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堅物騎士は、ついに出遭う

 リュシアンはコンスタンタンが以前泊まった宿にいる──!

 なぜ、街に辿り着いた時に調べなかったのかと自分を責める思いと、ロイクールに対する燃えるような怒りが同時に押し寄せる。

 焦燥感に苛まれ、視界がぐらりと歪んだ気がした。

 怒りが最大値にまで跳ね上がると、人はこうなってしまうのか。

 猛烈に怒るコンスタンタンとは別に、冷静に分析するコンスタンタンもいた。

 ガーとチョーがガアガア鳴き始めたので、ハッとなる。

 余計なことを考えている場合ではない。今はリュシアンを救出することだけに集中しなければいけない時だった。


 宿に辿り着き、速足で中へと入る。

 私服であったが、騎士の証明である腕輪を宿屋の店主に見せて話を聞くことにした。


「ここに、若い女性、リュシアン・ド・フォートリエが、宿泊していただろう?」

「え、ええ、おりました」


 宿屋の店主は、コンスタンタンの迫力にたじろいでいる。

 息を整え、なるべく圧力を与えないように話しかける。


「彼女は……?」

「今朝方、若い男性と口喧嘩をされていたようで」

「若い男性?」

「眼鏡をかけていて、育ちの良さそうな」

「ああ」


 ロイクールだろう。リュシアンは今朝、ロイクールと口喧嘩をしていた。

 元気な証拠である。

 ただ、喧嘩の内容はコンスタンタンが想像もしていないとんでもないものだった。


「なんでも、二人で、コンスタンタンという一人の男性を猛烈に奪い合っていたようで」

「は?」

「二人して、コンスタンタン、コンスタンタン、コンスタンタンとしきりに繰り返しておりました。食堂では、コンスタンタンとはいったいどんな色男なんだと、噂になっており──」

