堅物騎士は、思いがけない出会いを果たす
馬を駆け、分岐の合流点にある町を目指す。
ほどよく馬を休ませ、走らせた結果夕方には到着した。
第二の都市にほど近いこの町は、商人や旅人が多く行き交い賑わっている。
治安は良さそうに見えるが、路地裏などはどんな輩が潜んでいるのかわからない。
果たして、ロイクールはリュシアンをきちんと守っているだろうか。
少し離れた場所で身なりの良い年若い娘が、ガラの悪い男に絡まれているのを見て不安に思う。
周囲に使用人の姿はない。日が暮れると、女性の一人歩きは危険だ。
娘の足元に旅行鞄があるので、家出でもしてきたのか。
リュシアンと年頃が同じくらいに見えたので、ついつい重ねて見てしまう。
「おい、姉ちゃん、ちょっと酒に付き合えや」
「止めて! 放しなさい!」
コンスタンタンは溜息を一つ落とし、絡む男の腕を取って言った。
「おい、嫌がっているのが見えないのか?」
「なんだ、お前は! どこのどいつだ!」
「名乗るほどの者ではない」
「はあ!?」
男は分かりやすく激昂し、コンスタンタンに殴りかかってくる。
ただ、酒を飲んでいるのだろう。足元がふらつく男はコンスタンタンの敵ではなかった。
男が振り上げる拳を除け、逆に腕を取って曲がってはいけない方向に捻る。
「い、痛い、痛い、痛い! ク、クソ、何をしやがるんだ!」
「このまま騎士隊に突き出されるか、大人しく家に帰るか、選ばせてやる」
「な、なんだと!?」
「騎士隊に突き出されたいようだな」
「い、いや、帰る! 家に、帰るから!」
手を放したら、男は体の均衡を崩して地面に転がる。しかし、すぐに起き上がり、脇目もふらずに逃げていった。
「あ、あの、ありがとう。助かったわ」
助けた女性は深々と頭を下げ、礼を言ってくる。
アーモンド形をした亜麻色の瞳は潤んでいた。その上、カシミアの外套はわずかに着崩れている。乱暴な手つきで男に絡まれたのだろう。気の毒なことだとコンスタンタンは思った。
「怪我は?」
「ええ、大丈夫よ」
育ちのよさが、立ち姿からにじみ出ている。
パールグレイの髪をきれいに編み込み、計算されたおくれ毛を垂らした美しい娘だった。
道行く男は、娘を振り返って見ている。それほど美人なのだ。
「この時間帯は、酔っ払いがうろついている。早く、宿に行ったほうがいい」
「あ、ありがとう」
「予約はしているのか?」
「いいえ、していないわ」
彼女に構っている場合ではないが、このまま放っておいたら安宿に泊まって大変な目に遭いそうだ。
どうせ、コンスタンタンも宿に調査に行く予定だった。仕方がないので、最後まで面倒を見てやることにした。
「宿まで案内する」
「いえ、大丈夫だから」
「いいからついて来るんだ」
「……はい」
まず、街に入ってすぐにある宿屋は、そこそこ部屋がよく食事もおいしい。食堂は昼夜問わず賑わっているのだ。
以前、コンスタンタンもここの宿に泊まっている。
「だがここは、ガラの悪い奴らも出入りする。女性の一人旅での宿泊はオススメできない」
「そうなのね。知らなかったら、ここに泊まっていたと思うわ」
あの場で別れなくてよかったと、コンスタンタンは思った。
中央街を抜け、貴族御用達の店が並ぶ通りにでてくる。その中にある高級宿までコンスタンタンは案内した。
「ここの宿ならば、安全だろう」
「本当に、なんとお礼を言っていいのか」
「礼など必要ない」
「あなた、お名前は? せめて、お詫びの品だけでも贈らせていただきたいのだけれど」
「気にするな。これでも騎士だ」
「まあ、騎士様だったのね!」
出てきた時は着の身着のまま騎士隊の制服だったが、私情で動いていることもあって、二日目からは私服だった。
今日は革のジャケットにズボンというシンプルな恰好をしている。
「私は、ソレーユ・ド・デュヴィヴィエ。またお会いすることがあったら、必ずお礼をさせていただくわ」
ソレーユと名乗る娘の家名を聞いて、コンスタンタンは瞠目する。
デュヴィヴィエは公爵家。国内の五本指に入るほどの名家だ。なぜ、デュヴィヴィエ公爵家の令嬢が、供も連れずにこんなところにいるのか。
疑問は尽きなかったが、これ以上彼女に付き合っている暇はなかった。
とりあえず、ソレーユとはこの場で別れ、コンスタンタンは宿でリュシアンについて調査を行う。
宿屋の受付で、リュシアンについて情報を聞き出す。
宿側は個人情報の提示を嫌がった。だが、誘拐事件なので騎士隊の身分証を出し、情報を提供するように命じる。
「金髪碧眼の、ガチョウを連れた美女ですか? いいえ、来ていませんよ」
「……」
貴族令嬢が宿泊するに相応しい宿は、ここしかない。どうやらロイクールは、安宿にリュシアンを連れて行ったようだ。
怒りが、腹の底から湧き上がる。
ならば今度は、違う宿を探すしかない。
幸い、リュシアンはガチョウと共にいる。どこにいても、目立つだろう。
中央街にある商店の通りを歩いていたら、ガアガアグワグワと鳴くガチョウの声が耳に入った。
「──アン嬢!!」
振り返ったが、リュシアンの姿はない。
代わりに、ケージに入った白と黒のガチョウを発見する。
そこは肉屋で、ケージには「凶暴につき、半額」と書かれたガチョウが売られていた。




