公爵令嬢は王太子と邂逅する その二
ソレーユが侍女に立候補しようと思っていた、フォートリエ子爵家の娘リュシアンの婚約者が、コンスタンタンだったのだ。
なんという偶然なのか。
運良くソレーユはリュシアンと会うことができた上に、狙っていた侍女の地位も手に入れた。
予想外だったのは、コンスタンタンとリュシアンの本拠地が王都の郊外にある『王の菜園』だったこと。
王都からなるべく離れようと思ってフォートリエ子爵領まで行ったのに、出発点に戻ってしまった。
最初は不安な気持ちでいっぱいだったが、王の菜園は王都の喧噪をまったく感じないのどかな場所だった。
強ばっていたソレーユの心は、しだいに解れていく。
コンスタンタンとリュシアンは絵に描いたような理想的なカップルで、ソレーユは羨ましくなってしまう。
ついつい、イアサントと婚約をお披露目していたら、こんなふうに穏やかに過ごしていただろうかと考えてしまう。
同時に、まだ諦めが付いていなかったのだと、気づいてしまった。
王の菜園で過ごすうちに、ソレーユの心の傷は不思議と癒えていった。
最初は虫の多さにうんざりしたり、畑を我が物顔で闊歩するガチョウに悲鳴をあげたりと、大変な日々だった。
けれど、慣れてしまえば、この地の豊かさにハッとなる。
食卓に上がっていた野菜が、土の中で育てられ、収穫される。知識として知っていたが、実際に目にすると大変な思いをして野菜は作られていた。
ソレーユにとって衝撃的なもので、食卓に上がった食事に対する思いが、ガラリと変わってしまうほどだった。
この地にいたらきっと、イアサントのことは忘れられる。
穏やかな心で、居続けることができる。
そう思っていた矢先に、イアサントに見つかってしまった。
どうすればいいのか。
イアサントが何か喋っていたが、ほとんど耳に入っていなかった。
途中から、ありえない展開となる。
コンスタンタンとリュシアンが席を外してしまったのだ。
二人きりとなった空間で、ソレーユは居心地悪い思いをこれでもかと味わう。
沈黙が続いていたが、先に口を開いたのはイアサントだった。
「ソレーユ、何か、言うことはないのか?」
「特に、何も」
瞼がじわじわ熱くなる。泣いてはいけないと思えば思うほど、悲しくなってしまった。 あのとき、どうすればよかったのか。
ギュスターヴと結婚し、命じられた通り隠し子を育てたらよかったのか。
それとも、婚約お披露目パーティーから抜け出したあと、イアサントに助けを求めればよかったのか。
今でも、正解が何だったかわからない。
「私は、ソレーユに言いたいことがある。今まで、誰にも言えなかったことだ」
「聞きたく、ない」
「聞け」
きっと、聞いてはいけないことをイアサントは言う。
せっかく忘れよう、忘れようと思っていた気持ちが、心の中で大きくなってしまうだろう。だから、ソレーユは耳を塞いだ。
拒絶しているのに、イアサントは立ち上がり、ソレーユの耳を塞いだ手を手に取る。
そして、背後からある言葉を耳元で囁いた。
「――、――、――」
それを聞いた瞬間、涙が溢れてしまった。
イアサントがソレーユに囁いたのは、愛の言葉と第三の選択。
彼はソレーユに告白した。心から、愛していると。
囁かれたのはそれだけではなかった。
王女との婚約を破談し、イアサントは誰とも結婚しない。
傍には、ソレーユだけを置く。
その代わり第二王子の子を二人で育てる、というものだった。
「そんなことが、許されるの? 王女は?」
「あちらには、どうやら不備があるようだ。どのみち、結婚はできないだろう」
「どういうことなの?」
「王女は替え玉を寄越している」
「!」
先ほどのコンスタンタンとイアサントの意味深な会話は、そういうことだったのだ。
おそらく、その替え玉の女性がここに滞在しているのだろう。
いったい誰のことなのか。
考えていたら、イアサントはソレーユの左手に自らの手を絡ませ、質問してくる。
「ソレーユ、それで、答えは?」
「私は――」
言葉にせず、コクンと頷いた。
イアサントはソレーユの薬指に口づけする。
まるで、結婚式の指輪の誓いのようだった。
ひとまず、問題が解決するまで、王の菜園にいるように言われた。
社交界に戻っても、針のむしろだろう。ほとぼりが冷めるまで、しばらく身を隠しておいたほうがいいのかもしれない。
話が一段落ついたあと、コンスタンタンとリュシアンが戻ってきた。
エステル王女の替え玉を連れてきたようだ。
ソレーユは固唾を飲んで、エステル王女の偽物の登場を待つ。
「――久しぶりだな、王太子殿下」
そう言って現れたのは、シルヴァンだった。




