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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は蜜リンゴについて語る

 リュシアンの先導で、王の菜園を進んでいく。


「今のシーズンに収穫できるのは、根セロリ、ラプンツェル、ケール、カブ、ジャガイモにカボチャ、ニンジン、キャベツ、白菜、大根、ブロッコリー、タマネギと種類が豊富です」


 畑から覗かせる葉を見ただけで、リュシアンにはどの野菜かわかるのだ。

 リュシアンの説明を聞きながら、シルヴァンは感心するように深々と頷いている。


「へえ、まるで、野菜の宝石箱だな」

「まあ、素敵なたとえですわ」


 そんな二人から少し遅れて歩くのは、ソレーユとロザリーだった。

 普段、庭の散策と言ったら五分と歩くこともないソレーユは、真っ赤な顔をしてぶつくさと物申す。


「ちょっと、ここ、どれだけ広いのよ!」

「王様の菜園ですからねえ」

「まさか、こんなに歩くことになるとは、思っていなかったわ」


 ソレーユは持ち前の根性で、リュシアンについて行っていた。


 一行がたどり着いたのは、リンゴの木がずらりと並んでいる場所。

 ほとんどの木は収穫済みだったが、三本だけ収穫していないリンゴの木があった。


「本日は、ここの蜜リンゴの収穫を行います」

「蜜リンゴってなんだ?」

「果肉に、蜜が入っているように見えるリンゴをそう呼ぶのです」


 リュシアンは背伸びをしてから手を伸ばし、リンゴをもいだ。ポケットからナイフを取り出して、リンゴを半分に割る。切り口を、シルヴァンに見せた。黄色い果肉に、蜂蜜に似た蜜が入っているのがわかる。


「この通り、たっぷり蜜が詰まっているでしょう?」

「うわ、すげえ! なんで、こんなに蜜が入っているんだ? 途中で、蜂蜜でも注入しているのか?」

「いいえ、これは、自然にできたものです」

「噓だあ。蜜の入ったリンゴなんて、今まで見たことない」

「ええ。通常、リンゴは熟れる前に収穫します。しかしその状態では、このように蜜は入りません。大事なのは、生育する場所と収穫するタイミングですの」

「どういうことなんだ?」

「それはですね──」


 まず、リンゴの木を日当たりのいい場所に植え、普通に生育させる。

 ここまで説明して、シルヴァンはハッとなる。


「わかった。ここにある土壌は、すごい力を持つ特別な土なんだ!」

「いいえ、土壌は普通ですわ」

「ええー……。じゃあ、場所と、タイミング……。う~ん、いや、わからん」

「リンゴは太陽の光を浴びると、甘味成分を作り出しますの。それは、葉から実のほうへと流れていきます」


 甘味成分は、実に入ると糖に変化する。


「リンゴが熟れてくると、実は糖で満たされます。その状態で甘味成分が送られると、甘味成分の居場所がなくなって、実の中で別の形となって現れるのです。それが、リンゴの蜜の正体ですわ」

「はー、なるほど。蜜リンゴっていうのは、最高に完熟しきったリンゴというわけか」

「ええ、その通りですわ」


 通常のリンゴは、完熟する前に収穫される。そのため、実の中に蜜ができることはほぼない。


「完熟しきったリンゴは、収穫後は日持ちしませんからね。ある意味、贅沢ぜいたく品なのですよ」 

「そうだよなあ。これだけ熟れていたら、腐るのも早いだろうし」

「ええ」


 リュシアンは半分に割ったリンゴの片方をロザリーに手渡し、もう片方をナイフで剝く。それを、シルヴァンに手渡した。


「どうぞ。召し上がってみてください」

「え、ここにある野菜や果物は、国王の物なんだろう? 食べてもいいのか?」

「特別な許可が下りていますので、心配はご無用です」

「許可?」

「はい。わたくし達は、この王の菜園の作物を使って、事業を始めようとしているのです。それに関することならば、収穫したり、食べたりすることは、許されていますの」

「へえ。だったら、この蜜リンゴで、何かしようと思っているのか?」

「ええ。喫茶店で出す料理のメニューの一つにできればと」


 国王への蜜リンゴの出荷は今朝終わった。今残っている分は、王の菜園の事業のために残してあるものだった。


「そういうわけですので、どうぞ」

「おう。じゃあ……」


 シルヴァンは、蜜リンゴを囓った。すると、カッと目を見開く。


「なんだこれ、すっごく甘い! こんな甘いリンゴ、初めて食べた! すげえな。なんだこれ!」


 シルヴァンは蜜リンゴを、「間違いなく、世界一おいしいリンゴだ」と大絶賛した。

 ソレーユも食べたそうにしていたので、リュシアンは皮を剝いたものを三等分にして差し出す。一つはソレーユに、もう一つはロザリーに、最後の一つはリュシアンの分だ。


「ソレーユさん、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 ソレーユは蜜リンゴを持ったまま、居心地悪そうにしていた。立ったまま、何かを食べたことがなかったのだろう。

 リュシアンはドレスにかけていたエプロンを外し、地面に敷いた。そこに、座るように促す。


「そんな。リュシアンさんのエプロンに座るわけにはいかないわ」

「どうぞ、お気になさらずに」

「でも……」


 リュシアンが先に座ると、ソレーユも渋々といった感じで腰を下ろした。

 そして、蜜リンゴを食べ始める。


「あ……おいしい。甘いけれど、さっぱりしていて後味が爽やかだわ」

「ええ。とってもおいしいリンゴです」


 この蜜リンゴを、今から三人で収穫する。ざっと数えたところ、三本の木に百個ほど残っていた。一度収穫を終えてなお、これだけの量が残っているのだ。


「では、今から木に登って、みなさんで収穫をしましょうか」


 リュシアンが笑顔で言った言葉に、ソレーユとシルヴァンは顔を引きつらせていた。

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