堅物騎士は、男装王女(?)を迎える
エステル・ラ・ヴィクトリーア・レイン。
王太子に輿入れする予定の、十五歳の隣国の王女である。
結婚に不満なのか、用意された離宮が気に入らなかったのか、王太子と一言も口をきかないらしい。
国から連れてきた侍女だけを囲い、他の者は近づけようとしない徹底ぶりだとか。
無言を貫き通す王女のたった一つの要求が、「自然豊かな静かな場所で、ゆっくり過ごしたい。離宮は息が詰まる」というものだった。
そんな彼女が、性別を偽って王の菜園にやってくることが決まった。
男装は完璧で、男にしか見えないようだ。クレールも確認したらしいが、本当に少年のようだったらしい。
侍女は連れずに、身の回りの最低限のことは自分で行うという。代わりに、護衛を増やし、姿を見せずに身辺警護をするのだとか。
箱入り王女が侍女の手を借りずに、生活できるのか。コンスタンタンはいささか不安になったが、この状態であればアランブール伯爵家も受け入れやすい。
なんといっても、ソレーユが隣国の王女だと気づかないようにしてくれることはありがたかった。
偽名は、シルヴァン・ド・ポーシャール。アランブール伯爵家の遠い親戚だということにしておいた。
一応、コンスタンタンやリュシアンも、王女としてではなく、親戚の息子として接するようにと言われていた。
男装した王女であることは、気づかないふりをしなければならないようだ。
果たして、うまくいくのか。コンスタンタンは不安が募る。
一方で、リュシアンは嬉しそうに王女改め、シルヴァンを迎える準備をしていた。
ロザリーも同じことを思っていたようで、声をかけていた。
「リュシアンお嬢様、嬉しそうですねえ」
「ええ。王の菜園で働きたいとお聞きしているので、不自由ないように準備をしませんと」
尊い身分でありながら、野菜作りに興味を持っていることがリュシアンにとって嬉しいようだ。
農作業用のエプロンを縫い、長靴をせっせと磨いている。
一方、ソレーユは信じ難い、という表情でいた。
「農作業に興味がある貴族の子息っていったい……?」
その正体は、隣国の王女である、などと言えるわけがない。
王の菜園では、タマネギとカブの収穫が始まっていた。
リュシアンも畑に入り、せっせと働いている。
ソレーユはリュシアンの服が泥だらけになるたびに顔をしかめていた。これが、貴族令嬢のごくごく自然な反応なのだろう。
「ここ、虫も多くて、本当にイヤになるわ」
「だったら、屋敷に戻って待機していればいいだろう」
リュシアンのそばには、ロザリーがいる。そのため、ついて回る必要はないのだ。
「でも、前にリュシアンさんは誘拐されたのでしょう? 最低でも二人くらいはついていないと危険よ」
「それもそうだが」
「あら、あれ、何かしら?」
葉の上で、緑色に動く何かがあったらしい。ソレーユはしゃがんでのぞき込む。
「きゃ~~!!」
緑色に動く何かが、ソレーユの顔面めがけて跳んできたらしい。
ソレーユは驚くあまり、のけ反った挙げ句転んでしまった。
「ソレーユさん!」
作業していたリュシアンが走ってやってくる。
ソレーユの顔に跳んできたのは、蛙だった。
「まあ、冬眠しそびれている蛙ですわ」
ソレーユの頰に乗っていた蛙をリュシアンは優しく掴み、畑に戻してやる。
コンスタンタンは倒れたソレーユに手を貸したが、彼女は必要ないという。
「自分で、立てるわ」
ゆっくりと起き上がって立つ。リュシアンがソレーユのスカートに付着した土を払っていた。
「あの、ソレーユさん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。蛙とは思わなかったから、驚いただけ。ぜんぜん、平気なんだから」
そう言ったものの、ソレーユは涙目だった。
コンスタンタンとリュシアンは、見なかったことにした。
ジャガイモの収穫が最盛期にさしかかったころ、クレールが訪問してくる。
アランブール伯爵家の警備状態の視察ついでに、ジャガイモの収穫を手伝ってくれた。
「まさか、本当にしてくれるとは」
「俺は約束を守る男だからな」
リュシアンがクレールを労うので面白くなかったが、コンスタンタンは勤務中だ。ジャガイモの収穫に加わるわけにはいかない。
悔しい気持ちを抑えつつ、コンスタンタンは仕事に就いていた。
◇◇◇
一か月後――シルヴァンを迎える準備を終わらせた。
王太子はこの際だからと、王の菜園に騎士を増やしてくれた。三十名から、倍の六十名となる。
王の菜園での活動は王太子も支持している。そんな話が広まったので、もう王の菜園に配属されても「左遷された」なんて言わないだろう。
増えた予算で、休憩兼執務室も新しくした。
今までは休憩室と執務部屋が一緒にあったが、別々に造った。部下達も、上司のいない部屋でゆっくり休むだろう。
今までよりも警備は厚くなり、さらに隠密状態でシルヴァンを護衛する者も派遣されるようだ。
安全面が強化される。シルヴァンだけでなく、リュシアンも危険から遠ざける形となるので、コンスタンタンにとって嬉しい決定だった。
正午前に、シルヴァンを乗せた馬車が到着した。
一応、表面上は貴族の子息がやってくるだけ。そのため、供も連れずに一人で降りてきた。
コンスタンタンはリュシアンと共に迎える。
どんな人物なのか。うまく付き合っていけるのか。いろいろ考えていたら、緊張してしまう。
シルヴァンはチャコールグレイの髪にワインレッドの瞳を持つ、整った顔立ちの美少年だった。ただし、男装した姿ではあるが。
背がすらりと高く、手足も長い。女性的なラインは皆無。詰め襟の上着に、細身のズボンと長靴を履いている。
クレールの言うとおり、少年にしか見えなかった。
もちろん、コンスタンタンとリュシアンは気づかないふりをする。アランブール伯爵家の親戚の息子として、接しなければならないのだ。
どのように声をかけていいものか迷っていたら、先にシルヴァンのほうから声をかけてきた。
「よお。お前がアランブール伯爵か?」
「!?」
コンスタンタンはぎょっとする。リュシアンもだ。
シルヴァンの声は、声変わりした男性のものだった。
 




