよね」
「注射器が刺さらなくなるってお前の能力の影響か?包丁使えないのと似てるけど、刃物以外にも能力が効くのか」
江は箸を置いて眉間に人差し指を押し付ける。考え事をする時にいつもするポーズだ。
気合を入れるためという雑な理由で髪を染めているせいで短絡的なやつに思えるが江は意外と頭の回転が速い。考え始めてからそれほど時間もかからずに結論が出たようだ。
「よし、明日物質操作系のサークルに連れてってやるよ」
「おれらのって、さっき俺と江とは系統が明らかに違うって言ってたのにいいの?」
「サークルが系統毎にあるっつっても他の奴が出入りしちゃいけねーなんてことはねーんだよ。現に今日行ってみた時も先輩が他の系統の人と一緒にいたしな。まーとにかく、明日は物質操作系のサークルに行くぞ、先輩なら俺らより能力について詳しいだろうし、お前と似た能力持ってるやつを知ってるかもしれねーしな」
謎の多い俺の能力、江の先輩に会いに行けば何かヒントが得られるのだろうか。
イムノデフト二話、最後まで読んでいただきありがとうございます。
この第二話は3月中に投稿しようと思っていたのに気づけばもう四月ですね。幸か不幸か今月は時間が有り余っているので次回第四話は4月中に書き上げるつもりです。