堅物騎士はお嬢様とまったり過ごす
夜、リュシアンがコンスタンタンの部屋にやってきて、作った軽食を持ってきてくれる。これは近日、王の菜園の敷地内にオープンする喫茶店で出すメニューの試作品なのだ。
「本日は、カナッペを三種類作ってきましたの」
王の菜園の野菜を使ったカナッペが、皿の上に品良く並べられている。
共に出されたのは、シャンパンだった。
リュシアンは嬉しそうに、一つ一つ説明してくれた。
今日はバゲットから作ったらしい。皮や生地の歯ごたえにもこだわったようで、自信作だと言っている。
薄くカットされたバケットに、王の菜園の野菜で作った惣菜が載っていた。
「こちらは、キノコのマリネですわ」
王の菜園には、キノコ小屋がある。そこで栽培された、エリンギとポルチーニ、アンズタケをカットし、オリーブオイル、ニンニクと共に炒め、ワインビネガーを入れたあと、塩コショウで味を調えたら完成らしい。それを、バケットに載せてパセリを振っている。
「二品目は、キャビアドオーベルジーヌ。ナスのキャビア仕立てです」
「キャビアが入っている――のではないのだな」
「ええ、ナスをペースト状にしまして、キャビアのような食感に仕立てた一品ですわ」
ちなみに、ナスは一般的に初夏から秋口まで収穫される。このナスは、温室栽培で育ったものらしい。温室では、夏に採れる野菜を人工的に温度管理し、作っているようだ。
最後の品は、バケットの上にスライスした小ぶりのトマトと黒い何かが載っていた。
「これも、キャビアではないな?」
「はい。こちらは、タプナードと言いまして、黒オリーブとアンチョビのペーストですの」
「見たことあるな」
「魚料理や、肉料理のソースとしても使われております」
端に添えてある小皿に入った白いものは、リュシアンお手製のチーズらしい。
「アンは、チーズも作れるのだな」
「簡単なフレッシュチーズですが」
温めた牛乳にニンニクとレモン汁を入れ、さっと混ぜると分離するらしい。水分を絞ったものが、フレッシュチーズとなるようだ。そこに、塩と生クリーム、ディルを加えて混ぜたら完成である。
「フレッシュチーズはどのカナッペにも合いますので、お好みでどうぞ」
「なるほど。では、最初はそのまま食べてみよう」
まずは、キノコのマリネが載ったものから。あっさりとした味わいで、キノコのコリコリとした食感がバケットとよく合う。
「おいしい」
コンスタンタンが感想を呟くと、リュシアンは嬉しそうに微笑む。その笑顔を見た途端、さらにおいしくなったような気がした。
シャンパンを一口飲むと、キノコのマリネの味わいは深まる。
「酒との相性もいいな」
「よかったです!」
男性客が料理を食べ、店でまったりできるようにと考えたメニューらしい。
カナッペとシャンパンの組み合わせはリュシアンのアイデアではなく、ソレーユが考えたものだとか。
エステル王女の事件後、ソレーユは実家に戻った。
リュシアンが寂しそうにしていたので、もう一人新たに侍女を雇おうか。コンスタンタンはそんなことを考えていたが、ソレーユは三日ほどで戻ってきたのだ。
もうしばらく、王の菜園で過ごすらしい。ソレーユと嬉しそうに畑仕事をするリュシアンを見て、コンスタンタンはホッとしていた。
シルヴァンは、王太子とともに城へ戻った。すぐに、エステル王女を探しに隣国へ渡るらしい。こちらは戻ってくるまで、しばしかかるだろう。
シルヴァンはエステル王女を発見し、亡命したら再び王の菜園で働きたいと言っている。嬉しいことである。
下手したら一家没落するような隠し事に手を貸してしまったのだが、王太子はコンスタンタンとリュシアンの罪は不問としてくれた。
事件が解決し、コンスタンタンは肩の荷が下りる思いとなった。それは、リュシアンもだろう。
こうして、二人でのんびりと過ごせるようになったことは、幸せなことだった。
「タンタン様、いかがなさいました?」
愛称で呼ばれ、ハッと我に返る。
シャンパンのグラスを手に持ったまま、ぼんやりしていたようだ。
「いや、ここ最近、大変なことが起きていたなと思って。今、アンとゆっくり過ごせていることを、幸せに思っていたのだ」
「わたくしも、幸せです」
頰を染め、目を細めるリュシアンは、世界一可憐だ。コンスタンタンはしみじみ思う。
気がついたら、リュシアンを眺めたままシャンパンを一杯飲み干してしまった。
彼女を眺めつつ飲む酒は、極上の味わいだった。
リュシアンが二杯目のシャンパンを注いでくれる。その間に、二つ目のカナッペを食べた。
キャビアドオーベルジュ――ナスのキャビア仕立て。
ナスの種のつぶつぶとした食感が、キャビアを思わせる。ナスの味わいは濃厚で、クリームのようだった。
タプナードは薄切りしたトマトの酸味を引き立てる塩気を感じた。酒がどんどん進む味わいである。
これらのカナッペに、フレッシュチーズを載せるとまた違った味わいを楽しめる。
「おいしかった。旅で疲れているところに食べるものとして、ちょうどいいメニューとなるだろう」
「ありがとうございます」
会話が途切れたのと同時に、窓枠がガタリと音を鳴らす。
「今日は、風が強いな」
「ええ」
しだいに雪交じりとなる。
「アン、明日、外に出るときは、温かい恰好をするように」
「はい、わかりました」
そんな会話をしつつ、コンスタンタンとリュシアンは平和な夜を過ごした。




