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堅物騎士は事情を聞きに行く

 コンスタンタンは拾ったチラシを丁寧に折りたたみ、リュシアンの肩を抱いて歩き始める。

 チラシに何が書いてあったかリュシアンには教えていないが、何も聞かずについてきてくれた。


 コンスタンタンが向かった先は貴族御用達ごようたしの商店街ではなく、市民達が通う商店街。その中心地に雑貨商を営む『ドラン商会』がある。

 以前、具合を悪くしていた会長の妻をアランブール伯爵家で休ませたことから、付き合いが続いている。

 グレゴワールは何度かドラン商会の本部に足を運んだようだが、コンスタンタンは初めてである。

 三階建ての大きな建物は、一階と二階が商店で、三階が事務所となっていた。

 入り口に近寄ると、『臨時休業』という紙が貼られてあった。


「おや、あんたは――グレゴワール殿のせがれではないのか?」


 振り返った先にいたのは、ドラン商会の会長ドニ・プレーだった。


「そちらは、妻を助けてくれた親切なお嬢さんだね」

「お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだ。今日は――すまない。いろいろあって、店を閉めているんだ」

「その点について、お話を伺うことができたらと思い、やってきたのですが」

「ああ、そうだったか。どれ、ここで立ち話もなんだ。三階の事務所で話をしよう」


 ドニは以前、コンスタンタンに「困ったことがあったら、頼ってくれ」と言っていたのだ。偶然会うことができてよかったと、心から思う。


 三階へと上がると、中は無人だった。従業員はすべて家に帰したらしい。


「すまない。秘蔵のワインしかないが」

「よろしかったら、わたくしがお茶を淹れましょうか?」

「いや、お嬢さんにお茶を淹れさせるのは悪い」

「どうか、お任せください」

「だったら、頼もうか」


 客間に案内され、長椅子に腰を下ろす。

 ドニはグレゴワールと意気投合し、親しい付き合いをしていた。月に一度は、王都へ赴いて酒を飲んでいるらしい。ドニを家に招くこともあった。

 コンスタンタンの母が亡くなってから、グレゴワールは王都へ行くことはほとんどなかった。だが、ドニと出会ってから、交友関係も広がり、楽しそうに過ごしている。

 リュシアンをきっかけにした縁が、大きく繋がっていた。

 コンスタンタンも、こうして王都に頼れる相手がいることをありがたく思う。


「いやはや、今までも精悍せいかんだったが、さらにキリッとしてきた。出世か何か、したのか?」

「いえ、その辺は何も。最近、リュシアンと、婚約はしましたが」

「ああ、そうだったか! これはめでたい。今度、祝いを贈ろう」

「ありがとうございます」

「そうか、そうか。婚約者ができて、今まで以上に責任感のある男となったか」


 ドニは好々爺こうこうやで祖父が生きていたらこんな感じだったのかと、コンスタンタンは考える。祖父母は共に長生きしなかったからか、グレゴワールはコンスタンタンを強く健康的な子どもに育てるための努力を惜しまなかったと話していた。具体的に、どんなことをしたのかは謎である。しかし、おかげさまで、風邪一つ引かない健康体を得ることとなった。


「俺が言うのもなんだが、あのお嬢さんは本当に良い子だ。大切にしないとな」

「はい。命を賭けて、守りたいと思っています」


 胸に拳を当て、コンスタンタンは宣言した。


「お待たせしました」


 リュシアンが茶を持ってくる。丁寧に、一つ一つテーブルに並べていった。

 彼女が腰を下ろしてから、本題へと移る。

 まず、コンスタンタンはリュシアンにチラシを見せた。


「これは――!」

「暴動が、起きていたみたいだ」

「困ったことにな」


 ドニは眉間に皺を寄せ、腕を組む。


「今まで何度もそういった騒ぎがあったが、今日は大勢人が集まってな」


 国王の政治に反感を抱いた者達が、抗議活動をしていた。それは、コンスタンタンが王太子つきの騎士だったころからたびたび発生していた。

 これまでは多くても三十名ほどの集まりだったが、今回は数百名の市民が集まって国王の政治を批判するチラシを配り歩いていたらしい。


「どうやら、市民達を煽動せんどうする輩がいるらしいんだ」

「それは?」

「どこのどいつか、わかっていない。巧みな言葉で市民をその気にさせ、今回の事件を起こさせたのだ」


 市民は初めて、騎士に抵抗した。双方に怪我人が出ているらしい。

 それだけではない。窓が割れたり、花壇を壊されたりと、物損もでているという。


「その影響で、王都の商店はほとんど閉店しているのさ」

「まあ!」


 リュシアンは大きな声をあげたが、コンスタンタンとドニから見られたのでカーッと頰を赤くした。


「どうかしたのか?」

「あ、いえ、今日は、お買物に来ていたのです。すみません、このようなことを、言っている場合ではないことは、重々承知しているのですが」

「ああ、そうだったのか。何を買いにきたんだ? うちにある品だったら、持って行ってくれ」


 リュシアンは顔を真っ赤にして、口元は両手で覆っている。代わりにコンスタンタンが答えた。


「婚約指輪を買いに来たのですが」

「ああ、そうだったか。残念だが、宝飾店は閉まっているだろう」

「ですよね」


 リュシアンは肩を落とすことはなかったが、瞳の奥に落胆の色が滲んでいた。

 それを、ドニは見逃さなかった。


「知り合いに、腕のいい銀細工師がいる。常連だったどこぞの金持ちの夫人に手を出したことがバレて、干されていてな。今、暇だと言っていたから、指輪を依頼できるかもしれない」


 長いときは、五年待ちすることもあるほど人気の銀細工師だったらしい。

 予算内で、上手いこと作ってくれるという。


「どうだ?」


 リュシアンは瞳を輝かせながら、頷いた。その反応を見て、コンスタンタンはドニを通して銀細工師に指輪を依頼することに決めた。


「何か希望する、指輪の意匠や宝石があれば伝えておくが」


 その辺はコンスタンタンはまったくわからないので、リュシアンにお任せする。


「では、アンズの花の意匠を」

「わかった。伝えておく」


 こうして、婚約指輪はドニの知り合いの銀細工師に頼むことにした。

 用事が済んだので、今日のところは早めに帰宅する。

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