堅物騎士は、公爵令嬢と話をする
コンスタンタンはリュシアンの両親に呼び出される。何かと思って客間に向かったら、そこにはソレーユも座っていた。
「どうぞ、おかけになって」
リュシアンの両親よりも堂々とした態度と口調でコンスタンタンに着席を勧める。
偉そうだと思いつつも、同時にそれも仕方ないと思う。
彼女は大貴族、デュヴィヴィエ公爵家の娘なのだから。
先ほど、リュシアンには「ソレーユ・ド・シュシュ」と名乗っていた。あれは、どういうつもりなのか。
その件について、フォートリエ子爵から説明がなされた。
「ソレーユ嬢とは、一度会っていたようで」
「ええ、偶然なのですが」
「その節は、本当にお世話になったわ。親切な騎士様」
「……」
腕を組み、偉そうに礼を言う様は女王然としていた。デュヴィヴィエ公爵家は王家の血筋である。偉そうではなく、偉いのだ。
しかし、そんな彼女がなぜ、供も連れずに一人旅をしているのか。明らかに、訳アリだろう。
そんな彼女はなぜ、リュシアンの侍女になることを望んでいるのか。
わからないことばかりである。
「それで、リュシアンの侍女にと望んでいるわけだが、アランブール卿は問題ないだろうか?」
問題は、大いにある。ソレーユはとんでもない事情を抱えているようにしか見えないからだ。
コンスタンタンが眉間に皺を寄せているのを見て、ソレーユは溜息を吐く。
「ああ、あなたに名乗らなければよかったわ。まさか、ここで再会することになるとは思わなかったもの。私も、名乗るほどの者ではないと言っておけばよかった」
「正直に言わせてもらえば、侍女が公爵令嬢と言ったら、アン嬢は気を遣ったり、萎縮したりするだろう。そんな毎日を送っていたら、疲れるに違いない。他を当たってくれと言いたいが……」
ソレーユはコンスタンタンの言葉を聞き、額を押さえて「はあ」と溜息をついた。
「私の婚約者も、それくらい気が遣える人だったらよかったのだけれど」
「婚約者、というのは」
「元、だけれど、私の婚約者だったのは、第二王子ギュスターヴ殿下よ」
「!」
第二王子はロイクールが仕えていた相手である。ソレーユは婚約を結んでいたらしいが、破棄したようだ。
「まあ、いろいろと女性関係で噂の多い御方でしたけれど、私にバレないようにするのならば許しましょう。そう思っていたわ。それなのに、初めての顔合わせの時に愛人を紹介されたの。しかも、一人じゃないのよ? 四人も! みんなと仲良くしてほしいって」
「……」
どのような反応をすればいいのかわからなくなる。貴族の結婚は義務だ。コンスタンタンとリュシアンのように、互いに想い合って結婚する夫婦はほとんどいない。
私情は後回しにして、結婚する。そのため、互いに愛人を持つ夫婦は珍しくない。
ただその存在は隠される。知ってしまったとしても、見なかった振りをするのだ。
互いに触れないように関わらないようにするのが暗黙の了解という中、第二王子は愛人をソレーユに紹介したという。
「呆れて、開いた口が塞がらなかったわ。でも、その時は私、笑っていたらしいの。よく覚えていないのだけれど」
悪びれもなく愛人を紹介する第二王子に内心怒っていたが、一度目の面会時は我慢した。
二回目の面会はすっぽかされる。
三回目の面会時には、もう一人愛人が増えていたが、ささいな問題だと思うようになった。
「四回目の面会は、婚約お披露目パーティーの日だったわ」
そこで、想像もしていなかったことを、第二王子より告げられる。
「愛人が妊娠したらしいの。それで、その子どもが男児だった場合、実の子として育てたいと」
愛人は富豪の娘で、大層な金を積まれたらしい。
第二王子は「君は僕と子どもを作るなんて、まっぴらだろう? ちょうどいいじゃないか」なんてことを笑いながら、世間話をするように言ってきたのだという。
「その発言だけは、許せなかったの。私は着の身着のまま、二階の窓から木を伝って飛び出したのよ」
そのままの足で華やかなドレスを売り、別の動きやすいドレスに着替えてから、王都をあとにしたらしい。
修道院へ行ったが、修道女は足りていると言われてしまった。そのため、どこか田舎貴族の家に侍女として働こうと考えていた時に、リュシアンの結婚を耳にしたようだ。
