お嬢様は秘密を持つ
リュシアンは侍女のロザリーと共に、アランブール伯爵家の厨房に立つ。
コンスタンタンと約束した、ウサギのミートパイを作るのだ。
あと一時間で、夕食の準備が始まる。だから、調理は急がなければならない。
アイロンが綺麗にかかったエプロンをかけ、腕まくりをした。
「ロザリーはマッシュポテトをお願い。わたくしは、ウサギを切り刻みますわ」
「了解です」
今日のミートパイは、ウサギ肉をまるまる一羽使う。
毛皮を剥ぎ、身一つとなったウサギは美しい薄紅色をしていた。
「見て、ロザリー。このお肉、とても綺麗」
「本当ですねえ。きっと、国王様の野菜を好きなだけ、お腹いっぱい食べていたんですよ」
「まあ、なんて贅沢ですの」
王の菜園のウサギは、リュシアンの故郷にいたウサギより一回り以上大きい。
肉質もよく、ムチムチとしていた。
まずは、肉を挽き肉状にする。リュシアンは容赦なく、ナイフでウサギ肉を切り刻んだ。
続いてタマネギとニンジンをみじん切りにし、調味料で下味をつけ、挽き肉と共にしっかり混ぜる。
その後、挽き肉をトマトソースでじっくり煮込んだ。
ミートパイに使った野菜は、リュシアンが家庭菜園で作った物ばかり。小麦粉は領地で作られた一級品だ。世話になるアランブール伯爵家の人々に食べてもらおうと、持ってきていたのだ。
「アンお嬢様、マッシュポテトが完成しました」
「ありがとう」
パイ生地は朝から仕込んでいたものを使う。皿に生地を敷き、マッシュポテトを広げる。次に、ウサギ肉のミートソースを重ねた。
それを何回か繰り返し、真ん中に炒ったクルミを入れる。ザクザクとした食感が、パイのアクセントになるのだ。
最後にミートソースを載せ、その上からパイ生地で覆う。溶き卵をたっぷり塗り、オーブンでキツネ色になるまで焼いたら完成だ。
夕食はまだなので、焼きの作業はあとにしておく。
リュシアンはロザリーと共に、私室へ戻った。
暖炉の中には小さな火が焚かれている。ロザリーはヤカンに水を入れ、暖炉の中心に置かれている鉄製の台に乗せた。
リュシアンは暖炉の前にある一人がけの椅子に腰かけ、燃える火をぼんやり眺めていた。
途中、ロザリーが淹れてくれた紅茶を飲む。
やっと、ホッとひと息つくことができた。
「アンお嬢様、ミートパイ、楽しみですね」
「ええ。きっと、今まで食べた中で一番、おいしいはず」
フォートリエ子爵領では、年に一度ウサギのミートパイ祭がある。
男がウサギを狩り、女がミートパイを焼いて皆で持ち寄って食べるのだ。
家々に味があり、フォートリエ子爵家に伝わるのは炒ったクルミ入りのミートパイだ。
コンスタンタンは気に入ってくれるだろうか。彼のことを考えると、自然と笑みが浮かぶ。
王の菜園の騎士、コンスタンタン・フォン・アランブールは物語の中から飛び出してきたような、典型的な騎士だった。
背筋はピンと伸び、キビキビと歩く。追いつくのが遅れると、振り返って待ってくれるのだ。
まるで、姫君になったような気分を味わってしまった。
背が高いので、顔は確認できていない。見上げようとすると、太陽の光が邪魔するのだ。
それほど、コンスタンタンの背丈は大きかった。
「アンお嬢様、今日はご機嫌ですね」
「ええ、だって──こんなに素敵な騎士様がいるとは、思わなかったから」
リュシアンは姉達に言われていたのだ。王都の騎士は軽薄で、女遊びばかりしているから気を付けるようにと。
しかし、コンスタンタンは生真面目で、遊んでいるようには見えない。
親切で、優しかった。
「アランブール伯爵から息子をどうだと言われた時、どうして是非! と言わなかったのですか?」
「だって、そういうお話をするのはお父様の仕事ですし、それに──」
リュシアンは自らの頬を撫でる。それは、素肌ではない。
白粉を目一杯はたき込んだ、化けの皮だ。
「わたくしの厚化粧に、アランブール卿は気づいたでしょうか?」
「男性は女性の化粧になんて気づきませんよ」
「だと、いいのですが」
リュシアンには秘密があった。それは──自らの肌に白粉を厚塗りしていること。
彼女は子どものころから、太陽の下を駆けまわっていた。
しかし、そのせいで肌は焼けてしまう。
見合いを断られた理由に、肌が白くないと言われたことがあったのだ。
きっと、コンスタンタンも肌が白い女性が好きなのだろう。
「お姉様達は、ずっとわたくしに忠告していたのに……」
外にでかけるリュシアンに、六人の姉は「日焼けするので、外で遊んではなりません」と言っていた。しかし、肌を焼いてはいけない理由にピンと来ていなかったリュシアンは、帽子も被らずに遊びにでかけていた。
そのおかげで、肌は健康的な色合いになっている。
社交界では、空前の美白ブームだ。白い肌に、青い血管が浮かんでいるような儚げな女性がモテるらしい。
リュシアンは研究に研究を重ね、なんとか色白に見える化粧法を身に着けた。
ついでに、青いペンで血管も首筋に描いておく。
知らない人から見たら、色白の令嬢に見えているだろう。
素顔は、絶対に他人に見せるわけにはいかない。
「わたくし、そばかすだってありますし」
「アンお嬢様のそばかす、可愛らしいと思いますけれど」
「そう思っているのは、ロザリーだけですわ」
「私以外、見ていないですけれどね」
そばかすを見せるなんて、恐ろしい。考えただけでもゾッとする。
「とにかく、王宮の夜会で結婚相手を見つけませんと」
「畑に出るのを許してくれる男性は、いるんですかねえ」
王宮の夜会には、国中から貴族男性が集まる。
きっと、リュシアンを自由にさせてくれる人がいるはずだ。
彼女はそう、信じていた。