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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は厚化粧を止めてみる

 リュシアンのために、ランドール家から侍女が宿に派遣されていた。

 ドレスや化粧品など、必要な物を持って、世話をするようにランドール辺境伯から命じられていたようだ。

 本当にありがたいとリュシアンは心から感謝する。

 着ているワンピースは古着で、髪は手入れができておらず跳ね広がっている。

 とても、人前に出られるような恰好ではなかったのだ。

 侍女がいなければ、清潔で華やかな状態を維持するのは難しい。一人では、何もできないのだ。今回、ひしひしと痛感してしまった。


 ロイクールに攫われ、誘拐した本人が熱で倒れてしまったために一人旅を決意。

 それが、間違いだったのだろう。

 ランドール家と実家の関係が悪化することなど考えずに、騎士隊に助けを求めればよかったのだ。おかげで、コンスタンタンに迷惑をかけてしまった。

 リュシアンは落ち込んでしまう。


 ただ、よかったことはある。

 日焼けしていて、そばかすがあるリュシアンの肌を、コンスタンタンは隠す必要などないと言ってくれたのだ。それは、とても喜ばしいことだった。

 コンスタンタンは肌の白さなど気にしていなかった。リュシアンの心配のすべては杞憂だったのだ。

 これで、厚化粧をする必要はない。そう考えたら、心が羽根のように軽くなる。


「リュシアンお嬢様、こちらのドレスは、朝までに寸法を調節しておきます。明日には、着られると思いますので」

「ええ、ありがとうございます」


 侍女達に感謝の気持ちを伝え、今日のところは眠りに就くことにした。


 ◇◇◇


 翌日、リュシアンはオリーブカラーの落ち着いた意匠のドレスを纏う。立ち襟で、フリルたっぷりのリボンが胸の前に結ばれていた。腰回りはキュッと絞られていて、スタイルがよく見える。合わせる編み上げブーツにも、リボンがあしらわれていて可愛らしい。

 今日は風が強く、冷えるということで、足先まですっぽりと覆う総丈の外套が用意される。

 朝食は自室で、パンとスープという軽食が用意された。素早く済ませ、身支度を整える。


「リュシアンお嬢様、お化粧はどのようになさいますか? こちらの、真珠パウダーが配合された流行の白粉もご用意しておりますが」


 侍女が差し出したのは、貝殻のケースに入った白粉である。白い肌を演出できる、流行の最先端をいく化粧品らしい。

 以前のリュシアンであれば、「お願いします」と返していただろう。

 しかし今は違う。白い肌を演出する必要などない。


「化粧は薄くで構いませんわ」

「かしこまりました。他に、何かご要望は?」

「お任せいたします」


 これまで重ねるように白粉をはたいていたが、今日はパフで軽く載せる程度。

 珊瑚色のアイシャドウを引き、コーラルピンクの頬紅を差し入れる。

 口紅はルビーレッド。少々派手だと思ったが、侍女に任せると言った手前、物申すことはできない。

 しかし、完成した化粧は、いつものリュシアンと違う。そばかすが薄く散っているのが分かるが、口紅の強い赤が隠してくれるような気がした。

 髪型は頬にかかっていた髪をロープ編みにして、左右の毛束を合わせてリボンで結ぶハーフアップにしてもらった。


 出発時間ギリギリだったが、なんとか身支度は整った。

 転ばないよう、速足で階段を下りた先にコンスタンタンが待っていた。


「アン嬢、おはよう」

「お、おはようございます」


 初めて、薄化粧で出てきた。昨日、素顔を見られているので緊張することではないが、それでもドキドキしてしまう。


「そのドレス、よく似合っている」

「ありがとうございます」


 化粧はどうなのか。聞いてみたいような、みたくないような。

 だが、どういうふうに見えているのか気になってしまう。勇気を出して問いかけてみた。


「あの、コンスタンタン様、今日のお化粧は、おかしくない、ですか?」

「ああ。アン嬢の表情が、今までよりも明るく見えるような気がする」

「そ、そうですか。それならば、よかったです」


 今までは陶器のような白さを目指し、白粉を塗りたくっていたのだ。表情も乏しいものだっただろう。

 コンスタンタンに明るくなったと言ってもらい、リュシアンは心から安堵した。


「ランドール辺境伯が、馬車も用意してくれたらしい。アン嬢は、馬車で移動するといい」

「コンスタンタン様は?」

「私は、フォートリエ子爵から借りた馬がいる」

「もしかして、ラピーですの?」

「そうだが」

「よく、乗りこなせましたね」


 リュシアンの父の馬、青鹿毛のラピーは暴れ馬としても有名だった。父親以外誰も乗りこなせずにいたのだ。それを、コンスタンタンはいとも簡単に騎乗してしまった。


「馬との相性もある。偶然、よかったのだろう」

「そう、だったのですね」


 決して、相性だけではないだろう。コンスタンタンの馬を操る長年の経験も、上手く乗りこなせた理由の一つなのかもしれない。

 美しいフォートリエ子爵領の草原を、コンスタンタンと二人で遠乗りできたら──。そんなことを考えていたが、コンスタンタンに声をかけられて我に返る。


「アン嬢、行こう」

「はい」


 コンスタンタンが差し出した手に、リュシアンは指先を重ねる。

 手が握られた瞬間、リュシアンはホッとした。

 コンスタンタンがいたら、大丈夫。もう何も、怖いことは起きない。そんな安心感があったのだ。

 彼とずっと一緒にいられたら、どんなにいいか。

 ロイクールとの婚約は白紙になったが、この先どうなるか分からない。

 今は、コンスタンタンと過ごす時間を大事にしよう。リュシアンは心から思った。


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