堅物騎士は、できることをする
◇◇◇これまでのお話◇◇◇
いろいろあってコンスタンタンは、リュシアンと婚約を結び、王の菜園の野菜を使った事業を進めていたが、とんでもない事態となる。
下町で、大火災が発生したのだ。
翌日、王太子の指示で炊き出しをしに行くが、貴族が火事を起こしたと思い込んだ下町の者達が、馬車に石を投げてきたのだ。ひとまず、ドラン商会へ避難する。
そこで、コンスタンタンは王太子と出会ったのだが……
リュシアンとソレーユ、ロザリーはスープを作りに向かった。
残ったコンスタンタンは、王太子やドニと共に、今後について話し合う。
「国の方針として、被害を受けた者達を支援するつもりだったが、思っていた以上に王族や貴族に反感を抱いているようだ。このままでは、素直に支援を受け入れてもらえないだろう」
ひとまず、本日のスープはドラン商会からの差し入れということにしておいたほうがいい。それが、王太子の考えである。
その方針に一言物申したのは、ドニだった。
「だが、その方法では、溝は一向に埋まらないのでは?」
「だろうな。だが、溝を埋める前に、すべきことがある」
それは、大規模火災がなぜ起こったのか。その原因の究明であった。
「今、火事は、不平不満を訴える下町の者を一掃しようと、貴族派の誰かが放火したという噂が流れている。噂話の出所と併せて、調査したい」
それには時間がしばしかかる。その間、被害に遭った者の支援に協力してほしいと、王太子は頭を下げて頼み込んだ。
「王太子殿下に頭を下げられたとなれば、聞かないわけにはいかないな」
「コンスタンタンも、頼む」
「もとより、そのつもりです」
「ありがとう。心から、感謝する。しかし、せっかく、事業も順調に進んでいたのに、足を引っ張るような事態となって、本当にすまなかった」
「いえ、どうか、お気になさらず」
支援は長期に亘るだろう。もちろん、コンスタンタンやドニに任せきりというわけではない。すぐに、支援部隊を募り、活動できるような態勢を作るという。
「しばしの間、どうか、被害に遭った者をよろしく頼む」
コンスタンタンとドニは、深々と頷いた。
スープは順調に、完成間近だという。窯の中では、パンが焼けつつある。
ドラン商会は倉庫にあった深皿と匙を、被災者に提供するらしい。
他にも、毛布や下着、靴など、生活必需品の配布をするという。コンスタンタンは倉庫から馬車へ何度も往復し、支援品を運んだ。
そろそろ広場へ出発だと声が上がったころ、コンスタンタンはドニに肩をポンと叩かれる。
「着替えをしなければ、現場に行けないだろう」
騎士の恰好では、再び攻撃の対象となってしまう。
コンスタンタンはドニが用意した、市民がよく着ているシャツとベスト、ズボン姿に着替えた。
剣がないと、なんとも心許ない気分になる。ベルトに短剣を差しているものの、これがどれだけ役に立つのか。
そして騎士隊の服を脱ぐと、地味さに拍車がかかるのだと、若干落ち込んでしまった。
ドニは着替えたコンスタンタンを見て、満足げに頷く。
「おう、見事にその辺にいる兄ちゃんらしくなったじゃないか」
貴族に見えないのであれば、着替える意味は大いにある。コンスタンタンは自身にそう言い聞かせた。
リュシアンやソレーユ、ロザリーも着替えたようだ。
ドレス姿から、庶民の娘達が着ているワンピースに、エプロンをかけている。
リュシアンとソレーユは、着替えてなお貴族令嬢といった感じであった。輝きは衰えない。
だったら、自分はなぜ地味になったのだと思ったが、深く考えないことにした。それよりも、やるべきことがある。
ひとまず、リュシアンとソレーユには、帽子かヴェールを被っておくように言っておく。でないと、貴族令嬢であることは明らかだった。
続いて、王太子の決定と今後の方針を説明した。
「しばし、被災者の支援を続けないといけない。王の菜園の野菜は、王への献上を一時取りやめ、すべて被災者の食事作りに使うよう命じられた。しばらくの間、支援活動に従事することになる。皆の手を、貸してくれるだろうか?」
「もちろんですわ」
ソレーユとロザリーも、頷いた。コンスタンタンは頭を下げ、感謝の言葉を口にする。
窓の外を見上げたら雨は上がり、雲間から太陽の光が差し込む。
降り続ける雨はない。いつか、晴れるのだ。
自らを奮い立たせつつ、コンスタンタンは一歩前に進んだ。
支援はドラン商会からだと言えば、被災者は素直に感謝の言葉を口にする。
すっかり、火事は貴族派が起こしたものだと思われているようだった。
コンスタンタンは貴族に見えない地味な外見を評価され、スープを配る大役に就いていた。
温かいスープを受け取った子ども達が、ホッとした顔を見せている。
早めに動いてよかったと、心から思った。
被災者は職業斡旋所の地下と図書館、ドラン商会の倉庫など、さまざまな場所で仮住まいとなるようだ。
当初は騎士隊の訓練所や、王城の大広間など用意する予定だったが、被災者の多くは王族や貴族に反感を持っている。
開放しても、武器を持って突入してくるような勢いだったために、急遽別の場所を用意したのだとか。
そこに支援品を運び、配布しているという。
ドラン商会の活動を見て、協力したいと名乗り出る者達がいたようだ。今日のところは手が足りているので、帰るように言われた。
「では、また明日、野菜を持ってきます」
「ああ、頼むぞ」
ドニと握手を交わし、別れた。
帰りの馬車の中、ロザリーとソレーユは肩を寄せ合って眠っていた。
リュシアンだけが、背筋をすっと伸ばし、座っていたのだ。
「アン、疲れただろう?」
「ええ。ですが、被災者の方のほうが、疲労困憊した様子でした」
「そうだな」
「わたくしにできることは、何があるのか。ずっと、考えておりました。ひとまず、父に手紙を書いてみます」
リュシアンの実家は広大な土地を領する資産家だ。何かできるはずだという。
これから、国はどうなるのか。
わからないが、今は自分達にできることをしよう。そんな話をしながら、家路に就いた。




