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お嬢様は決意を口にする

 コンスタンタンはリュシアンの歩調に合わせ、ゆっくり歩いてくれる。

 普段、コンスタンタンがどれほどの速さで歩くのかリュシアンは知っているので、些細ささいな優しさに胸が温かくなる。


 コンスタンタンは途中で立ち止まり、リュシアンをじっと見下ろした。

 そして、苦渋の表情を浮かべ、話しかけてくる。


「アン」

「はい?」

「もしかしたら、我がアランブール伯爵家は、爵位を剝奪されるかもしれない」

「……」


 エステル王女の秘密を知りながらも、王太子に報告せずにシルヴァンをかくまっていた。

 それは、国と王家に忠誠を誓う騎士がしてはならないことだろう。

 最悪、アランブール伯爵家は財産の没収と爵位を剥奪されることは容易に想像できる。つまり、没落の一途いっとを辿ることとなるのだ。


「何もかも、失ってしまうだろう。そうなったら、アンは――」


 コンスタンタンは目を伏せ、拳を握りしめる。リュシアンはすぐさま、コンスタンタンの拳を包み込むように両手で握った。


「コンスタンタン様、一緒に、農業をしましょう。土を耕して、土壌を作り、種を蒔いて作物を育てるのです。収穫した野菜や果物が、わたくしたちのかけがえのない財産となるでしょう」

「アン……」

「農業は太陽と土と、水と、やる気があれば、どこでだってできますわ」


 だから、大丈夫。何も、失うということはない。リュシアンはコンスタンタンに瞳で訴えた。


「ありがとう、アン」

「いいえ。わたくしは、コンスタンタン様が進む道に、どこまでもご一緒いたします」


 コンスタンタンはリュシアンをぎゅっと抱きしめる。一瞬の抱擁だったが、二人の絆は今まで以上に深まった気がした。


 ロザリーとシルヴァンは、使用人用の休憩室にいたようだ。


「はい、シルヴァンさん、あーん」

「いいって言っているだろうが」

「温め直して、おいしくなっているので、食べてくださいよお。せっかく、みんなで作ったアップルパイなのに、食べないなんて可哀想です。お願いします。一口だけでもいいので!」

「う、まあ、そこまで言うのならば、一口だけだったら」

「ありがとうございます。はい、では、あーん」

「……むぐっ」

「おいしいでしょう?」

「まあ、おいしい」


 タイミングを見計らって、コンスタンタンとリュシアンは休憩室に入った。


「失礼する」

「うわあああああ!!」


 突然コンスタンタンが入ったので、シルヴァンは大げさなほど驚いていた。


「な、なんだ。あ、あんたか。何用だ? 王太子は、もう帰ったのか?」

「いいや、帰っていない。残念な知らせがある。王太子が、貴殿に会いたいと言っているのだが」

「は? 今、なんて言った?」

「王太子が、会いたいと」

「な、なんで? そういうのは、事前に面会の約束をしてから、来るのだろう?」

「ああ、そうだ」

「あいつ、礼儀もなっていないのかよ」

「今日はエステル王女に会うつもりはなかったのだろう」

「じゃあ、なんで会いたいと言ってきたんだ?」


 エステル王女の恰好をするのは、五時間ほど身支度がかかるらしい。今から急いで準備することは不可能だ。

 そもそも、カツラやシルヴァンの体にぴったりのドレスすらなかった。


「王太子殿下はおそらく、私達の態度や、貴殿の様子を見て、何かピンときたのかもしれない」

「なっ!」

「王太子殿下は、洞察能力が優れているお方だ。そんな人物を相手に、隠し事をしようと思うこと自体、間違っていたのかもしれない」

「……」


 観念して、会いに行くしかないのだろう。シルヴァンは大罪人が捕まってしまったかのような、絶望を顔に浮かべていた。


「正体をバラすって、あんたらも無傷じゃ済まないぞ」

「わかっている。覚悟はしている」

「さすが騎士だな。肝が据わっている」

「そんなことはない。これでも、今にも座り込んでしまいそうなほど、落ち込んでいる」

「え? そんなふうには見えないが」

「私とて人間だ。家の存亡がかかっていたら、大きな衝撃も受ける」 

「そう、か。でも俺、バレたらどうなるんだろうな」

「亡命でもして、この国に保護を頼めばいい。きっと、王太子が身元保証人になってくださるはずだ」

「そんなこと、してくれるかな」

「事情をきちんと話したら、恩赦してくださるだろう」

「でもさ、俺が話をすることで、戦争にならないよな?」


 それは、否定できない。

 偽物の姫君を寄越よこしてきたということは、裏切りの行為だろう。戦争の火種となる可能性は大いにあった。


「しかし、王太子殿下にとって、エステル王女との結婚が破談となれば、都合がいいことがある。だから、丸く収めてくれるかもしれない」

「都合がいいことって?」

「ソレーユ嬢は、王太子殿下の妃候補だったのだ」

「げ、俺って、二人の間を引き裂いていたのか?」

「まあ、そういうことになる」

「そうだったのか」


 もしも、婚約をなくすことができたら、王太子はソレーユを王太子妃として迎えることができるかもしれない。ソレーユと第二王子との婚約は破談となっていないが、その辺は王太子の手腕でうまいことやってくれるだろう。


 コンスタンタンは改めて問いかける。王太子に、事情を話してくれないか、と。

 シルヴァンは、頷いて言った。


「――わかった。俺、王太子に、本当のことを話すよ」

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