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お嬢様は鵞鳥と共に旅立つ

 浮かれている場合ではない。今、自分が何をすべきか、リュシアンは冷静に考える。

 まず、アランブール伯爵家に無事を知らせる手紙を書き、早馬を打って届けてもらう必要がある。

 そのためには、金が必要だ。残念なことに、着の身着のままで攫われたリュシアンは手持ちの金がなかった。

 しかし、そんな時のために、リュシアンは金に宝石があしらわれたアンクレットを身に付けている。母親から何かあった時は、売るようにと言われていたのだ。

 アンクレットを売るような事態になるわけがないと思っていたが、人生は何があるのかわからないものだ。

 リュシアンは宿の主人に、この辺りに質屋がないか尋ねる。


「質屋だったら、ここの裏通りにある。しかし、お嬢さん一人で行くのは心配だ。うちの母さんについていくように頼むから」

「感謝します」

「いいって。困っている時は、お互い様さ。お~い、母さん、ちょっと来てくれ」


 宿屋のおかみを伴って、リュシアンはアンクレットを質屋に売りに行った。

 アンクレットの平均買い取り価格は金貨三枚と銀貨三枚。それ以下で買いたたくようであれば、断るようにと言われていた。

 買い取り価格は、金貨三枚と銀貨八枚だった。

 おかみが色を付けて買い取るよう、質屋の店主に言ってくれたのだ。

 リュシアンは宿屋の夫婦に、深く感謝する。

 無事、資金を得たリュシアンは、アランブール伯爵家に自らの無事を知らせる手紙を書いた。すぐに、早馬を打つように依頼する。明日の朝には届くようだ。

 代金は金貨一枚半。瞬く間に、所持金が減ってしまう。

 父親にはコンスタンタンが来たら引き留めておくようにと、通常配達で手紙を出す。

 リュシアンは馬車に乗り、コンスタンタンを追ってフォートリエ子爵領へ帰ることを決意していた。


 一人旅は初めてだった。だが、コンスタンタンがリュシアンを探してフォートリエ子爵領へ行ったとなれば、そのまま帰るわけにもいかない。


 平民の娘が着ているワンピースや下着などを数着揃え、荷造りを行う。

 ロイクールのことは、看護師に頼んだ。看病代は、ロイクールの財布から支払われる。

 一応、王都にいるランドール家の執事へも、迎えに来てほしいと手紙を書いている。彼のことは心配ないだろう。

 一晩休み、ロイクールと別れの挨拶をしないまま、リュシアンはガーとチョーと共に旅立った。


 ◇◇◇


「はあ、鵞鳥も一緒だと?」


 乗り合い馬車を管理する商人は、信じられないという表情で鵞鳥を引き連れているリュシアンを見下ろす。


「人に慣れております。粗相もしません」

「って言ってもねえ」

「お願いいたします。鵞鳥の分の代金も払いますので」


 リュシアンが深々と頭を下げると、商人は頬をポリポリ掻く。


「まあ、代金を払うのならば、いいか」

「ありがとうございます!」


 リュシアンの粘り強い懇願のおかげで、ガーとチョウも馬車に同乗できることとなった。

 乗り合いの馬車に座席はなく、荷物を運ぶために造られたものだった。ぎゅうぎゅうに人が押し詰められ、息が苦しくなるほど密閉されている。

 しかも、周囲はほとんど男。リュシアンは外套の頭巾を深く被り、男達の視線から逃れる。

 正直怖かったが、左右にいるガーとチョーを抱いて、恐怖心と戦っていた。

 どさくさに紛れて触れようとする者もいたが、ガーとチョーが突いたり鳴いたりして威嚇する。

 日が暮れると、馬車は街で一晩過ごすこととなる。

 一日中移動していたので、体のあちらこちらが痛い。実家の馬車は体が痛まないような構造をしていたのだなと、今更ながら感心してしまった。


 宿は一番高い宿を利用する。宿屋のおかみから、そうするようにと助言を受けていたのだ。

 安い宿は部屋の鍵が壊れていたり、窓から隙間風が入ったりする。防犯面も、怪しいようだ。


 ガーとチョーには八百屋で買ってきた野菜を与える。彼らは今日、間違いなくリュシアンの騎士だった。心から感謝している。ガーとチョーが守ってくれなかったら、乗り合い馬車の移動は耐えきれなかっただろう。


 リュシアン自身は、パン屋で買ったハードなパンを食べる。日持ちすると思い選んだが、硬くて飲み込むのに苦労してしまった。

 スープがほしい。けれど、旅費を食費に充てている余裕はない。

 パンは半分も食べられず、そのまま鞄にしまった。

 寝台に横たわると、じわりと涙が浮かんできた。

 一度アランブール伯爵家に戻り、フォートリエ家とランドール家に早馬を打ったほうがよかったのか。

 自分の判断は間違っていたのだと、リュシアンは気付く。一人旅だなんて、無謀だったのだ。


「コンスタンタン様……」


 そう名前を呟いたら、部屋の扉が叩かれた。リュシアンは跳ね起き、返事をする。


「すみません、騎士様が、お客様をお尋ねにやってきたのですが」


 女性が言う騎士様という言葉に、心臓が飛び出る思いとなった。


「ほ、本当に、騎士様ですの?」

「はい。名前は、コンスタンタン・ド・アランブール殿だと」

「コンスタンタン様!!」


 リュシアンは部屋から出て、女性従業員に詳しい話を聞く。


「お客様の噂話を聞き、駆け付けたと」


 コンスタンタンは宿屋の一階にある食堂で待っているらしい。すぐさま、リュシアンは駆けて行った。食事中だったガーとチョーも、あとに続く。


 食堂は食事時とあって満員だった。コンスタンタンはどこにいるのか、キョロキョロと探し回る。


 そんな中、腕を突然取られた。

 リュシアンは驚いて、振り返る。


「──アン、やっと捕まえました」


 そこにいたのは、ロイクールだった。


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