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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は幼馴染を叱咤する

 実を言えば、リュシアンが野営をするのは初めてではない。

 子ども達と星座の勉強をするためにテントを張り、夜間学校を開いたことがあった。

 ただしそれは村の中でやったことで、その上夏季だった。

 今は真冬で、リュシアンは着の身着のままで出てきた。正直に言えば、かなり寒い。

 雪が降り積もっていないことだけは、ついていると思ったほうがいいのだろうか。

 しかし、寒い。

 リュシアンは足下にいたガーとチョーを抱きしめ、暖を取る。鵞鳥の羽毛は、温かかった。


「アン、そんなところにしゃがみ込まないでください。服が汚れるでしょう!」

「これは作業用のエプロンドレスですので、汚れてもまったく問題ありませんの」


 ロイクールはリュシアンの言葉に返事をせず、舌打ちをした。リュシアンは本日何度目かもわからない溜息をついた。


「アン、そんなところに座っていないで、行きますよ」

「どこに、ですの? そもそも、あなたはどちらへわたくしを連れて行くつもりだったのですか?」

「それは、実家に連れ戻すつもりでした。フォートリエ子爵が、いくら連絡をしても、返事を返さないと言っていたようですので」

「忙しくて、父に返事が書けなかった時があったのは確かですが……」


 それにしたって、無理矢理すぎる。リュシアンの父はリュシアンに帰って来るように言っていなかったはずだ。


「どうして、こんなことを? 一度帰るにしても、アランブール家の方々に何も言わずに出てきたので、騒動になっていると思うのですが」

「こうでもしないと、アンは帰らないでしょう?」

「帰らないって……! 今は、その時期ではないだけで、落ち着いたら近況報告をしに帰ろうと思っていました」


 これでは誘拐だ。まっとうな人間がすることではない。そんな言葉も浮かんできたが、それだけは言ってはいけないと言葉を呑み込む。


「とにかく、お馬さんも疲れていますし、ここで休んで、明るくなってから行動したほうがいいかと」

「なっ!! ここで、野宿をするというのですか!?」

「そうですけれど?」

「無理です! テントもないのに、どうしてそんなことができるのですか?」

「この道を選んだのは、ランドール卿、あなたですわ。わたくしは、止めましたが」

「……」


 我慢していた言葉が、次々と出てくる。

 真冬の寒さと、空腹がそうさせているのだろう。このままではいけない。リュシアンはそう思って立ち上がる。

 人は追い詰められた状況の中にいると、ついついマイナス思考になったり攻撃的になったりするのだ。

 それはリュシアンだけではない。ロイクールもだろう。

 リュシアンは立ち上がり、ロイクールに接近する。

 なぜか、ロイクールはじりじりと後退していった。


「ア、アン、なんですか?」

「ちょっと、よろしいでしょうか?」


 そう言って、リュシアンはロイクールのベルトへ手を伸ばす。

 ナイフの柄を握り、一気に引き抜いた。


「アン、待ってください! 話し合いを──」


 オロオロするロイクールを無視して、リュシアンは行動に移す。

 しゃがみ込んだ先にあった枯草を拾って丸めた。

 続いて、手探りでその辺に落ちている木の枝を探す。

 真っ暗なので、上手く見えない。ロイクールが「何をしているのですか?」と話しかけていたが、答える筋合いも暇もなかった。

 そして、エプロンドレスのポケットから取り出したのは、物置小屋の合金製の鍵である。


「予備の鍵だから、たぶん大丈夫……」


 自分を安心させる言葉を呟き、ナイフの刃を鍵に当てて引いた。

 何度か繰り返すと、火花が散って枯草に引火する。

 木の枝を添えて、火を大きくした。

 ゆらゆらと、火が揺れる。


「暖かい……」


 リュシアンはホッと安堵の息をはいた。

 ナイフで行う火おこしは、庭師から習った。屋外にある休憩所で、ナイフで火をおこすところを発見し、やらせてくれとせがんだのは彼女が十歳の時の話である。

 まさか、実際に使う日がくるとは、リュシアンは夢にも思っていなかった。

 使った鍵を火で照らす。欠けてなかったので、ホッとした。


 パチパチ、パチパチと火が燃える音を聞いていたら、心はいくぶんか落ち着いてきた。

 寒さ問題が解決したら、今度は別の問題が生じる。空腹だ。

 リュシアンは火からずいぶんと離れた位置にいるロイクールへ問いかける。


「ランドール卿、何か、食料は持っていますか?」

「……」


 何も返さないということは、食料は持っていないのだろう。

 ロイクールの計画では、峠を越えて麓の村に到着している算段だったのかもしれない。

 薄手のコートだからか、微かに震えているようにも見えた。


「ランドール卿、もっと、火に近づいたほうがよろしいかと」

「ほ、放っておいてください」


 火おこしすら思いつかなかった自尊心が邪魔をしているのか。ロイクールはリュシアンがおこした火を睨んでいる。


 どうしたものか。溜息ばかりでてしまう。

 同時に、腹もぐうっと鳴った。そろそろ、夕食の時間だろう。

 アランブール家の人々はどうしているのか。

 ロザリーは泣いていないか。

 コンスタンタンはどうしているのか。そればかりが気になってしまう。

 きっと、迷惑をかけているだろう。

 だが、うじうじしてもどうにもならない。今、できることをしなければ。

 リュシアンは火が点った木の枝の一つを握り、立ち上がる。


「アン、何をするのですか?」

「木の実か何かないか、探そうと思って」

「食材ならば、そこにあるではないですか?」


 ロイクールが指差したのは、ガーとチョーだ。リュシアンはギョッとして、言い返した。


「ガーとチョーはコンスタンタン様が食料にしないと決めました。今は、畑の雑草を食べる仕事を担っております。ですので、食料にはできません」


 そんな言葉を返したら、ロイクールはムッとしたのか表情を歪ませる。


「あなたは、なんでもコンスタンタン、コンスタンタン、コンスタンタンタンですね!!」

「最後、タンが一回多かったです」


 すかさず、リュシアンはロイクールに突っ込んだ。


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