「もちろん、誰でもいいと思っていたわけじゃないわ。きちんと、お仕えしてもいい女性か見極めて決めようと思ったの。幸い、リュシアンさんは心優しい人だと、ひと目でわかったから」
リュシアンの両親に頼み込み、侍女として働くことを許してもらったらしい。
「でも、わたくしが公爵令嬢だと知ったら、遠慮してしまうでしょう? だから、黙っていようと思って」
コンスタンタンの眉間の皺が深まったタイミングで、フォートリエ子爵が助け舟を出した。
「ソレーユ嬢は妻の親戚、シュシュ家の娘ということにしておく。そのほうが、いいだろう。デュヴィヴィエ公爵家には、私が話を付けておくから、心配いらない」
リュシアンの父であるフォートリエ子爵が許可する上に、ソレーユの実家とも話を付けてくれるのならば問題ないだろう。
「そんなわけだから、リュシアンさんに私のことは内緒ね」
「ああ、了解した。生活の拠点はここではなく、我がアランブール伯爵領となる。その点は、問題ないだろうか?」
「ええ。先ほど、フォートリエ子爵夫妻から聞いたわ。アランブール伯爵邸は、王都郊外にある王の菜園の敷地内にあるのよね?」
「そうだ。虫や獣がいるが大丈夫だろうか?」
「どちらも得意ではないけれど、まあ、耐えてみせるわ」
この反応が、普通の貴族令嬢なのだろう。リュシアンが規格外なのだ。
それにしても、思っていた以上に第二王子は酷い人物だった。
フォートリエ子爵の「災難だったな」という言葉に、ソレーユは深々と頷く。
「そもそも、わたくしは王太子イアサント殿下と結婚するために、幼いころから花嫁修業をしていたの。正式に婚約は発表されていなかったけれど、結婚は確実と言われていたわ」
王太子は表立ってソレーユと会うことはなかったが、ずっと手紙のやりとりをしていたらしい。
そういえばと思い出す。コンスタンタンが王太子の近衛騎士だった時代、休憩時間にせっせと私的な手紙を書いたり、届いた手紙を淡い笑みを浮かべながら読んでいたりしたことを。きっと、ソレーユからの手紙だったのだろう。
「状況が変わったのは一年前。急に、他国の王女との婚約をするようにと国王陛下から命じられて――」
ソレーユの実家が出す持参金よりも、多額の持参金が積まれていたようだ。
国の財政もよくないため、願ってもない話だったのだろう。
結婚は王太子の意志では決定できない。そのため、あっさりと婚約は破棄された。
そのため、ソレーユは第二王子の結婚相手として再び婚約を結ぶこととなった。
「救いだったのは、イアサント殿下が、私と結婚できなかったことを残念だとおっしゃってくれたことかしら?」
未来の王妃になるために、さまざまな努力をしてきたのだろう。その結果がこれでは、あまりにも辛すぎる。
だが、彼女の教育のために公爵家もかなり出資をしたので、今回のことは痛手だ。実家がどういう反応にでるのかわからない。もしかしたら、連れ戻される可能性もある。
「絶対に、実家に帰るつもりも、ギュスターヴ殿下と結婚する気もないけれど。連れ戻すのならば、死んでやると伝言を頼んでいるわ」
ソレーユはまっすぐな瞳をコンスタンタンに向けて言った。
「私は私の尊厳を踏みにじる人を絶対に許さないの。そんな人に無理矢理従うように命じられたら、死んだほうがマシだわ。本当は、二階から飛び降りようと思ったの。でも、大きな木があったから、運命をゆだねることにしたわ。もしも落ちたら、私はこれまで。でも、怪我もせずに地上に下りたってしまった。だから、何もかも捨てて、旅だとうと決意したのよ」
その言葉は、小娘が言った勝手で無責任な発言にも聞こえる。
しかし、ソレーユは凜として、死すらも恐れないと言った。
理屈や常識を捻じ伏せる、不思議な力がある。
彼女には、王妃の器が備わっていたようだ。王太子との婚約が破談になったことは、本当に惜しいことだとコンスタンタンは思う。
今、ソレーユは何もかも吹っ切れたという顔付きでいる。
話をする中で、自らの気持ちとけじめを付けたのかもしれない。
「話を聞いていたら、王の菜園で何か楽しいことをしようとしているじゃないの。私も、何か手伝わせてくれないかしら?」
ソレーユの言葉に、コンスタンタンは深く頷いた。




