第一話
現代社会において、人を従わせるのに痛みや恐怖は必要ない。
「自分のやったことがわかるようにしっかり書くんだぞ」
ここは現代の拷問室。意図的に中の様子を隠すため、二か所あるスライド式ドアのガラス窓や外に面した窓に薄いカーテンがかけられている。無機質な蛍光灯の光の影響で時間の感覚が狂いそうだった。
俺は固いパイプ椅子に座らされ、渡された用紙に中身のない文章を延々と書かされている。
なんとか縦読みや斜め読みで反抗的なメッセージを残そうと四苦八苦していると、机を挟んで向かい側に座るスーツの男、生徒指導の足踏幸人が呆れたように深いため息をついて言った。
「おい八百手、反省文なんか適当でいいんだよ。変なこだわり出さずにさっさと書け」
俺は今、生徒指導室で反省文という現代の拷問を受けていた。
それにしてもこの男、自分が科した罰のくせにめちゃくちゃ言いやがる。
「先生、それ言ったら俺は遅刻しただけなのになんで反省文書かされてるんですか」
「そりゃあ、入学初日から大遅刻かますような前代未聞の問題児には罰を与えるべきだろう、あと俺の暇つぶしも兼ねてる」
最低な理由だった。
あまりに理不尽だ、どうして人は大人になると汚れていくのだろう。
「今更だけどなんで遅刻したんだ?」
とうとう一番知っていないといけないことを聞いてくる始末だ。
こいつ事情を一切聞かずに俺をこんなところまで連れ込んで反省文を書かせていたのか、酷いやつだ。
わずかに憤りを覚えたが、ここで事情を話したら反省文はなくしてもらえるかもしれない。
俺は正直に且つ簡潔に遅刻した理由を話した。
「通学路歩いてたらヤンキーが散らかってたんで片づけてただけっす」
「ふざけてんのか、奉仕活動も追加するぞ」
嘘のように聞こえるだろうがこれは紛れもない事実だ。
時間は今日の朝まで遡る。
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俺が通う高校は今日が入学式だ。
小鳥の鳴き声のおかげで、予定していたよりも早く目が覚めたので早々に準備を済ませ、新品のブレザーに袖を通して学生寮を出た。
俺の住む『島』は川に土砂が堆積して出来上がった三角州という立地だ。島の北側には学校とその関連施設があり、南側には俺たち学生の住む学生寮とスーパーマーケットなどの商業施設や娯楽施設が集まっている。
始業まで時間に余裕があったので、今日は島の中心を真っすぐ進むルートではなく、島の外周をぐるりと回るルートで学校へと向かうことにした。
しばらく川沿いの道を歩くと、遠目に学校が見え始めた。
まだまだ道半ばといったところではあるけど、少し緊張してきたので一度深呼吸をして気分を落ち着かせる。河原の方に目をやると黒っぽい物がいくつか落ちているのが見えた。上流からゴミ袋でも流れ着いたのかと思って近寄ると数人の男達が倒れていた。全員同じ紺の学生服を着ている。学ランと呼ばれているやつだ。ボタンは全て開いていて、服にボタンを留める裏ボタンと呼ばれる物には『唯我独尊』と一文字ずつ刻まれているのが見えた。
この島にある高校は俺たちの通う所だけなので、彼らは川の向こうから来たということになる。一番近いのは、対岸にありここからでも校舎が見える帆出高校だ。あそこは治安が悪いと聞くし、こんな時代遅れなヤンキーがいても不思議ではない。
このまま放っておくのも良心が痛むので土手の方まで運ぼうと彼らの学生服を掴むと、水を張ったバケツに入れた雑巾を持ち上げた時のようなぐじゅりという感触があった。
元々黒っぽい色をしているためわかりにくかったが、彼らの学生服はずぶ濡れの状態だった。もしかすると本当に川を流されてきたのだろうか。
新品の制服が濡れるのは嫌なので彼らの襟を掴み、引きずるようにして土手まで運んで寝かせ、『俺たちは優雅に学校をさぼっているんだぜ』感を演出した後、改めて学校へと向かった。
学校に着くとまず掲示板に張り出されたクラス表を確認し、校舎一階の1年1組の教室の前に立つ。
緊張を鎮めるため、目を閉じて大きく深呼吸してドアに手をかけ、勢いよく開いた。
「おはようございまーす」
「はいおはよう、元気があってよろしい。でも遅刻だね、帰りに職員室に来るように」
目を開けると視界に入ったのは、席に着いたクラスメイト達と担任の先生の姿だった。
放課後、というか登校してから数十分後。職員室で担任から説教を受けているところを足踏に見つかり、生徒指導室まで連れてこられたのだった。
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そして現在。
「と、こんな感じで遅れたわけです」
「そうか、帆出高校の生徒を介抱していて遅れたのか」
そう言って足踏みは手元の用紙に文章を書きなぐると、席を立った。
「時間だ、この後人と会う約束がある。もう帰っていいぞ」
「はぁ、わかりました。失礼します。」
バックパックを背負い、生徒指導室の出入り口に向かう。
ドアに手をかけたところで足踏が声をかけてきた。
「八百手、お前の家の方針は尊重するがな。あまり余計な事をしているとその内厄介ごとを押し付けられるようになるぞ。」
俺は返事もせずに少し乱暴にドアを開け、逃げるように階段へと走った。
途中で人とぶつかりかけたが、そのまま一気に昇降口まで駆け降りる。
最後の言葉は個人的にキツかった。
外に出て、空を見上げる。気分が悪くなると雲を見るのは昔からの癖だった。
「おーい直人、空なんか眺めてどーしたんだ。暇なのか?」
昇降口から短い髪を金色に染めたスポーツマンと言った風貌の少年に声を掛けられた。
「江、まだいたんだ」
「まだいたんだ、じゃねーよ。この川河江サマに待てっつったのはオメーだろーがよ」
「そうだっけ、ごめん。ちょっと嫌なことがあってさ」
「嫌なこと?まぁとにかく帰ろーぜ」
そう言って先に歩いて行ってしまう江の後を追いかけていく。
こうして俺の高校生活初日はプラスマイナスで言えばマイナスで始まったのだった。
イムノデフトを読んでくださりありがとうございます。
この作品は以前一話だけ書いて終わったパンドブレイクの設定を見直した改良版となっています。
まだまだ文章を書き始めたばかりで同じような言い回しを多用してしまうなどの至らぬ点も多々ありますが今後も読んでくださるとありがたいです。