公爵令嬢は王太子と邂逅する その三
一度だけ、エステル王女を見かけたことがあった。
イアサントと二人並んだ姿はお似合いで、胸が締め付けられるようだったのだ。
しかし、目の前に現れたのは、少年である。
「手っ取り早く言わせてもらうが、俺がエステル王女の替え玉だ」
ソレーユは瞠目する。偽のエステル王女はシルヴァンだったのだ。
「なっ、あ、あなた、男でしょう!? 男装しているわけではないのよね?」
「正真正銘男だ。エステル王女にそっくりだったから、こうして駆り出されたんだよ」
「本物の、エステル王女はどこに?」
「座って話そう」
シルヴァンの背後に、コンスタンタンとリュシアンがいた。
イアサントに促され、着席する。
ソレーユは席替えし、イアサントの隣に腰を下ろした。なんだか落ち着かないが、耐えるしかない。
「それで、話を聞かせてもらえないだろか?」
シルヴァンは腹をくくっているのだろう。イアサントの見えない圧力に屈することなく、堂々たる態度で話し始めた。
「俺は、国王の隠し子で、長年幽閉されていた。そして――護衛騎士と駆け落ちしたエステル王女の代わりに、この国に行くよう国王に命じられた」
「なるほど。末端の者達が画策したのではなく、国王自ら命じたと」
「ああ。国としては、またとない婚姻だったらしい」
自国の姫が他国の王妃となれば、絶大な旨味がある。絶対に破談させるわけにはいかなかったのだろう。
「それで、貴殿が身代わりをしている間、エステル王女を探し出し、発見したらこっそり入れ替えておけばいい、と?」
「そうだ」
「なるほど」
部屋の温度がさらに下がったような気がする。ソレーユはブルリと肩を震わせた。
シンと、静まりかえった。
ふと、ソレーユはシルヴァンの顔色が悪いことに気づく。きっと、無言のイアサントがしだいに恐ろしくなったに違いない。気の毒に思う。同時にある可能性に気づき、声をあげてしまった。
「もしも、この一件を問題としてあげたら、戦争になるのでは?」
二つの国が手と手を取り合い、仲良くしようとしていたところに泥をかけるような卑劣な行為である。
それを、侮辱と取って戦争に発展する可能性があった。
国の尊厳を傷つけると、大変なことになる。シルヴァンはそれに一役買ってしまったのだ。
「それで、どうなさるの?」
ソレーユが問うと、イアサントは重たい口を開いた。
「とりあえず、密偵に命じて、エステル王女を探させる。もしも発見できたら、こちらで穏便に済ませることができるかもしれない」
「穏便に、というのは?」
「逃げたエステル王女と騎士を隣国へ返し、婚約をなかったものにさせるのだ。国王には、エステル王女は病に罹り、やむなく国へ帰すことにしたと言えばいい」
エステル王女が罹ったのは、恋の病だろう。あながち、嘘ではない。
「シルヴァン、と言ったか。そなたは国へ帰ったら、最悪処刑されてしまうだろう。亡命するといい。保護をしてやろう」
それを聞いて、ソレーユは内心安堵する。
「とにかく、エステル王女を発見しなくてはいけない」
「俺も、探しに行く! 同じ顔の俺がいたら、見つけやすいだろう?」
「なぜ、わざわざ苦労を申し出る」
「自分の未来は、自分で切り開きたいんだ。だから、頼む」
「一度、持ち帰って検討しよう」
話はこれで終わりのようだ。イアサントは立ち上がり、客間から去る。
コンスタンタンとリュシアンは見送りのため、イアサントに続いた。
ソレーユは盛大なため息を零す。
「なあ、あんた」
「何?」
シルヴァンは捨てられた子犬のような顔で、ソレーユを見る。
コンスタンタンの親戚だと聞いていたので、すっかり信じ込んでいたのだ。
まさか、王家の血を引く隠し子だったなんて。
少しも性格に影はなく、明るい少年だった。それは、彼自身が持つ陽の気なのだろう。逆境に負けない、まっすぐな性格が羨ましくなった。
「その、申し訳なかった」
「なんの謝罪?」
「いや、あんた、王太子の元婚約者だって、聞いたから。俺が来たから、婚約は破談されてしまったんだろう?」
「ああ、そのことね。おかげさまで、いろいろあったわ」
イアサントとの間にあった婚約破棄、第二王子ギュスターヴの最低最悪の言動、婚約お披露目パーティーからの逃走。二度と、味わいたくないものばかりである。
「でも、私はこれでよかったと思っているの」
「なんでだ?」
「知らなかったことを、知ることができたから」
大地の広さも、人の善意と悪意も、空の青さだって今までのソレーユは気づいていなかった。鳥かごの中で暮らしていたら、それが世界のすべてだと思い込んでしまうのだ。
「だから、あなたも見てくるといいわ」
シルヴァンも同じ、鳥かご育ちだ。外にでたら、きっと新しい発見があるだろう。
「あんたみたいに、豪胆な人が王太子の妻に相応しいんだろうな」
「豪胆って……」
「リュシアンさんも、違う方向で豪胆だけどな」
「確かに、リュシアンさんは豪胆だわ」
リンゴの木に登り、その実を宝石を愛でるように胸に抱いていたかと思えば、厨房に立っておいしく調理する。どれも型破りな行動だったが、ソレーユには眩しく見えた。
彼女はきっと、どんな状況でも毅然としていて、揺らぐことなどないのだろう。
今の時代、女性も強く在るべきなのかもしれない。豪胆は、褒め言葉だ。
ソレーユはしみじみと思った。




