堅物騎士は、王太子の無茶ぶりを聞く(だけ)
「実は、隣国の王女と婚約を結ぶこととなったのだが――」
とても、「おめでとうございます」と言える雰囲気ではない。
だが、王族同士の結婚は一応慶事であるので、祝いの言葉を述べる。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
正式発表は近日中にする予定らしい。王太子の結婚についての話は、ソレーユから聞いていた。隣国との関係は良好とはいえなかったが、これを機に仲良くしていこうという狙いが背景にある政略結婚だ。
王女の持参金は、財政再建の手助けともなる大事な婚姻である。
ただ、この結婚には裏事情がある。
王太子と結婚するはずだったのは、ソレーユだったのだ。彼女が第二王子との婚約お披露目パーティーから抜け出した話は、既に伝わっているだろう。
話はその件ではないかとコンスタンタンは予想する。ソレーユがいなくなった以上に深刻なことが起きているようだ。
「一週間ほど前から、隣国の王女が花嫁修業と称して我が国にやってきて、離宮で過ごしているのだが、一言も喋らないのだ」
王太子が話しかけても無視し、目すら合わせないという。
「王女は十五歳で、多感な年頃なのだろう。私とは十も離れているから、思い悩む気持ちも理解できるが……」
花嫁修業は三年。王女が十八の誕生日を迎える年に結婚するらしい。国王が一刻も早く持参金を手にしたかったために、花嫁修業という名目でやってくることになったようだ。
「将来の王妃があの状態では、非常に困る。しかしながら、厳しいことを言って婚約が破談となれば、国家間にも亀裂が入るだろう」
唯一、手紙を通して意思の疎通はできているらしい。そんな王女へ、何か要望がないかと聞いたところ、とんでもない希望が返ってきたのだという。
「自然豊かな静かな場所で、ゆっくり過ごしたい。離宮は息が詰まる、と」
ひとまず離宮から離れて暮らしたら、 考えも変わる可能性もあった。
しかし警護の関係で、一国の王女を遠くに住まわせるわけにはいかない。
そこで、クレールが王の菜園を守るアランブール伯爵家に身柄を預けるのはどうかと提案してきたようだ。
「ただ、王の菜園は新しい事業をする上に、結婚の準備もある。王女を受け入れる余裕などないだろう」
ただ、考えれば考えるほど、アランブール伯爵家以外相応しい家がないような気がしてならなかったという。
「何もない状態ならば、是非にと頼んでいたのだが」
「もしも、王女をお迎えする場合、警護の騎士を派遣していただけるのでしょうか? その、お恥ずかしい話、我が家はランドール卿の侵入を許した挙げ句、リュシアン嬢を――」「ああ、その点は心配いらない。精鋭の親衛隊を付ける。一度、家に持ち帰って、父君とよく話し合ってほしい。無理はしないでくれ」
「はい、ありがとうございます」
王太子の話はこれで終わりのようだ。
コンスタンタンとリュシアンは深々と会釈し、王太子の執務室をあとにする。
出口まで送っていくクレールが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「コンスタンタン、無茶な話を振って、悪かったな」
「気にするな。すぐに返事ができなかったことは、申し訳なかったが」
「まあ、即答はできないわな」
クレールはコンスタンタンの肩を叩き、今度埋め合わせをするという。
「アン嬢、クレールが今度、ジャガイモの収穫を手伝ってくれるらしい」
「あら、助かりますわ」
「埋め合わせはジャガイモ掘りか。いっちょやってやるよ」
まさか、本当に手伝うとは。コンスタンタンが目を丸くしていたら、クレールはぷっと噴き出した。
「コンスタンタン、お前も冗談が言えるようになったんだな」
「今まで、言っていなかったか?」
「初めて聞いた」
冗談も言わないほど、生真面目だったか。思い返してみたら、確かに言った記憶がない。
「柔らかくなったんだよ」
「何がだ?」
「コンスタンタンのお人柄が」
クレールはコンスタンタンの耳元で「リュシアンさんのおかげだな」と囁いた。
たしかに、リュシアンに出会ってから、考えや姿勢が変わっていた。その影響が、コンスタンタンの人格にも出ているのだろう。
「では、また! いい返事をまっている」
「ああ」
クレールと別れ、宮殿の裏に停められていた馬車へと乗り込む。
コンスタンタンはリュシアンとともに、家路に就くこととなった。
「アン嬢、先ほどの件について、どう思う?」
「難しいお話かと」
「だな」
王太子の話を聞いていたら、王女の性格は神経質な印象に思えた。
「コンスタンタン様は、どのようにお考えですか?」
「私は正直なところ、受けることはできないと思った」
「それは、責任と警備の心配からですか?」
「それもあるが、一番は王女を迎えた際、もっとも負担になるのはアン嬢だからだ」
王女の世話係は連れてくるだろうが、だからと言って存在を無視できるわけではない。
一緒の屋敷で暮らす以上、交流も必要だ。
そうなった場合、相手をするのは自然と同性であるリュシアンとなる。異性であるコンスタンタンが交流を深めたら、別の問題が生じてしまうからだ。
今回の件は命令ではなく、可能だったらと前置きがあった。無理に引き受ける必要はない。
「私はアン嬢に、負担をかけたくないのだ」
「コンスタンタン様……ありがとうございます。お心遣い、とても嬉しく思います」
リュシアンの問題に続いて、もう一点懸念がある。
それは、ソレーユの存在だ。
彼女にとって、王女の存在は面白くない相手だろう。それが態度に出て、不興を買ったら大変なことになる。
どうすればいいのか。悩ましい問題だった。
 




