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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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堅物騎士は、ついに出逢う

 コンスタンタンはまず、街の騎士隊の詰め所へ向かった。

 受付にいた騎士に身分と名前を示し、ことの顛末を軽く話す。


「王の菜園で農業指導をしていたリュシアン・ド・フォートリエが婚約者ロイクール・ド・ランドールに無理やり連れて行かれ、ここの街に辿り着いたのだが、黒い熊の腕章を付けた、額に傷のある男に連れ去られてしまい──」


 受付の騎士は、コンスタンタンの話よりも、背後にいるガーとチョーが気になってたまらないようだった。チラチラと、鵞鳥ばかり気にしている。


「──というわけだが、もう一度説明したほうがいいだろうか?」

「あ、いえ、大丈夫です! す、すみません」


 黒い熊の腕章を付けた男について、何か知っているか情報提供をしてくれないかと頼み込む。加えて、事件解決のために力を貸してくれるよう頼み込んだ。


「上の者に報告してきますので、待合室でしばしお待ちください」

「ああ、わかった」


 待っている時間がもどかしい。その間、リュシアンが怖い目に遭っているのではと思ったら、座ってなどいられなかった。

 紋章を付けているということは、その辺のゴロツキではない。何かの徒党を組んでいる輩なのだ。

 単独で突っ込んでも、コンスタンタンに勝ち目はない。

 そのため、騎士隊の協力が必要なのだ。


 五分後、騎士隊駐屯地の隊長が直々にやってきた。

 四十代くらいの、黒髪に白髪が交じったガタイの大きい騎士である。

 彼は鵞鳥など気にせず、話を進める。

 簡単に挨拶を交わし、すぐに本題へと移った。


「まず、婚約者ロイクール・ド・ランドールについて聞きたい。なぜ、婚約者なのに、フォートリエ子爵家の令嬢は嫌がっていた?」


 嫌がっている、というのはリュシアンから直接聞いたわけではない。しかし、合意の上ならば、誘拐するように連れ去ることはしないだろう。

 コンスタンタンはそれらの事情も含めて話す。


「彼女は王の菜園で農業指導を行っておりました。それだけでなく、他にも仕事を抱えている中、彼女の意思を無視して着の身着のままで連れ帰ったのです」

「なるほど、な」


 いくら婚約者でも、誘拐することは赦されない。


「ランドールは、今どこにいる?」

「街に入ってすぐにある、宿屋です」

「彼は一時的に拘束し、話を聞くことにしよう」


 一応、ロイクールは風邪を引いて発熱し、動ける状態ではないこと。具合がよくなったら、騎士隊に事情を話しに行くつもりだったことを告げておく。


「だから、婚約者をここに連れてこなかったのだな」

「具合を心配しているというわけではなく、連れてきたら足でまといになると思ったのです。一刻も早く、リュシアン嬢を助けたかったので」


 ロイクールを引きずってでも連れてくるべきだったのか。考えるが、沸騰している頭の中では、何が最善であるか考えることは難しい。

 反省はあとだ。

 今は、リュシアンの救助を一番に考える。


「わかった。ロイクール・ド・ランドールは今すぐ拘束し、フォートリエ子爵家令嬢の救助作戦本部を開く」


 コンスタンタンは深々と頭を下げた。


「黒い熊の腕章を持つ組織は、把握している。傭兵上がりの集団で、下町で商売を始めているのだが、何度も問題を起こし、騎士隊も手を焼いている存在だ」


 業種は飲食で、酒を提供し、女性と共に飲み食いする店のようだ。

 そこで、リュシアンを働かせようとしているのだろうか。コンスタンタンは拳を握り、怒りを必死に抑える。


「一時間で準備をするから、もうしばらく待ってくれ」

「はい」


 人員の確保、武装の用意、作戦を練る時間など、出動するまで時間が必要なのだ。

 コンスタンタンは精神統一するため、静かに過ごす。

 ガーとチョーは一言も鳴かずに、コンスタンタンを挟んで大人しく座っていた。


 一時間後──騎士隊は下町の酒場に向かった。

 そこは、薄暗い路地裏にある平屋建ての店。今にも崩壊しそうなボロ屋で営業していた。

 逃げないよう、裏口と窓に騎士を配置しておくようだ。準備は整った。

 隊長が扉を叩きながら、声をかける。


「おい、話がある! ここを開けろ」


 店の出入り口は鍵がかかっていた。中から人の気配があるものの、扉は開かない。

 突然、窓から火炎瓶が騎士隊に向かって投げられた。

 ガラス窓を突き破り、地面に落ちた途端に炎上する。

 どうやら、酔っ払いが撒いた酒が地面に広がっていたようだ。

 騎士は散り散りとなって、炎から退避する。ガーとチョーもガアガア鳴きながら、逃げていた。

 隊長が合図を出したので、コンスタンタンは店の扉を蹴り破った。

 突入開始である。

 正面入り口と窓、裏口から一気に騎士が押し入った。

 内部はあまり広くない。

 カウンター席があり、奥にある棚には酒がまばらに置かれていた。円卓は四つ。酒瓶が落ち、食事をし終えたあとの皿が放置されている。床は綺麗に清潔な状態ではなく、油でベタベタしていた。


