堅物騎士は、王女の真実を耳にする
シルヴァンをアランブール伯爵家の客間へと案内し、人払いする。グレゴワールとリュシアン、コンスタンタン、シルヴァンだけとなった。
ソレーユが用意した紅茶を飲んだが、落ち着かない。
シルヴァンが男であることに触れていいのか悪いのか。コンスタンタンは眉間に皺を寄せながら考える。
「それで、俺の秘密を知っているのは、あんたら三人なのか?」
「はい。王太子殿下より、お聞きしています」
「王女が王の菜園で働きたいので、やってきたと。男装をして、と」
「ええ」
「それで、俺を見てどう思った」
「……」
シルヴァンの違和感には、グレゴワールも気づいていたようだ。何度も「コンスタンタン、これはどういうことなのか?」と問いかけるような視線を送っていた。
一方で、リュシアンは畑を案内したあとは何も気づかないふりを貫き通している。
一家の主よりも、リュシアンのほうが落ち着いているのはどういうことなのか。
そんなことはさておき、問いかけにはコンスタンタンが答えることにした。
気づかなかったふりはできないだろう。素直に思ったことを述べる。
「男装した女性ではなく、男性そのものだと思いました」
「やはり、誤魔化しきれなかったか。見ての通り、俺は男だ」
どういう反応を取ればいいのかわからない。とりあえず、両手で口を塞ぎ、おろおろしているグレゴワールの反応が正解でないことはわかるが。
リュシアンは真実が明らかになっても、凜としていた。その横顔は、美しい。
コンスタンタンも、動揺を顔に出さず毅然とふるまうよう自らを奮い立たせた。
「女装して、輿入れされた、ということで間違いありませんか?」
「そうだとしたら、お前はそれを王太子に報告するのか?」
「おそらく」
「だよな。普通、そうだ。でも、俺の秘密が知られたら、国家間の戦争になるぞ」
「……」
王女は受け入れるべきではなかったのだ。コンスタンタンは天井を仰ぎながら思う。
そんな中、リュシアンがシルヴァンに質問した。
「なぜ、そのようなことを?」
「本物の王女が護衛の騎士と駆け落ちしたからだ。王女を探している間、俺が身代わりを務めることになった」
シルヴァンは十三歳で、王女とよく似た容貌、背丈だった。そのため、王族の中から選ばれたのだという。
まだ、骨格が成人男性となる前だったので、女装しても違和感がなかった。
しかし、声だけはどうにもできなかったようだ。
「王太子を無視するのは、心苦しかったがな。しかし、俺の一挙一動に、二つの国の命運がかかっているんだ」
事態は思っていた以上に悪いものだった。コンスタンタンが拳を握ると、リュシアンがそっと手を添えてくれる。
リュシアンのほうを見ると、強くてまっすぐな眼差しが向けられていた。
まるで、思い詰めるな、一緒に対策を考えようと励ましてくれているように思えて、瞼が熱くなる。
「十三歳の王族といえば、王太子殿下ではないのですか?」
「いいや、違う。俺は王太子と同じ年に生まれた、国王と王妃の侍女との間に生まれた子だ」
つまり、シルヴァンは国王が浮気をしてできた子である。もちろん、継承権などない。それどころか、人目から隠すように尖塔の中で育てられたらしい。
「塔の中で育ったから、痩せ細っていると思ったのだろう。いつか国王に復讐してやると、毎日箒で素振りしていたんだ」
だから、シルヴァンの手のひらはゴツゴツしていたのだ。
「しかし、自分の正体を明かしたら、復讐になったのでは?」
「はじめはそのつもりだったんだ。でも──」
生まれた国から旅する中で、シルヴァンはさまざまな景色を見てきたようだ。
「賑やかな街、どこまでも続く草原、黄金色の麦畑、野菜を収穫する人たち。それらは、本の中の世界だと思っていた」
街の様子は賑やかで楽しく、自然のありようは美しい。
「働く人たちは一生懸命で──でも、戦争が起きたら、すべて壊れてしまうんだ」
シルヴァンは戦争が起きたら国がどうなるのか、よく理解していた。
もしも、まっさきに復讐していたら、今頃国は混乱状態のさなかにあったのだろう。
「でも、このまま王太子を無視しておくのも、一人で秘密を抱えるのも辛くて」
シルヴァンの目には、涙が浮かんでいた。彼はまだ、十三歳の少年である。大変な秘密を、一人で抱え込んでいたのだ。
「ただ、王女殿下が見つかっても、問題解決にはならないだろう。きっともう、王女殿下は駆け落ちした騎士と結婚しているだろうから」
一度結婚した王女だと言わずに輿入れされる。これはこれで、問題になりそうだ。
「俺、どうしていいのか、本当に、わからなくて……」
「大丈夫ですよ」
そう言ったのは、グレゴワールである。
「しばらく、ここでゆっくり過ごされてください。王の菜園の心優しい人々や、豊かな自然が、心を癒やしてくれるでしょう」
グレゴワールの言うとおりである。
問題は山積みだが、ひとまずシルヴァンに必要なのは心の休養だろう。
この地で、優しい人たちとふれあい、野菜を育てながら癒やされてほしいとコンスタンタンは思った。




