お嬢様一行は休憩する
「安心してくださいませ。木に登るのは、わたくしとロザリーですので」
リュシアンの言葉を聞いたソレーユは、ぎょっとする。
「登るのがリュシアンさんでも、安心できないわ。他に、人を呼べばいいのでは?」
「大丈夫ですわ。わたくし、リンゴの収穫期は、毎年お手伝いに行っていましたの。報酬のリンゴを目当てに。一日に、五箱分以上はリンゴを収穫していたかと」
「あなた、本当に子爵令嬢なのよね?」
「ええ。間違いありませんが」
ソレーユは返事をせずに、盛大なため息をついていた。
「リンゴの木は、そこまで高くないので、大丈夫ですわ」
「そのスカートで、登るのね」
「ええ。ストッキングとドロワーズを穿いているので、心配ご無用です」
「もしも木から落ちてきても、リンゴ以外受け取る自信がないわ」
「受け身は、この前コンスタンタン様から習いましたので」
「……」
ソレーユが呆れて物も言えなくなった隙に、リュシアンはロザリーとシルヴァンに声をかける。
「さあさ、始めましょう。シルヴァンさんは、ロザリーが収穫したリンゴを下から受け取ってください」
「本当に、あんたら二人が木に登るんだな」
「ええ」
「大丈夫ですよお。リュシアンお嬢様と私は慣れているので」
「ええ。任せてください。ロザリーは、木に登ってリンゴをもいでくださいね」
「はーい」
こうして、リュシアンとロザリーの木登りが開始される。
ソレーユはハラハラした様子で木登りを見守り、シルヴァンはロザリーを見上げたらスカートの中身が見えてしまうので、逸らした顔を真っ赤にさせていた。
リュシアンは慣れた様子でするすると木の上に登っていく。太い枝に腰かけ、エプロンにもいだリンゴを置いていった。五個もいだらリンゴを包み、長い紐で結ぶ。それを、ゆっくりソレーユのいるほうへと下ろしていった。
一方、ロザリーは豪快に、シルヴァンへエプロンに包んだリンゴを投げる。
「いきますよー」
「ああ!」
「えい!」
シルヴァンはタイミングよく、リンゴが包まれたエプロンを受け取っていた。
その後、リンゴは箱に詰められ、エプロンと紐は投げて返される。
それを何度も繰り返した。
収穫には三時間もかかった。リンゴでいっぱいになった箱を、荷車でアランブール伯爵邸まで運んでいく。
「たくさん採れましたね。ソレーユさん、お疲れ様でした」
「もう、くたくたよ」
途中で一歩も歩けないと言うので、シルヴァンが牽く荷馬車にソレーユを乗せた。
「うわ、重いっ!」
「失礼ね!」
「本当のことを言っただけだ」
シルヴァンの遠慮のない物言いに、ロザリーは笑う。
彼はどうやら、自由気ままに育ったようだ。その天真爛漫さを、リュシアンは眩しく思う。
正統な後継者ではないからと、シルヴァンは尖塔に幽閉されていた。息苦しい毎日だっただろう。許されるのであれば、王の菜園でのびのびと過ごしてほしい。リュシアンは切に思う。
荷車はアランブール伯爵家の裏口に停め、厨房にリンゴを運ぶ。
「シルヴァンさん、ありがとうございます」
「おう」
「リンゴの収穫は、いかがでした?」
「すげえ楽しかった」
「よかったです」
だが、仕事はこれで終わりではない。そう言うと、ソレーユとシルヴァンは目を丸くしていた。
二人の体力は限界のようだ。一休みが必要だろう。
「その前に、少しだけ休憩しましょうか」
ソレーユはホッとした表情を見せ、シルヴァンは「やったー!」と言って喜んでいた。
「では、わたくしとロザリーでお茶とお菓子の準備をしますので、お二人は二階の居間で待っていてくださいな」
「え、待って。私もお茶の準備をするわ」
「俺も、何か手伝う」
自分たちだけ休むわけにはいかないと思ったのだろう。しかし、ソレーユとシルヴァンは明らかに疲れている様子だった。
「では、お二人には、お片付けをお願いいたします。わたくしたちは、準備をいたしますので」
「いいの?」
「ええ。あとで、楽をさせていただきます」
「だったら、お言葉に甘えて」
ここで、二手に分かれる。リュシアンはロザリーを連れて、厨房に向かった。
ロザリーは湯を分けてもらい、紅茶を淹れ始めた。リュシアンは昨晩作った菓子を厨房の棚から取り出し、白磁の皿に盛り付ける。
作った菓子は、『サブレ・ディアマン』と呼ばれるもの。型抜きしたサブレに、グラニュー糖をまぶして仕上げる。散らしたグラニュー糖がキラキラして見えるので、ダイヤモンドを意味するディアマンが名前についているのだ。
紅茶と菓子、それぞれ銀盆に載せて二階まで運ぶ。二階にたどり着いたら、ティーワゴンに載せて、居間を目指した。
居間で待つソレーユは背筋を伸ばして長椅子に座っていたが、シルヴァンはぐったりと身を預けていた。対照的な二人の態度に、リュシアンはくすりと微笑む。
「お待たせいたしました」
「アンお嬢様特製の、絶品サブレですよ~」
テーブルに置かれたサブレを見て、ソレーユは驚いた。
「こちらのサブレ、リュシアンさんが作ったの!?」
「はい。お口に合えばいいのですが」
ソレーユは信じ難い、という目でサブレとリュシアンを交互に見ていた。
「あの、一つ、質問してもいいかしら?」
「ええ、どうぞ」
「なぜ、お菓子作りをしようと思ったの? 普通、お菓子を作るのは、菓子職人の仕事でしょう?」
「それは──」
リュシアンが菓子作りを始めたきっかけは、ロザリーの家に訪問していた時だった。
ある日、ロザリーの母親が、大きなカボチャパイを焼いたのだ。それを見たロザリーの家族は目を輝かせ、笑顔でカボチャパイを頰張る。それを、ロザリーの母親は幸せそうに眺めていたのだ。
「そこでわたくしは、料理を作るとみんなが笑顔になって、幸せな気持ちになれるんだなと気づいたのです」
ソレーユは、目の前でサブレを頰張るシルヴァンを見た。実に、幸せそうだった。
「お菓子を作ることって、すごいのね」
「ええ、そうなのですよ」
ソレーユはサブレに手を伸ばし、半分サクリと頰張る。
「すごくおいしいわ」
「ありがとうございます」
リュシアンも一枚食べてみた。サクサクとした食感の中に、バターの豊かな香りが口いっぱいに広がる。サブレはおいしく焼き上がっていた。
「あの、リュシアンさん」
「なんですの?」
「私にも、お菓子は作れるかしら?」
「ええ、作れますわ」
「本当に?」
「ええ。お菓子は、分量をきちんと量って、作り方の手順を守ったら、誰にでもおいしくできるものです」
「だったら、私にも、作り方を教えてくれないかしら?」
ソレーユの言葉に、リュシアンは笑顔で頷いた。