 そんな酒場に、ナイフや剣を持ち、革製鎧レーザーアーマーをまとった、武装した男達がいた。数は十五名ほど。

 コンスタンタンは単独で挑まなくてよかったと、心から思った。冷静な判断力を欠いていたら、一人で向かっていたかもしれない。


 目と目があった瞬間に、戦闘となった。

 室内戦闘では、いつも使っている両手剣は不利となる。コンスタンタンは刃が短い片手剣を抜いた。

 元傭兵だと聞いていたが、最近は戦っていないので腕がなまっているのか。コンスタンタンの敵ではなかった。

 頭を狙って振り上げた相手の剣の平を剣で受け止めて軌道を逸らす。大きく振りかぶった剣は空振りとなる。相手がよろけた隙に、急所である腹部に拳を叩き込んだ。

 ガーとチョーもリュシアンのため、果敢に戦っていた。

 ガーは飛び上がって翼で視界を覆い、チョーは連続蹴りを繰り出す。なかなか息が合った連携技だ。


「クソ、何事だ!!」


 カウンターから、男がでてくる。

 ロイクールが言っていた、額に傷がある大男だ。どうやら、店の地下に隠し部屋があるらしい。

 カウンターに上がり、戦っている男達に「騎士は全員店から追いだせ!」と命じていた。

 コンスタンタンはまっすぐに、その男へ向かう。

 額に傷のある男は、刃が反り返った短刀シミターを手にしていた。コンスタンタンに向かって、カウンターから跳びながら振り下ろしてくる。

 ひらりと躱し、床に膝を突いて剣が振り下ろした状態になったのと同時に相手の短刀を蹴り上げる。短刀は宙をくるくると舞った。

 素早く剣の切っ先を突き出し、問いかけた。


「アン嬢をどこにやった?」

「……」

「言え。今すぐ言わないと──」


 ジロリと睨み、どうするかは口にしなかった。


「ち、地下にいる! 田舎者の娘を集めて、牢屋に閉じ込めているから」

「!」


 男は騎士の手によって、拘束された。男のベルトに下げていた鍵を取り、コンスタンタンはすぐさまカウンターにある隠し階段から、地下部屋へと下りていった。

 酒場の地下は意外と広い。下町一帯の地下部屋は、繋がっているようだ。

 先の見えない一本道が通っている。

 ジメジメしていて、薄暗い上にかび臭い。そのような場所に、若い娘達が集められていた。

 廊下には、等間隔で蝋燭が置かれていた。点る火は、不安を煽るような弱々しさだ。


「誰かいるのか!?」

「こ、ここに!」

「お助けを!」


 若い娘の声が聞こえたので、コンスタンタンは走って向かう。

 突き当りに牢屋があって、女性達が閉じ込められていた。

 鍵を開いてやると、中にいた娘達が押し寄せる。

 リュシアンはどこにいるのか。もう大丈夫だと声をかけながらも、必死にリュシアンを捜す。

 騎士がやってくると、娘達はそちらのほうへ走っていく。小さな牢屋の中に、二十名ほどの娘達がぎゅうぎゅうに収容されていたようだ。

 最後の最後になって、リュシアンが姿を現した。


「アン嬢!」

「コンスタンタン様!」


 目と目があった瞬間、コンスタンタンはリュシアンを抱擁する。


「怪我はないか?」

「はい、ありません」

「怖かっただろう?」

「コンスタンタン様が助けに来てくださったので、何もかも吹き飛びました」


