堅物騎士と、お嬢様
リュシアンが領地から連れてきた動物を確認する。厩舎に余裕はあるが、念のため把握しておくのだ。
「連れてきた動物? ええっと、ガチョウが二羽に馬、猫、ロバ、あとは……」
「アンお嬢様、鷹です、鷹」
「そう、鷹!」
「鷹!?」
リュシアンは上目遣いで、「畑の野菜を食べにくる野鳥を追い払うのに、鷹は絶対必要でしょう?」と言う。農業に鷹を使うことは、初めて聞いた。
それにしても、想定以上に動物が多い。
「そういえば、犬も連れてきていたような」
「そうでした!」
リュシアンはくるりと振り返り、指笛を吹いた。すると、叢から犬が跳び出してくる。すぐさま「伏せ」と命じ、褒美の干し肉を与えていた。
「それは、猟犬ですね」
「そうですわ。マロンといいますの」
マロンと呼ばれた垂れ耳で足が短い犬は、見下ろすコンスタンタンに鋭い警戒を向けていた。
「檻のほうが、いいですか?」
「ええ。大人しい子ですが、檻があればそちらがいいかと」
「使っていない檻があります。そちらをご利用ください」
「ありがとうございます」
猟犬は愛玩用の犬とは違う。大きなシカやクマとも物怖じせずに対峙するのだ。
自尊心が強い面もあり、普通の犬と同じように接した結果咬まれて病院に運ばれるうっかり者の話も多く聞く。
一方、リュシアンは猟犬の扱いも重々承知しているようだ。
「アン嬢は、狩猟に行かれるのですか?」
「いいえ、まったく。畑にやってくる、愚かな獣の退治をするために銃を握ることはありますが」
マロンは、畑に近づく野生動物から野菜を守る番犬の役割も果たしていたらしい。
フォートリエ子爵領は自然が豊かな場所である。おそらく、害獣被害も王の菜園の比ではなかったのだろう。
その中でも、野菜を食べるウサギの被害は甚大だったようだ。
「可愛らしい顔をしているのに、わたくし達が育てた大事な野菜を、カリコリパリポリと食べてしまうのです。罠を仕掛けても、引っかからず……。生産者をあざ笑うように、野菜をおいしくいただいていますのよ」
だから、畑でウサギを見かけた際、捕まえようと全力疾走したのだろう。
たしかに、ここでもウサギを始めとする害獣の被害は無視できない。農業従事者達の報告書も上がっていた。
秋は繁殖期となり、野生動物の活動も活発になる。また、冬に備えて身を付けるために、モリモリと野菜を食べにやってくるのだ。
「ちょうど三日前、対策会議を計画していましたが──」
騎士と農業従事者に招集をかけていたのに、忙しいことを理由に誰一人として参加しなかったのだ。
密かにショックを受けていたが、第十七騎士隊の隊長になったばかりのコンスタンタンが信用を得るのは難しいだろう。
「秋は収穫期ですので、仕方ありませんわ。わたくしの領地でも、誰かが出るだろうと言って、誰も来なかったことがあると、父が話していました」
「そうなのですね」
「ええ。よろしかったら、わたくしと二人で害獣対策を考えません?」
小首をかしげ、提案してくるリュシアンは女神のようだった。
◇◇◇
やっとのことでリュシアンを家に案内する。なんだかんだと、一時間ほど喋っていた。
朝食の席に遅れてやってきたコンスタンタンを父は珍しいと呟き、続けてやってきたリュシアンを見てさらに驚いていた。
「これはこれは! 驚いた。まさか、こんなに素敵なお嬢さんがいらっしゃるとは」
「アランブール伯爵。驚かせてしまい、申し訳ありません。てっきり、父が詳しく話しているのだとばかり」
フォートリエ子爵からの手紙には、リュシアンの名前しか書いていなかったようだ。
リュシアンは男性名なので、まさか令嬢がやってくるとは想定もしていなかったのだろう。
「リュシアン嬢──」
「アン、とお呼びくださいませ」
「えー、アン嬢、あなたが、農業従事者に農業の技術を教えてくれるということですか?」
「ええ。わたくし、姉弟の中でもっとも畑仕事を手伝っていましたの。土のことから害獣、害虫について、野菜の育て方から病気まで、なんなりと」
「はあ、それはそれは……」
食卓にリュシアンの分の食事が運ばれてくる。
コンスタンタンが椅子を引くと、リュシアンは笑顔で礼を言って腰かけた。
彼女は規格外の女性であるが、一応ひと通りの令嬢教育は受けているようだった。
「あの、アン嬢、先ほど、害虫がどうこうおっしゃっていましたが、虫は平気なのですか?」
父グレゴワールは食事時に虫の話をするなと制するが、重要なことだった。
ここは、外だけでなく部屋の中も虫が多い。若い令嬢が耐えきれる環境ではないのだ。
コンスタンタンの言葉に、リュシアンは首を傾げながら問いかける。
「虫が平気、というと?」
「嫌悪感を抱き、見ただけで悲鳴をあげるとか」
「ああ、そういうことですのね。平気ですわ。まったく、怖くありません。毎日畑に入って、ピンセットで幼虫を取る作業をしておりましたし、屋敷にいた大きな蜘蛛には名前を付けて親しみを覚えていました」
はっきり言いきった。これには、グレゴワールも目を丸くしている。
「蜘蛛は益虫ですのよ?」
「……!」
なんとも頼もしい、ご令嬢だった。
これで、肌の色が白くなかったら完璧である。彼女は少々、色白過ぎた。
首筋の青い血管を見ると具合が悪くなるので、そっと目を逸らす。
グレゴワールはゴホン! と咳ばらいし、質問を投げかける。
「ええっと、アン嬢、ここへの滞在は社交期の間とありましたが、他に目的が?」
「王宮の舞踏会に参加しようと思いまして」
「ああ。フォートリエ子爵の手紙に書いてありましたね。結婚相手を探していると」
「はい」
ここで、グレゴワールがとんでもない提案をする。
「うちの息子なんぞ、どうでしょうか? 真面目で、いい子なのですが」