堅物騎士は、男装王女(?)について思い悩む
いったい、どういうことなのか。王女の男装姿は男にしか見えない。
コンスタンタンはじっとシルヴァンを見つめる。本当に女性なのかと。
しかし服を着た状態では、判断し難い。
リュシアンも同じことを考えているのだろう。戸惑っているのか、瞳が揺れているように見えた。
「ここ、入る前に、靴を消毒するんだろう?」
シルヴァンに問われてハッとなる。動揺している場合ではなかった。中へと案内しなければ。
門番の騎士は、すぐさま消毒用のタライを出していた。シルヴァンは自ら進んで靴を消毒してくれた。
「これでいいか?」
騎士が頷くと、白い歯を見せて微笑んでいた。
あれが本当に、王太子相手にだんまりを貫いていた王女なのか。第一印象は快活な少年だとしか思えない。
「よし。では、王の菜園の中を案内してもらおうか!」
設定では、シルヴァンはコンスタンタンの遠い親戚ということになる。敬語で話さなくてもいいだろう。不敬な気もするが、そうしないと高貴な身分であるとバレてしまうのだ。
「初めまして、コンスタンタン・ド・アランブールだ。彼女は、私の婚約者のリュシアン・ド・フォートリエだ」
「ああ、よろしく。シルヴァン・ド・ポーシャールだ」
コンスタンタンは手を差し出した。握り返したシルヴァンの手は、ごつごつしていた。
とても、宮殿育ちの王女様とは思えない。何か武芸を嗜んでいるのだろう。皮膚は厚く、柔らかいところはない。リュシアンの小さな手とは大違いだ。
会釈した時に、詰め襟のすき間から喉仏もチラリと見えた。
ここで、コンスタンタンは確信する。彼は確実に男だろうと。
ひとまず、アランブールの屋敷まで案内することとなった。
「ここが王の菜園で――」
「うわ、すげえ! こんなにたくさん、畑と野菜があるなんて!」
言葉遣いは王族とは思えない。だが、箱入りだったのは確かだろう。畑を見るのは初めて、といった感じだった。
「そうか、野菜は、こんなふうに作られているんだな」
「ええ、そうですよ」
リュシアンはしゃがみ込み、畑に生えていた黒キャベツを収穫する。
一枚ちぎって、シルヴァンに差し出した。
「なんだ、これ?」
「黒キャベツですわ。煮込んだらおいしい野菜なのですが、ここのはそのまま食べてもおいしいのです」
最近、リュシアンは王の菜園の野菜がどの料理と相性がいいか研究している。まずは、野菜を生で食べることから始めているらしい。
「え、これ、本当に生で食べても大丈夫なのか?」
「ええ」
本当は、綺麗に洗ってから食べたほうがいい。しかし、リュシアンは生で食べても大丈夫だという。
シルヴァンが受け取る様子がないので、リュシアンがパリポリと食べ始めた。
「シャキシャキしていて、噛んだらほのかに甘みを感じますわ」
「お、おう。では、俺も一口」
シルヴァンは恐る恐るといった感じで黒キャベツを受け取り、ぎゅっと目を閉じて口へ運んでいた。
「う――あ、あれ? おいしい!」
黒キャベツは普通のキャベツより色が濃い。そのため、苦いと思ったのだろう。
本当に、甘いのか。コンスタンタンがリュシアンを見ると、察してくれたのか黒キャベツを一枚ちぎってくれた。受け取ろうと手を伸ばしたが、想定外の展開になる。
リュシアンは黒キャベツを一口大にして、コンスタンタンの口元へと運んだのだ。
そのまま、リュシアンに「あ~ん」をされて黒キャベツを食べることとなる。
「コンスタンタン様、いかがですか?」
「甘い……!」
それは、リュシアンが手ずから食べさせてくれたからではないかと錯覚してしまう。
その後、黒キャベツ本体を受け取って食べてみた。
やはり、リュシアンが食べさせてくれた黒キャベツのほうが甘く感じた。
完全に、気のせいであることはわかっているが。
「普通の黒キャベツは、繊維が硬くて、ほろ苦いのですが、王の菜園の物では柔らかく、甘みを感じるように作っているのです」
「へえ、すごいな! どうして、こんなすごいものが作れるんだ?」
「秘密は、これですわ!」
リュシアンはしゃがみ込み、畑の土を両手で掬った。
その行動にギョッとしたのはコンスタンタンだけではない。シルヴァンも目を見開いていた。
「栄養たっぷりの土壌のおかげなのです」
「お、おう。そうか。しかし、言われてみたら、ここの土は黒光りしていて、なんだか不思議だな。あんま、土とか見たことないけれどさ」
シルヴァンは不思議そうにリュシアンの持つ土壌を覗き込み、手で触れていた。
「ふかふかだ!」
「ええ。この、土のお布団の中で、すくすく育ちますの」
「やっぱり、農業ってすごいんだな。本で読むより、現地でこうして見るほうが、ずっと深い!」
「そのように感じていただけると、嬉しいですわ」
どうやら、農業に興味があることは本当だったようだ。
初対面であるが、シルヴァンは素直でいい子に見える。
だから、余計にわからなくなる。
どうして男であるシルヴァンが、王太子の婚約者として連れてこられたのかと。
 




