お嬢様は堅物騎士の求婚に動転する
一瞬、リュシアンの思考が停止してしまう。
コンスタンタンが、リュシアンと結婚したいと言ったような気がしたからだ。
そんなことなどありえない。
「あ、の──……」
なんと答えていいのやら。
リュシアンは自分が聞いた言葉に、自信が持てなかった。
それほど、コンスタンタンから結婚を申込まれるというのは、夢のような話だからだ。
もしかして、コンスタンタンの発言を自分が都合のいいように聞き違えてしまったのだろうか。そんなことすら、考えてしまう。
パチパチと瞬きを繰り返していると、コンスタンタンが本日二度目のありえない発言をしてきた。
「突然こんなことを言って驚いただろう。しかし、結婚をしたら、私はアン嬢をずっと守れる」
やはり、コンスタンタンはリュシアンと結婚したいと言っていたのだ。
どうして? という疑問が押し寄せる。
その可能性の一つがすぐに思い浮かび、リュシアンは震える声で問いかけた。
「その……コ、コンスタンタン様は、責任を、感じているのでしょうか?」
「責任?」
「ええ。わたくしはアランブール伯爵家に滞在している中で、事件に巻き込まれました。もしかしたら、この件は表沙汰になるかもしれません。だから──」
「アン嬢、それは違う。それ以前から、私は結婚したいと考えていた」
「え?」
コンスタンタンは醜聞に晒されるリュシアンを気の毒に思い、結婚するのではないという。それよりも前から、結婚したいと思っていたと。
「な、なぜ、わたくしと?」
そう問いかけると、コンスタンタンはぎゅっと眉間に皺を寄せる。目が合うと、サッと逸らされてしまった。
ズキンと胸が痛む。聞いてはいけないことだったのか。
リュシアンがそう思ったのと同時に、コンスタンタンはリュシアンと結婚したい理由を目も合わせずに話し始めた。
「それは、アン嬢がとても明るく元気で、共に過ごしていると心が安らぎ、ずっと一緒にいたいと思う女性だから、だ」
リュシアンの眦に、涙が浮かんだ。コンスタンタンはありのままのリュシアンを見て、結婚したいと望んでいたようだ。
「何よりも、笑顔で畑仕事をしている姿が一番好きだ。とても、生き生きとしていて、その姿は…………美しい、と思っている。結婚できたら、と考えたことは一度や二度ではない。しかし、アン嬢は結婚の意思はないと話していた上に、私のような男には、とてももったいない女性だと、思っていた」
「そ、そんな。もったいないだなんて。わたくしのほうこそ、コンスタンタン様は色白で儚い女性がお似合いだと、思っていましたの」
社交界でもてはやされるのは、守ってあげたくなるような女性だ。猟銃を使いこなしたり、外で働きたがったりする女性など嫁の貰い手などつかない。
「コンスタンタン様のように完璧な御方と結婚するなんて、おこがましいにもほどがあると……」
「完璧? 私がか?」
「はい」
コンスタンタンはすぐに、そんなことなどないと否定した。
リュシアンはコンスタンタンほど立派で真面目な騎士を見たことがないので、いまいち否定されることにピンとこない。
そんなリュシアンを目の当たりにしたコンスタンタンは、眉間の皺を解しながら話し始める。
「情けない話なのだが──」
ここで、意外な告白を聞いた。
コンスタンタンの母親は病弱で、肌が白く青い血管が透けて見えていたらしい。そんな母を若くして亡くした結果、肌の白い女性を見ると強い死のイメージを抱き、気分が悪くなっていたと。
「ご、ごめんなさい。わたくし、知らずに肌を白粉で白く塗っておりました」
「いいや、気にしなくていい。アン嬢のおかげで、いつしか白い肌を持つ女性が平気になっていたのだ」
コンスタンタンはだんだんと、肌が白い女性にも元気で健康的な人もいると思うようになっていたようだ。日に日に、白い肌が持つ死のイメージも薄らいでいったと。
「次第に、もしもアン嬢が病弱だとしても、結婚したいと思うようになった。先に私とアン嬢の結婚を決意したのは父のほうで、すぐにフォートリエ子爵家に連絡したらしい。しかし、その時にはすでにランドール卿との婚約が決まっていて──」
「そう、だったのですね」
コンスタンタンとリュシアンはすれ違い、互いに手と手を取り合うことはなかった。
しかし、二人は両想いだったようだ。
「アン嬢、気を取り直して、結婚を申込んでもいいだろうか」
「はい」
コンスタンタンはミモザの樹の前に片膝を突き、リュシアンに手を差し出しながら言った。
「リュシアン嬢、私と、結婚してください」
リュシアンは堪えていた涙を、ポロポロと零す。
やはり、コンスタンタンから求婚されたことは、夢ではなかったのだ。
嬉しくて、嬉しくて、涙が次々と頬を伝って流れていく。
そして、震える手をコンスタンタンの指先に重ねた。
「わたくしでよろしければ、喜んで」
その瞬間、コンスタンタンはリュシアンの手を握り、立ち上がって抱きしめる。
「アン嬢、ありがとう」
「こちらのほうこそ、ありがとうございます。とても、嬉しいです」
コンスタンタンは言葉を返す代わりに、強く抱きしめる。
リュシアンは幸せなひとときを、コンスタンタンと共に堪能した。
こうして、二人は将来を誓い合った。
あとは、フォートリエ子爵領にいる父親に報告をするばかりだ。