 もう何も恐ろしいことは起きない。コンスタンタンはリュシアンを安心させるように、もう大丈夫だと囁いた。


 一度離れ、リュシアンの顔色を覗こうと蝋燭を拾い上げて照らす。

 すると、リュシアンは一歩下がり、コンスタンタンから顔を背けた。


「すまない。眩しかったか?」

「い、いいえ。そういうわけではありませんの」


 だったら、どういうことなのか。深く聞いていいものか迷ってしまう。

 事情はわからないが、もう一度謝っておいた。


「すまなかった」

「いいえ。コンスタンタン様は悪くありません。悪いのは、その、わたくしで……」

「アン嬢が、悪い?」

「そう、なのです」


 ますますわからない。だが、この問題には触れないほうがいいことだけは察する。


「話はあとにする。とりあえず、上に戻ろう」

「あの、い、今、聞いていただけますか?」

「しかし」

「どうせ、上にいったら一目瞭然なのです」

「アン嬢、それはいったい──?」


 リュシアンは蝋燭が載った皿を手に取り、まっすぐコンスタンタンを見た。


「えっと、この通りでして」

「?」


 何がこの通りなのか。コンスタンタンは頭上に疑問符はてなを浮かべる。

 意外と元気そうでよかった、という感想しか浮かんでこない。


「コンスタンタン様、この薄暗い中では、わかりませんか?」

「すまない。まったくわからないのだが」

「わ、わたくし、肌が日焼けして、そばかすが散っているでしょう?」


 言われて見たら、いつものリュシアンと様子が違う。化粧が落ちてしまったようだ。

 日焼けしていると言うが、浅黒いわけではない。ごくごく平均的な肌の色だ。そばかすだって、コンスタンタンのいる位置からはわからない。


「あの、アン嬢、私には、まったく何がおかしいのかわからないのだが」

「で、では、地上に上がりましょう」


 リュシアンはコンスタンタンの手を握り、ずんずんと前を歩く。

 囚われの身となり落ち込んでいると思いきや、リュシアンの背中は活気に溢れていた。掴む手も、力強い。


 地上に上がると、窓から夕陽が差し込んできたのでコンスタンタンは瞼を細める。

 ゴロツキの姿はなく、騎士が連行したようだ。女性達も保護され、安堵した表情を見せていた。


 ふいに、リュシアンがコンスタンタンを振り返った。

 夕陽に照らされたリュシアンが、不安そうにコンスタンタンを見つめている。

 そこでようやくリュシアンが言いたかったことに気づいた。

 リュシアンは化粧をして、肌を白くしていたようだ。透けていた青い血管も、描いていたものらしい。

 素顔の彼女は、実に健康的だった。消えてなくなってしまいそうな儚さは、どこにもない。


「こ、この通り、わたくしは、コンスタンタン様に、嘘を──」


 おそらく、リュシアンは世間の令嬢の多くが白い肌であるのに対し、白くない肌に劣等感を抱いていたのだろう。ならば、コンスタンタンが言うべき言葉は一つしかない。


「もう、隠す必要はない。それは、悪いことではないのだから」


 コンスタンタンがそう言った瞬間、リュシアンは涙をポロリと零す。

 そんな彼女にコンスタンタンはハンカチを手渡し、頭巾の付いた外套を肩からかけてあげた。

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