「……」


 どんな状況になったら、コンスタンタンの名前を何度も呼ぶような事態となるのか。

 コンスタンタンは眉間に皺を寄せ、深い溜息をつく。


「それで、今は──」

「ああ、なんでも、熱が上がってお倒れになって、今は二階の部屋で伏せっているようです」


 やはり、リュシアンは風邪を引いていたようだ。

 この肌寒い中、薄着で旅をしていたのだ。無理もない。


「それは、どこの部屋だ!?」

「か、階段を上がって二階の二番目の部屋です」


 騎士様だからと、宿屋の主人は部屋の鍵を渡してくれた。

 コンスタンタンは階段を駆け上がる。ガーとチョーも置いて行かれないよう、コンスタンタンのあとに続く。

 二階の二番目にある部屋の扉を叩く。


「アン嬢! アン嬢! 私だ!」


 女性の部屋なので、勝手に入ることはできない。返事があるのを待ったが、想定外の物音が中から聞こえた。

 寝台から転がり落ちたような、ドッ! という重たい音が聞こえたのだ。それから、食器が割れるような音も。


「アン嬢!! どうかしたのか!?」


 返事はなかったが、もう一度食器の割れる音がした。もしかしたら、風邪が悪化して苦しむ中、無理に起きようとして倒れてしまったのではないか。

 コンスタンタンはそう思い、一言謝ってから中へと入る。


「アン嬢、すまない。中へ入る!」


 鍵を開き、扉を開く。

 そこは、高い部屋ではないようだ。入ってすぐ寝台があるだけという、シンプルな部屋だった。

 部屋に蹲り、倒れていたのは──眼鏡をかけた育ちが良さそうな男、ロイクール。


「は?」


 コンスタンタンは想定外の状況に呆然としていたが、ガーとチョーは違った。

 ガアガアグワグワと攻撃的な声で鳴き、ロイクールに接近する。


「い、痛い、こら、止めろ、痛い!」


 ガーとチョーは、ロイクールを蹴り、翼で殴り、嘴で突く。

 ありとあらゆる攻撃を繰り出し、コテンパンにしていた。

 そんなガーとチョーに、コンスタンタンは声をかける。


「おい、眼鏡をかけているから、目を突いても無駄だ。突くなら、眼鏡の下を狙え」

「な、何を言っているのですか! ば、馬鹿なんですか! い、痛い!!」


 ガーとチョーはコンスタンタンの助言を聞き、瞼を突き始めた。この辺で、待ったをかける。すると、ガーとチョーはピタリと動きを止め、コンスタンタンのもとへ戻ってきた。

 助けた恩義からだろうか。随分と言うことを聞くようになった。

 風邪を引いて伏せっている者というのは、リュシアンではなくロイクールだった。

 今すぐ殴り飛ばしたい気持ちがふつふつと湧き上がっていたが、コンスタンタンは騎士である。

 コンスタンタンの暴れる理性を抑えつけているのは、騎士であるという意識だ。

 騎士でよかったと、今、心から感謝していた。

 そうでなかったら、ロイクールをひと目見た瞬間に殴り飛ばしていただろう。

 暴力では、何も解決しない。

 赦すことを覚え、怒りに自らを支配させないこと。

 コンスタンタンは己の中にある理性をかき集め、ロイクールに問いかけた。


「お前……アン嬢はどこにいる?」

「……」


 コンスタンタンはロイクールの胸倉を掴み、もう一度同じことを問いかけた。


「アン嬢は、どこにいるんだ?」

「し、知りません!」

「知らないわけがないだろう? お前が、アン嬢を王の菜園から連れて行った!」

「そ、そうですが、今は、どこに行ったか、知りません」

「詳しいことを話せ。もったいぶるな」

「……」


 ロイクールは歯を食いしばり、頑なな態度を崩そうとしない。

 ここで、以前リュシアンが言っていたことを思い出す。

 それは、部下たちの適当な仕事に困っていた時の話だ。

 なぜ、言うことを聞かないのか。そんな弱音をコンスタンタンはポツリと零してしまった。

 そんなコンスタンタンに、リュシアンは言った。人付き合いは、自らを映す鏡であると。

 恐れたら、相手も恐れる。逆に、笑顔で接したら、相手も笑顔になるのだ。

 大切なのは、相手を想う心。それができていないと、すれ違ってしまう。

 正直、コンスタンタンの心のどこかに、部下に対してよく知りもしないのに見くびる気持ちがあったのかもしれない。

 その日以降は、しっかり部下一人ひとりを見て、付き合うことに決めたのだ。すると、どんどん態度が軟化していった。

 ロイクールにも、結局部下たちと同じことをしていたのだろう。

 コンスタンタンは、ロイクールを見下していた。

 リュシアンを誘拐したことは赦せないことである。けれどその事実をいったん呑み込み、見下していたことを反省して、コンスタンタンは真正面からロイクールに接する。

 胸倉から手を離し、コンスタンタンは再度語りかけた。


「アン嬢を大事に想う心があるのならば、知っていることのすべてを話してほしい」


 ロイクールはコンスタンタンから顔を逸らした。

 震える唇をぎゅっと噛みしめ、悔しそうな表情を浮かべている。


「ランドール卿、頼む」


 最後に、コンスタンタンは頭を下げた。

 ロイクールはコンスタンタンの誠意を感じ取ったからか、ポツリポツリと話し始めた。


「アンは、ガラの悪い男に連れ去られてしまいました。私はそのあと、倒れてしまい……」

「ガラの悪い男というのは?」

「すみません、よくわかりません。ただ、黒い熊の紋章のような腕章を付けていたので、何かの組織の構成員なのかもしれません」

「男の特徴は?」

「眉間から目の下まで走る大きな傷がありました。鉛色の髪に、茶色い目、ガタイがよくて、ナイフや鞭など、武装もしています」


 黒い熊の紋章、それから男の特徴──これだけ情報があれば、あとはコンスタンタン一人でも調査できるだろう。


 ロイクールは話し終えた瞬間、ポロポロと涙を流し始めた。


「す、すみません、でした。体調がよくなったら、すぐに助けに向かうつもりだったのですが……。本当に、申し訳ないと……」

「私に謝るのではなく、アン嬢に謝ってくれ」

「で、ですが、私が連れて行かなければ、こんなことには……」

「そう思う気持ちが強いのであれば、騎士隊に行って、事情を説明しに行け」

「……」


 ロイクールは小さく頷いた。


「ア、アンを、助けて、ください……。お、お願い、します……」

「言われなくとも」


 コンスタンタンはそう短く返事をして、宿を飛び出す。

 もちろん、ガーとチョーもあとに続いた。


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