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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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堅物騎士は、お嬢様を励ます

 食後、リュシアンは疲れ切った様子を見せるソレーユを労い、ロザリーにも休むように命じる。明日も、炊き出しを行うのだ。ゆっくり休むようにと優しく声をかけていた。

 ソレーユとロザリーの姿が見えなくなると、リュシアンは拳を握り、「よし」と小さく呟いた。


「アン、それで、今から何をしようというのか?」

「きゃあ!」


 コンスタンタンが背後に佇んだままとは思いもしなかったのだろう。リュシアンはその場で跳ね上がるほど驚いた。

 振り向いたリュシアンは、頬を赤く染めていた。


「コ、コンスタンタン様、まだ、い、いらっしゃったのですね」

「アンと話をしようと思っていたからな」

「そうだったのですね」


 存在感が薄く、気配もなかったと言われることが多かったコンスタンタンであったが、まさかそれが原因でリュシアンを驚かせてしまうとは。

 なんだか切なくなる。


「えっと、コンスタンタン様、お話とは?」

「アンが二人に言っていた言葉を、そのまま伝えようと思っていた」


 しかし、リュシアンの背中から、何かやってやろうという気概をコンスタンタンは感じ取ったのだ。


「今から何か、しようと思っていたのでは?」

「う……そ、そう、ですね」

「それで、何をするんだ?」

「えっと、その、料理を」

「こんな時間から?」

「え、ええ」


 部屋で寛ぎ、あとは眠るだけという時間だ。それなのに、リュシアンは今から料理をするという。


「アン、明日も大変な一日となるだろう。早く寝たほうがいい――と、言いたいところだが、いてもたってもいられないのだろう?」

「はい。火災に遭ったみなさんは、本当に、意気消沈なさっていて。特に、子ども達には、受け入れがたい現実だろうなと」


 子ども達を少しでも元気づけたい。そう思ったリュシアンは、菓子を焼いて配りたいようだ。


「とは言っても、全員分作れるわけではありませんが」

「そうだな」

「子ども達のためとか言いながら、罪悪感から逃れるために、したいのかもしれません」

「罪悪感? なぜ、それをアンが感じる?」

「わたくしが、貴族だからです」


 広場に馬車で乗り入れたさい、貴族というだけで襲撃を受けた。

 その前にも、夜会の帰りにリュシアンとコンスタンタンは襲われた。

 理由はすべて、貴族だからの一言である。


「火災の原因はいまだ不明ですが、あれだけの規模の火事は、何か、人が抱える悪い感情が具現化したものの気がしてならないのです」


 諍いの原因は、根深いものである。

 税の徴収に平民は苦しみ、特権階級である貴族はのうのうと暮らしている。

 互いの価値観など理解できるわけがなく、溝は埋まるどころか深まるばかり。

 人々の不満や怒り、嘆きが形となって現れたのが、下町の火災なのかもしれない。


「そう、だな。平和な世だったら、火災は起こらなかっただろう」


 近い将来、貴族が生きる社会は崩壊するかもしれない。

 下町の者達の怒りを目の当たりにしたコンスタンタンは、そんなふうに感じてしまう。


「わたくしの中にある、何かをしたいという衝動は、偽善……なのかもしれません。お菓子を作ったとしても、被害に遭った子どもすべてに、配れるわけではありませんので。それよりも、ゆっくり休んで、明日に備えたほうが、いいのだと、わかってはいるのですが」


 リュシアンの握りしめた手が、かすかに震えている。

 コンスタンタンは震える手を掬い取るように握った。リュシアンはハッと、顔を上げる。


「人一人ができる物事など、そこまで多くはない。すべてを救うことは、難しいことだろう」

「ええ……」

「ただ、勇気を出した者の手によって、一人でも救われたら、それは偉業だと、私は思う。誰も救われないより、ずっといい。私は、アンのしようとしていることを、偽善だとは思わない」

「コンスタンタン様……!」


 不安げな様子で見つめていたリュシアンの瞳に、光が差し込んだ。


「アン、私も、手伝おう」

「コンスタンタン様が、お料理を?」

「ああ。できることは、そこまで多くはないと思うが」

「いえ、嬉しいです」


 そんなわけで、コンスタンタンは生涯で初めての料理に挑戦することとなる。

 時間はない。すぐに、厨房に移動した。

 リュシアンはテキパキと、準備する。エプロンをかけ、手を洗い、材料を並べていった。

 ドン! と調理台の上に置かれたのは、ニンジンだった。


「アン、これで何を作る?」

「ニンジンのマドレーヌですわ」


 マドレーヌというのは、二枚貝の形をした貝殻型に生地を流し込んで焼いた菓子である。

 それに、王の菜園で作ったニンジンを入れるというのだ。


「わたくしが皮を剝きますので、コンスタンタン様はニンジンをっていただけますか?」 

「わかった」


 リュシアンは慣れた手つきで、ニンジンの皮をするすると剝いていく。コンスタンタンはおろし器で、ニンジンを擂っていく。

 これが、なかなかの力仕事だった。リュシアンは一人でしようとしていた。彼女が何かしようと気づけてよかったと、コンスタンタンは心から思う。


 ニンジンを剝き終えたリュシアンは、次なる工程に進んでいた。

 小麦粉の分量を量り、バターを溶かし、卵を割る。ずっと眺めていたいが、コンスタンタンにはニンジン擂りという大役があった。集中しなければ。


 コンスタンタンがすべてのニンジンを擂り終わったころ、リュシアンも生地の用意が完了したようだ。

 ニンジンと生地を混ぜると、きれいなオレンジ色に染まる。

 生地はバターを塗った貝殻型に流し込み、窯で十五分ほど焼く。バターの香ばしい匂いが、ふんわりと漂ってきた。


「完成です」


 リュシアンは窯から出したマドレーヌを、嬉しそうに眺めていた。

 手伝ってよかったと、コンスタンタンは思う。


「タンタン様、あーん」

「ん!?」


 突然、愛称で呼ばれた上に、リュシアンがふーふーと冷ましたマドレーヌが差し出された。

 固まってしまったコンスタンタンであるが、リュシアンが「マドレーヌがお嫌いですか?」と尋ねてきたので、口を開いて食べる。


「いかがでしょう?」

「おいしい。ニンジンの甘みが、菓子に深みを出しているような、気がする」


 マドレーヌを味わう余裕などなかったが、なんとか感想をひねり出した。

 リュシアンが嬉しそうにしていたので、下手なことは言わなかったのだなと安堵するコンスタンタンであった。

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