お嬢様は大ピンチになる
やってきたのは、コンスタンタンではなかった。
リュシアンはロイクールにまんまと騙されてしまったのである。
「どうして……ここに?」
「あなたが白と黒の鵞鳥というわかりやすい目印を連れていたおかげで、すぐに見つけることができました」
「!」
世界中探しても、鵞鳥を連れて一人旅をしている女性などリュシアンしかいないだろう。
その点を、失念していた。
せめて、男性の服を着て、少年のふりをしていたらロイクールに見つかることはなかったのか。後悔が波のように押し寄せる。
初めて一人旅をして、大きなトラブルもなく宿屋に宿泊できたという達成感が、リュシアンに用心というものを忘れさせていたようだ。
コンスタンタンの名を聞いて舞い上がり、よく確認しないで飛び出してしまった。
この結果、ロイクールに捕まってしまったのだ。
「私の名で呼び出しても、来ないことなんてお見通しなんですよ」
「コンスタンタン様の名前を騙るなんて、赦されることではありませんわ!」
「どこに、そんな法律があるのですか?」
確か、あったはずだ。しかし、今は混乱状態で、返す言葉が見つからない。
ガーとチョーが、ロイクールの足元で暴れる。靴を突き、ズボンを嘴で引っ張った。
「くっ、この、鵞鳥共が!」
ガーとチョーはロイクールの足を左右同時にバタバタと踏みつけている。
地味に、ダメージを与えているようだ。
ロイクールの顔は青ざめていて、目も血走っている。まだ、風邪が全快ではないのにやってきたからだろう。
手を振り払ったら、案外簡単に振りほどけるかもしれない。
しかし、足を踏ん張った瞬間に、思いがけない展開となった。
「旦那、これが話していた鵞鳥ですかい?」
黒いエプロンをかけた大男が、ロイクールに尋ねる。
「ええ、そうです。連れて行ってください」
「おお、これはこれは、ムチムチと太ったおいしそうな鵞鳥だ」
大男はガーとチョーの首を掴み、革袋に放り込んだ。
「ガー! チョー!」
リュシアンは連れ去られてしまうガーとチョーに手を伸ばしたが、紐に繋がった犬のようにロイクールに腕を引かれてしまった。
「それは、わたくしの鵞鳥です!! きちんと、宿代も払っています!」
しかし、リュシアンの訴えは空しく、すぐにいなくなってしまった。
「彼は肉屋です。きっと、あの鵞鳥達は新しいご主人様に出会えるでしょう」
「な、なんて酷いことを!」
「酷いのはあなたです。伏せっている私を見捨てて、一人で出ていくなんて」
「お世話は、きちんと頼んでいました。見捨てていたわけではありません」
こんなことになるのならば、山で倒れたロイクールなんて置き去りにして、一人で山を下りればよかった。
そうでなくても、ふもとの町に辿り着いた地点で、騎士隊の詰め所に行って被害を報告していたらよかったのだ。
それをしなかったのは、両家の問題が関係していた。
リュシアンの実家であるフォートリエ家は、ロイクールの実家であるランドール家の領地を通じて他国へ野菜を輸出しており、それを可能としているのは両家の友好な関係あってのことだった。
もしも、ランドール家との関係が破綻したら、フォートリエ家は収入の三分の一を失うこととなる。
騎士隊に今回のことを通報するとしたら、父親の判断も必要だろう。
事態は最悪だ。
ガーとチョーは肉屋に連れ去られてしまった。
リュシアン自身も、こうしてロイクールに捕まっている。
どうしようもない状況となる。
「とりあえず、一晩休んで、明日の朝にここを発ちます」
「あの、どこに、行くのですか?」
「ランドール家に決まっているでしょう。すぐに結婚して、私の妻になってもらいます」
「い、イヤです……!」
「もう、決まっていることなので。忘れたのですか? 私達の結婚は、アンの父親も了承しているのですよ? あなたの父君が、私の父に娘と結婚してくれと、頭を下げて頼んできたのです」
「……」
父はそこまでしてロイクールと結婚させようとしたのだ。
ロイクールと結婚したら、ランドール家との関係もさらに良好になる。
貴族の娘として、これ以上ない働きとなるだろう。
「もしも、あなたと結婚することになっても、心だけは、捧げません」
「今、なんて言いましたか?」
「名義上はあなたの妻となっても、心までは妻にならないと、言ったのです!」
涙が眦に浮かび、声は震えてしまった。迫力に欠ける言葉だったが、それでもロイクールは衝撃を受けた表情を浮かべている。
「コンスタンタン・ド・アランブールにだったら、心を捧げるというわけですか?」
「今、コンスタンタン様のお話はしておりませんが?」
「そういうことでしょう? あなたは、コンスタンタンにだったら、尻尾を振って犬のように従順になると」
「コンスタンタン様は関係ありませんわ!」
「アンはいつもそうだ。コンスタンタン、コンスタンタン、コンスタンタンと!」
「コンスタンタン様について先に言いだしたのは、ランドール卿のほうですわ!」
「コンスタンタン、コンスタンタンうるさいです!」
「ランドール卿のほうが、コンスタンタン様の名前を連呼していると思います」
「は!?」
「今だけで、七回ほど呼んでいます」
「そんなにタンタン、タンタン言っていません!」
「コンスタンタン様の名前を、タンタンと呼ばないでいただけます!?」
「あんなの、タンタンで十分ですよ!」
「なりません!」
ああ言えばこう言う。二人の会話は平行線であった。
◇◇◇
その晩、リュシアンは部屋の外に見張りつきで宿泊することとなる。なんと、窓の外にまで人を配置するという厳戒態勢だ。逃げるルートはすべて塞がれていた。
翌日、ロイクールはリュシアンと共に旅立とうとしたが──。
「行きますから、ガーとチョーを助けてください」
「あんな乱暴鵞鳥、連れて行くわけないでしょうが!」
宿屋の前で、二人は言い合いしていた。
「いいから、大人しく来てください!!」
ロイクールは腕を引っ張ろうとしたが、リュシアンはひらりと避けた。
想定外の動きだったのか、ロイクールはてんてんとたたらを踏む。その拍子に、がたいのいい男性にぶつかってしまった。
「ああん? なんだあ、お前」
「あなたこそ、なんですか!」
明らかにガラの悪い男だったが、ロイクールは偉そうな態度を崩そうとしなかった。
「お前がぶつかってきたから、肩を大怪我したぞ! 治療費を寄越せ!」
「何を言っているのですか?」
「話しがわからない奴め! いいから、金を出せよ」
「出す訳ないじゃないですか!」
嫌な予感がする。リュシアンは二人が言い合いをしているうちに逃げようとしたが、背後にいた誰かに腕を掴まれてしまった。
「兄貴、その男、かわい子ちゃんを連れているぜ!」
「だったら、その女を売り払って、金にしようぜ」
「アンに手を触れないでください」
ロイクールは拳を振り上げたが、肩を押されただけで倒れてしまう。
「うぎゃあ!」
転がっていくロイクールを、リュシアンは切ない気持ちで見つめる。
「ふん、口ほどにもないやつめ!」
「こっちにこい!」
「きゃあ!」
リュシアンは、ガラの悪い男達に連れ去られてしまった。
※鵞鳥について
チョーになっていたり、チョウになっていたりしているようです。
今回の話からチョーに統一します。
一話一話確認する時間がないため、そのままになっております。申し訳ありません。




