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堅物騎士は空を仰ぎ見、不安を胸に抱く

 その日、コンスタンタンはいつもより早く目覚める。

 二時間ほど早かったが、眠ることはできなかった。どうしてか落ち着かず、起床して身支度を調える。

 外に出ると、夜空を渦巻く曇天が強風で素早く流されていた。

 風の匂いが、いつもと違った。

 ドクンと胸が跳ね、一瞬息苦しくなる。

 なんだか、いやな予感がした。今までにない感覚に、胸がざわつく。

 いつもよりも多く朝稽古をし、熱い湯を浴びる。石鹸の泡はコンスタンタンのなかにある、モヤモヤとしたものを洗い流してはくれなかった。


 食堂へ足を伸ばしていたら、リュシアンと一緒になった。

 リュシアンは柔らかく微笑みながら、挨拶をしてくる。


「コンスタンタン様、おはようございます」

「アン、おはよう」


 今日も、コンスタンタンの婚約者は愛らしい。心の清涼剤である。

 ただ、胸の中の不安がなくなったわけではなかった。


「いかがなさいましたか?」


 リュシアンはコンスタンタンの変化を見逃さない。

 今までのコンスタンタンであれば、「なんでもない」と返しているだろう。尋ねてきたのはリュシアンである。彼女ならば、なんでも打ち明けることができるのだ。


「胸騒ぎが、するのだ」

「胸騒ぎ、ですか」


 リュシアンとコンスタンタンは同時に立ち止まり、ガタガタと揺れる窓を見た。

 風が強く、今にも嵐が巻き起こりそうだった。

 雲は黒く空気中は湿気が帯びているが、それなのに雨は一粒も降らない。不安定な気候が、コンスタンタンを憂鬱にさせているのか。


 リュシアンは眦を下げ、コンスタンタンの上着の袖を握った。


「すまない。正体がわからない疑惧を口にしてしまい、不安にさせた」

「いいえ。普段も、このような天候の日は心がざわめきますの。嵐が起きて野菜がダメになってしまうかもしれないという不安だったり、農作業が思うようにできないもどかしさだったり。しかし、コンスタンタン様が感じているのは、また別のものでしょう」


 何かが、起きようとしているのか。もしくは、起きているのか。


「コンスタンタン様、何が起きたとしても、わたくしは傍におりますので」

「アン……ありがとう」


 リュシアンのその一言で、形容できない感情に蓋をきつく締めることができた。まだ、気にするべき段階ではないだろう。そう言い聞かせ、朝食を取ることとなった。


 グレゴワールは今日もニコニコしながらリュシアンと会話している。

 不穏な天候に不安感はいっさい抱いていないようだ。


「こういう天候のときは、ゆっくり休むに限る。天が働き者の我らに、休むようにと啓示しているのだ」


 コンスタンタンは額に手を当て、ため息を落とす。

 父と同じくらい、ポジティブだったらどれだけ人生が楽だったか。

 親子であったが、グレゴワールの性格はまったく遺伝していなかった。


 朝食を食べ終え、リュシアンと共に王の菜園へ向かおう。そう思っていた瞬間、雷がドン! という大きな音を立てて落ちた。


「きゃっ!」


 小さく悲鳴を上げたリュシアンを、抱きしめる。かすかに震えていた。

 大丈夫かと、言葉を発する前に雨が降り始める。まるでバケツをひっくり返したかのような、強い雨だった。


「アンは、ここに――」

「アランブール隊長、王都より、知らせが届きました」


 ドクン! と、大きく胸が鼓動した。

 コンスタンタンはすぐさま入るように命じ、知らせが書かれた手紙を受け取る。


 知らせは王太子補佐官が書いたものだった。

 なんでも、明け方に下町で大火災が発生したと。下町の建物の四割が焼失し、死者も多く出ているようだ。

 現在、消火活動と救助を騎士隊総出で行っている。

 命が助かった者達は、中央広場に作った天幕に避難させているようだ。

 人数は百五十名ほど。怪我人は四十名ほどであると書かれている。

 ここから先が本題で、王太子からの言葉をそのまま書いたものであった。

 王の菜園の野菜を使い、下町の者達に温かいスープを作ってくれないかと。


 一回目を通したあと、二回目はグレゴワールとリュシアンのために読み聞かせる。


「コンスタンタン、すぐに行動を開始するんだ」

「わかっています」

「コンスタンタン様、わたくしも、お手伝いしますわ」

「アン……頼む」


 すぐさま、王都へ向かう準備が進められた。馬車の中に次々と野菜が積み込まれる。

 スープを作る人員も必要なので、野菜の皮剝きができる農業従事者も駆り出された。

 リュシアンはどの野菜をどれだけ積むか指示していた。彼女の頭の中には、王の菜園の野菜を使ってどのようなスープを作るのかイメージできているのだろう。

 王の菜園の喫茶店でメイン料理になるはずだった、塩豚とレンズ豆の水煮も持ち出された。リュシアンがコツコツ作っていた物だが、仕方がない。

 野菜だけのスープでは、力はでないだろうから。


 最後に、アランブール家にあるもっとも大きな鍋が三つ積み込まれた。これはその昔、グレゴワールと亡くなったコンスタンタンの母が披露宴をするさい、夜会の晩に料理が全員に行き渡るよう購入した大鍋である。料理人がこまめに手入れをしていたので、問題なく使える。


 リュシアンがすばやく的確な指示をしたおかげで、三時間ほどで王都に向けて出発することができた。

 

 雨は一向に収まらない。寒い思いをしているに違いなかった。

 家を失った下町の者達は、温かいものを食べたいだろう。


 支援のために現場へまっすぐ向かったコンスタンタン達であったが、思いがけない事態に遭遇してしまう。


「貴族の馬車だぞ!」

「火事はあいつらのせいだ!」


 瞬く間に下町の者達に囲まれ、石を投げつけられてしまったのだ。 

 

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