堅物騎士はお嬢様と婚約指輪を買いに行く
本日は晴天。風は冷たいが、絶好の農作業日よりである。
畑には肥料を与える者、間引きをする者、雑草取りをする者と、各々作業に打ち込んでいる。
「ガアガア、ガアガアガア!」
「クワクワ、クワクワクワ!」
ガチョウのガーとチョーが、羽をばたつかせながら走ってくる。畑を荒らすウサギを追いかけていたようだ。
罠に追い詰め、跳び蹴りをして扉を閉める。見事な連携技で、害獣を駆除していた。
「ご苦労だった」
コンスタンタンがそう声をかけると、ガーとチョーはどうだとばかりに胸を張る。
畑の平和は二羽のガチョウによって守られていた。
今日は午後からリュシアンと共に、王都へでかける。
婚約指輪を選ぶのだ。
ここ最近、バタバタしていて王都へ買い物に行く余裕がなかったのだ。
リュシアンは王の菜園の喫茶店オープンに向け、忙しくしていた。
メイン料理は、『王の菜園のスープ』。
塩豚とレンズ豆、野菜たっぷりのスープである。先日、コンスタンタンも味見をしたが、最高においしかった。
リュシアンはここ毎日、ロザリー、ソレーユと協力し、塩豚の仕込みとレンズ豆の水煮をせっせと作っている。
一応、オープンは半年後の春を予定していた。
四人がけの円卓が三つに、カウンター席が六つと、こぢんまりした喫茶店である。
王の菜園の宿泊施設のほうは、内装のリフォームは完了となった。
こちらはかつて使用人が生活していた離れの屋敷で、部屋が十五ほどある。
内部の状態は思っていたよりも良好だったため、リフォーム費用も抑えられた。
寝台や机などの家具も持ち込まれ、宿らしくなっている。
宿は新しく従業員を雇い、営業する予定だ。
昼食後、コンスタンタンは一度汗を流し、昼用礼装に着替えた。
出発まで、書類仕事を進めておく。
一時間後、ロザリーよりリュシアンの準備ができたと声がかかった。
「コンスタンタン様、お待たせいたしました」
リュシアンはリボンとレースがふんだんにあしらわれた薄紅色のドレスをまとっていた。
今まで、落ち着いた色のドレスばかり着ていたので、新鮮な気持ちでリュシアンを眺める。
「あの、コンスタンタン様。こちらのドレス、いかがでしょうか?」
あまりにもコンスタンタンが見つめるので、尋ねたのだろう。
「春に咲くアンズの花のように、可憐だ」
そう答えるとリュシアンは嬉しそうに微笑みながら、頬がほんのりと染まっていく。
アンズの花言葉は「乙女のはにかみ」。リュシアンのドレス姿ときれいに重なった。
「春になると、裏庭にあるアンズの花がいっせいに咲く」
「まあ! とても、きれいなのでしょうね」
「ああ。来年、見に行こう」
「はい!」
春もリュシアンはここにいる。そんなことを考えたら、コンスタンタンは嬉しくなった。
と、ここで気づく。リュシアンの背後に、ニヤニヤ笑うソレーユとロザリーの姿があったことを。
きっと、リュシアンにデレデレしているところを、見られてしまったのだろう。
ゴホンと咳払いし、気分を入れ替える。
「アン、行こう」
手を差し出すと、リュシアンは白い手袋を嵌めた指先を重ねる。
今日は、ロザリーとソレーユは留守番だ。久しぶりに、二人きりで出かける。
馬車に乗り込み、御者に合図を出した。
馬を鞭打つ音が聞こえ、出発となる。
婚約指輪は、求婚前に購入する者もいれば、結婚が決まってから購入する者もいる。
求婚前に購入する者の大半は、親同士が決めた婚約である場合が多い。確実に受け入れてもらえるとわかっているので、事前に用意しておくのだろう。
ごく少数ではあるが、親同士で結婚の話し合いもないのに、意中の女性と結婚したいが為に婚約指輪を用意して求婚する猛者もいるという。
求婚を断られた場合、指輪は質に入ることとなる。
コンスタンタンが結婚するときは、突然求婚なんかせずに両親と話し合ったあとに婚約指輪を準備しようと考えていた。
ロイクールのせいで、順番がいろいろめちゃくちゃになってしまったが、こうしてリュシアンと婚約指輪を買いに行けることは幸せなことだった。
「タンタン様、なぜ、婚約指輪と結婚指輪は左手の薬指に嵌めるかご存じですか?」
「いや、知らない」
リュシアンは嬉しそうに語り始める。
「それはですね、その昔、永遠という意味合いを持つ、円の形をした象形文字を愛の証とし、指輪が作られるようになったそうです」
左手の薬指に指輪を嵌めるのは、心臓に繋がる静脈が左手の薬指にあり、命に代えても愛の誓いを貫き通すという意味があったのだとリュシアンは説明する。
「医学的には、まったくそのような根拠はないのですが」
「なるほどな」
婚約指輪と結婚指輪には、深い意味があったのだ。
コンスタンタンは両親の話を思い出し、ふっと笑ってしまった。
リュシアンが不思議そうに見つめるので、語って聞かせる。
「私の父が、その昔大失敗をして――」
婚約指輪について知らず、いつまで経っても用意しないので母を怒らせてしまったらしい。グレゴワールは慌てて買いに行ったものの、今度は時代遅れのデザインだと文句を言われてしまったのだとか。
「それから、その話をことあるごとに持ち出され、父は母に頭が上がらなかったらしい。だから私は、絶対に婚約指輪を用意しなければ、恐ろしいことになると幼い頃から絶対に忘れてはいけない。婚約したら、素早く迅速に婚約指輪の用意をしなければと、決意を固めていた」
そして、絶対にリュシアンと一緒に行って、気に入ったデザインを選ぼうと心の中で決めていたのだ。
リュシアンは口に手をあて、ふふと笑った。
「申し訳ありません、笑ってはいけないことなのですが……お義父様は、災難だったなと」
「母は優しく、温厚な人だったが、婚約指輪については譲れなかったみたいで」
リュシアンはコンスタンタンの母のように激昂することはないだろうが、せっかく買うのだから彼女に似合う品を贈りたい。そう思って、誘ったのだ。
馬車は王都に到着する。
馬車から降りて、貴族御用達の商店街を目指す。
王都はいつもの通り賑わっていたが、いつもと違うところもあった。リュシアンも異変に気づき、コンスタンタンに質問する。
「コンスタンタン様、あの、どなたかいらっしゃるのでしょうか?」
「いや、そんな話は聞いていないが」
巡回する騎士が、いつも以上に多かったのだ。
ひゅうと強い風が吹き、一枚のチラシが飛んできた。
コンスタンタンはチラシを受け取り、書かれていたことをみてギョッとする。
――国王に死を!!
コンスタンタンはすべてを察する。市民が、暴動を起こしていたようだ。
そのため、多くの騎士が街中に配備されていると。
警戒態勢の中、コンスタンタンとリュシアンはやってきてしまったようだ。




