お嬢様は思いがけない出会いを果たす
フォートリエ子爵領まで馬車を走らせる間、リュシアンは顔が綻ばないように我慢していた。
目の前にはランドール家の侍女がいるので、思い出し笑いをするわけにはいかない。
だが、それも無理はない。
コンスタンタンがリュシアンに結婚を申込んだのだ。
しかもリュシアンが大好きな、ミモザの樹の前で。
片膝を突いて、世界でただ一人の姫君に忠誠を誓う騎士のように求婚してくれた。
こんなにロマンティックな出来事は、物語の中でもないだろう。
思い出しては、「はあ」と熱い息をはく。
結婚なんかしたくないと思っていたが、コンスタンタンが相手ならば今すぐにでも嫁ぎたい。
きっと、父も喜んでくれるだろう。
リュシアンは逸る気持ちを抑えながら、馬車の中で実家へ辿り着くのを待っていた。
ついに、フォートリエ子爵領へと戻ってきた。
馬車は村の入り口までしか入れない。ここで、ランドール家の侍女と別れる。
「短い間でしたが、お世話になりました」
侍女らは会釈を返し、馬車へ乗り込む。
去り行く様子を、コンスタンタンと共に眺めていた。
「おや、リュシアンお嬢様じゃねえか」
声をかけてきたのは、顔見知りの村人である。
「お久しぶりです」
「王都でのお勤めは終わったんですかい?」
「いいえ、少し立ち寄っただけです」
「そうだったんですかい。いやあ、さっきまで、旦那様がウロウロしていたんですが、リュシアンお嬢様を待っていたんですね」
「父が……」
「でも、もう陽も暮れるんで、帰ったほうがいいですよおって声をかけたんですよ」
寒空の下で、リュシアンが戻ってくるのを待っていたのだろう。
「アン嬢、早く行こう」
「ええ」
コンスタンタンはリュシアンの父から借りている馬ラピーを引き、フォートリエ子爵家の屋敷を目指す。
その道のりの最中で、思いがけない人物と出会った。
「きゃあ!!」
叢から、頭巾付きの外套を纏った女性が飛び出してきた。
ラピーを見て、悲鳴を上げたようだ。
素早くラピーを除け、リュシアンがいるほうへと回り込んだ。
「び、びっくりしたわ。人の気配があると思って出てきたら、馬がいるのですもの!」
「あの、大丈夫、でしたか?」
「ええ。怪我はないわ」
腰に手を当て、堂々たる態度で立つ女性は、とても美しかった。
猫の目のように吊り上がった亜麻色の目は、自信に溢れている。彫像の女神のように目鼻立ちは整っていて、口角は上を向いていた。
パールグレイの髪は絹のように輝いていたが、森の中をさ迷っていたのか葉っぱが付いていた。
リュシアンは手を伸ばし、葉っぱを取ってあげる。
「あら、ありがとう」
「いえ」
その後、女性にじっと見つめられる。リュシアンは顔に何か付いているのかと、頬に手を当てた。
「ねえ、あなた、フォートリエ子爵家のお嬢様?」
「そ、そう、です」
「私は、ソレーユよ。訳あって、家名は名乗れないのだけれど」
「わたくしは、リュシアンと申します」
互いに会釈し合う。
「私、あなたを捜していたの」
「わたくしを?」
「ええ。とある社交場で、あなたの結婚が決まったと聞いて、侍女を捜しているんじゃないかと思って」
「侍女……」
結婚の話が本格的に進むのならば、侍女はロザリーだけでは足りないだろう。もう一人必要だ。しかし、それを決めるのはリュシアンではなく父親だ。
ソレーユはリュシアンの両手を握り、必死な様子で訴える。
「私、実家から勘当されて、困っているの! 雇ってくれたら、嬉しいのだけれど」
「あの──」
「ちょっと待て」
間に割って入ったコンスタンタンを見たソレーユが、目を丸くする。
「あ、あなた、通りすがりの騎士その一!!」
「コンスタンタン・ド・アランブールだ」
「まあ、アランブール家の御方でしたのね」
どうやら、ソレーユとコンスタンタンは顔見知りのようだ。
「申し訳ないが、今は急いでいる。話はこちらの用事が終わってからにしてほしい」
「そうよね。ごめんなさい」
リュシアンはソレーユを家に招くことにした。
◇◇◇
久しぶりに、フォートリエ子爵家に戻ってきた。
騒ぎを聞いていた使用人達は、涙目で迎えてくれた。
「旦那様と奥様がお待ちです」
「ええ」
ソレーユは客間に案内し、もてなすようにお願いしておいた。
リュシアンの両親は、居間に揃っていた。
戻ってきたリュシアンを見るなり、駆けてきて抱きしめる。
「リュシアン!」
「無事で、よかった!」
「ご心配を、おかけしました」
怒られるかと思いきや、そんなことはなかった。
両親は涙を流しながら、リュシアンを迎えてくれた。
「リュシアン、すまなかった。私が、とんでもない縁組を進めたばかりに」
「私も、もっと反対していたらよかった」
ロイクールとの結婚について、母は反対していたようだ。
「本当に、ごめんなさい」
「いいえ、コンスタンタン様が助けてくださいましたから」
ここで、両親はコンスタンタンの存在に気づいたようだ。
リュシアンから離れ、深々と頭を下げる。大袈裟な様子だったので、コンスタンタンは居心地悪そうにしていた。
「お父様、お母様、その、立ち話もなんですので……」
「ああ、そうだったな」
「どうぞ、お座りになって」
ようやく、腰を下ろすことができた。




