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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は王太子の前に対峙する

 空気がキンと凍ったのを、リュシアンは感じる。

 それは、ソレーユが発する警戒から生じるものだった。

 逆に、普段は冷静な王太子の瞳に、カッと熱い炎が宿った気がした。


「ソレーユ! やはり、ソレーユだな? なぜ、黙って姿を消した!?」


 王太子は、恐ろしい表情でソレーユへと迫る。

 このままソレーユと王太子を真っ正面から対峙させるわけにはいけない。そう思って、リュシアンは二人の間に割って入った。


「あ、あの!」


 王太子は歩みを止めたが、リュシアンをジロリと睨む。

 それはリュシアンを骨まで燃やし尽くすような、地獄の業火のような瞳である。

 普段は温厚な人物として有名だが、ソレーユを前にして怒りで我を忘れているのだろう。

 恐ろしかったが、退くわけにはいかない。

 ただ、一歩でも前に踏み込まれたら、リュシアンは膝から頽れてしまうだろう。

 それほどの、迫力があった。


 リュシアンはソレーユの主人だ。普段、彼女はリュシアンの世話を真面目に行い、暴漢が飛びだしてくることがあれば身を挺して守ると言ってくれている。

 出会って短いが、ソレーユとの間には、目には見えない絆のようなものが生まれていた。

 リュシアンはソレーユの主人として、彼女の心を守るために王太子の前に飛びだしてきたのだ。


 だが、相手は王太子。リュシアンが一人で守りきれる存在ではない。あまりにも、強すぎる。


 王太子の瞳には、怒りと焦燥、それから、ほの暗い感情が見え隠れしていた。

 他国の王女と結婚するために、ソレーユと結婚する予定を撤回したと聞いている。それは、本人的に不服と思っていたことなのかもしれない。

 おそらく、王太子はソレーユを愛していたのだろう。でないと、ここまで感情をむき出しにしない。

 王女との結婚も、本心では断りたかった可能性が大いにある。ただ、王太子という立場がそれを許さなかった。


 王太子の怒りの表情から、リュシアンは複雑な感情の機微を読み取った。もちろん、想像であるが。


「リュシアン嬢、ソレーユと、二人で話をしたい。そこを、退いてくれ」

「な、なりません」

「命令だよ。退いてくれ」


 足がガクガクと震える。けれど、負けるわけにはいかない。

 そう思っていたのに、心はくじけそうだった。


 そんなリュシアンに、助けの手が差し伸べられる。

 震える肩を抱いてくれたのは、コンスタンタンだった。


「殿下、ここで立ち話もなんです。どうぞ、客間へ」

「……」

「お願いいたします」


 王太子は何も言わずに、踵を返す。そして、そのまま客間へと入っていった。

 胸に手を当て、安堵の息をはいた瞬間、膝から力が抜けてしまった。

 コンスタンタンはリュシアンをしっかり支え、何かを訴えるような目で見下ろす。それは、リュシアンを鼓舞するような力強い瞳だった。

 今ここで、倒れている場合ではない。戦いは、終わっていないのだから。コンスタンタンはそんなことを、リュシアンへ伝えているような気がした。

 不思議なもので、今まで感じていた恐怖はきれいに消え去る。一瞬で、気持ちが入れ替わった。

 リュシアンは大きく息を吸い込んで、はく。そして、コンスタンタンから離れて、自分の二本の足で立った。そして、ソレーユを振り返る。


 ソレーユは雨の日に捨てられた、子猫みたいな表情でいた。

 先ほどコンスタンタンがしてくれたように、リュシアンはソレーユの手を握って勇気づける。

 気の毒なことに、ソレーユの手は冷たく、微かに震えていた。

 目で訴えるということはできないので、小さな声で耳打ちする。


「ソレーユさん、大丈夫です。ゆっくり、お話をしましょう。きっと、わかってくださるはずです」

「え、ええ」


 握っていた手は、ぎゅっと力強く握り返される。

 ソレーユの震えは止まった。もう、大丈夫だろう。


 もう一人、顔面蒼白となっている者がいた。

 王太子と婚約した王女として、この国へやってきたシルヴァンである。

 彼の正体について、知るのはコンスタンタンとグレゴワール、そしてリュシアンだけだ。このまま、王太子と顔を合わせるわけにはいかない。

 二人分のブールドロを手に取り、ロザリーへ差し出した。


「ロザリー、ごめんなさい。今から、王太子殿下とお話をしますので、アップルパイはシルヴァンさんとお二人で食べてください」

「はい、わかりました」


 ロザリーは回れ右をし、シルヴァンへ声をかける。去りゆく二人の背中を見ながら、リュシアンはホッと息をはいた。


 そして、ソレーユの背を押し、客間へ向かった。そこには、長椅子にどっかりと座る王太子の姿があった。

 いるとわかっていたのに、「ヒッ!」と悲鳴をあげそうになる。まだ、王太子の表情が怒気に染まったままだったからだ。


「二人とも、座ってくれ。ソレーユもだ」

「失礼いたします」


 コンスタンタンが座るのを確認し、リュシアンも隣に腰かける。

 ソレーユは王太子からもっとも遠い位置に置かれていた、一人がけの椅子に腰を下ろした。 


「さて、何から話せばよいのやら」


 その言葉に反応したのは、ソレーユだった。早口でまくし立てるように発言する。


「アランブール卿とリュシアンさんはまったく関係ないわ。私が、勝手に行動して、お二人に迷惑をかけただけで、私の事情なんて一切知らないし、匿っているわけでもありませんので」

「なるほど。コンスタンタンとリュシアンさんは、ソレーユの事情を知っていて、善意からソレーユを匿い、守っていたというわけか」

「!」


 王太子はソレーユの嘘を瞬時に見通す。ソレーユはパッと顔を上げ、信じがたいという目で王太子を見た。


「ど、どうして……?」

「ソレーユ、君は気づいていないかもしれないが、嘘をつくときは、目をそらし、拳を握っているんだよ」


 思っていた以上に、王太子は手強かった。  

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