堅物騎士は、現実を知る
コンスタンタンが注意を促すよりも、リュシアンの行動は早かった。左右に座らせていたロザリーとソレーユの腕を引き、姿勢を低くするよう叫ぶ。
コンスタンタンは騎士のマントで、女性達を守るように覆い被さった。その姿勢を取ったのと同時に、馬車の窓が割れた。投げられた石が窓を突き破り、コンスタンタンの背中に当たる。
ヒュウと、冷たい風が馬車に流れる。
横殴りの雨も、中へと降り込んできた。
ぶるりと体を震わせた原因は肌寒さではなく、肝が冷えたからだろう。
「アン、そっちは大丈夫か?」
「ええ。ソレーユさんとロザリー、それからわたくしも、怪我はありません。コンスタンタン様は、大丈夫ですの?」
「ああ。心配いらない」
幸い、分厚い革のマントが、ガラスと石の衝撃から守ってくれた。怪我はない。
馬車を操縦する御者も、石の攻撃は届いていなかったようだ。
なぜ、このような行為を働くのか。
コンスタンタンの中に、大きな怒りがカッと湧いてくる。
念のために馬車の家紋は外してきた。しかしながら、車体の造りで貴族の馬車だとわかってしまったのだろう。
リュシアンはずっと、ソレーユの背中を優しくさすりながら、「大丈夫ですよ」と励ましていた。リュシアンの「大丈夫」を聞いているうちに、コンスタンタンも平常心を取り戻す。
ぐらついていた思考が、鮮明になる。次に取るべき最善が、すぐに浮かんできた。
避難場所に馬車を止める予定だったが、このままでは袋叩きに遭うだろう。
行き先を変更し、ドラン商会へ向かうことにした。
ソレーユは動揺していたが、落ち着きを取り戻したようだ。泣きそうになっていたロザリーも、平常心を取り戻している。
リュシアンが冷静な行動を取り、気丈にふるまっていたからだろう。おそらく、彼女も怖かったはずだ。コンスタンタンは責任を感じる。
「すまなかった」
「え?」
「私が、判断を誤ったから、皆を危険な目に遭わせてしまった」
一刻も早く、火事の被害に遭った人々に温かいスープを食べてもらうことしか考えていなかった。拒絶されることは、これっぽっちも思い至っていなかったのだ。
最初から、顔が広いドニの元を訪ねるべきだったと、コンスタンタンは反省する。
「コンスタンタン様、顔を上げてくださいな」
「しかし」
「わたくしは、今回のことを間違っているとは思っておりません。運が悪かっただけだと思っています。幸いにも、コンスタンタン様が守ってくださったおかげで、誰も怪我をしていませんし、よかったと思うことにしましょう」
違う。
あのとき、皆を庇えたのは、リュシアンがすばやくソレーユとロザリーの腕を引き、姿勢を低くするよう導いたからだ。
誰か一人でも、上体をあげていたら、ガラスの欠片や石が当たっていただろう。
理不尽な攻撃による怒りを、とっさに抑え込むことができたのも、リュシアンの「大丈夫」という言葉を耳にしていたからだ。
コンスタンタンは、守ったのではない。
リュシアンに守られたのだ。
そして今も、リュシアンはコンスタンタンを励ましてくれた。
コンスタンタンは神に感謝する。リュシアンとの縁を結んでくれたことを。
「アン、ありがとう」
リュシアンはにっこりと微笑みを返した。
ガタゴトと馬車は進む。十分ほどでドラン商会にたどり着いた。
本日も、『臨時休業』と書かれていた。
馬車から降りて、御者に回転道路で待つように言っておく。
前回ドニに案内してもらった、一歩路地を入ったところにある、従業員用の出入り口から訪問した。
どうやら先客がいるようで、バタついていた。ドニの秘書はコンスタンタン達を客間へ案内し、何度も頭を下げたのちに、どこかへと消えていく。
しばらく待つことになりそうだ。そう考えていたのに、すぐにドニのもとへ通された。
来客中であるが、同席していいという。いったい、誰が来ているのか。
首を傾げつつ、秘書のあとに続いた。
ロザリーは廊下で待機するようで、壁際に寄っている。ソレーユも続こうとしていたので、リュシアンと一緒にくるように命じた。
案内された部屋に入ると、思いがけない人物を目にすることとなる。
「よお、いいところに来たな」
ドニはニカッと笑い、片手を上げる。
コンスタンタンはぎょっとする。ドニの目の前に腰掛けていたのは、王太子だったからだ。
「殿下、なぜ、ここに?」
「今から話そうと思っていた。座れ」
王太子の命令に従い、長椅子に腰を下ろす。
「アランブール伯爵邸に二回目の使者を送ったが、入れ違いになっていたようだな。もしや、広場へ一度向かったか?」
「はい」
「申し訳なかった。広場は、酷い状況だっただろう?」
「ええ」
王太子も一度、現場に向かおうとしたが、下町の者達は興奮状態だった。
そこで、対策を取るためにドニのもとへ足を運んだらしい。
「完全に、私の読み間違いだった。すまなかった」
「いえ」
ここからが本題である。どのようにして、スープを届けるかを考えなければならない。
「まず、スープがなければどうしようもないな」
ドニの発言に、コンスタンタンと王太子は頷いた。
ドラン商会の隣は食堂である。広い台所と調理する人員を借りるよう話を付けるので、スープの配り方を考えるように言われた。




