堅物騎士は、お嬢様の父親と会う
すぐにコンスタンタンは中へと案内された。応接間で、従僕に事情を説明する。
自分はリュシアンが身を寄せていたアランブール伯爵家のコンスタンタンで、急に姿を消してしまったリュシアンを心配し、やってきたと。
すると、従僕は驚いた表情を浮かべていた。
「お嬢様が、ランドール卿に連れ去られたと?」
「ああ。何も言わずに、突然いなくなった。すぐに、フォートリエ子爵に知らせてほしい」
「は、はい」
従僕の動揺する様子を見て、不安が過る。もしや、リュシアンはここにいないのでは? そんな想像すらしてしまった。
ほどなくして、リュシアンの父であるフォートリエ子爵がやってきた。
口元にたっぷりと髭をたくわえた、貫禄ある人物であった。
天使のようなリュシアンの父親とは思えないほど、顔は厳つい。
「君が、アランブール卿か」
「はじめまして」
手を差し出されたので、握手を交わす。
剣を握って皮膚が厚くなっている騎士同様、フォートリエ子爵の手の平の皮膚は硬かった。おそらく、毎日農具を握っていたため、このようになっているのだろう。
領主であるが畑仕事をしているという一風変わった話は、リュシアンから聞いていた。
「さっそく本題に移るが、娘リュシアンは、まだ、うちへは帰っていない」
「!」
後頭部を金槌で殴られたような衝撃に襲われる。
ロイクールは、リュシアンを実家に帰したのではなかったようだ。
では、どこに連れて行ったのか。
百歩譲って、婚約者という立場からリュシアンを実家に連れ帰ったというのならばよかった。
アランブール伯爵家に何も言わずに連れて行くのは問題だが、世間的には大きく騒ぎ立てることではない。
しかし、直接ロイクールの実家に連れて帰ったのだとしたら、立派な誘拐となるだろう。
まだ結婚していないので、ありえないことだった。
コンスタンタンは弾かれたように立ち上がるが、フォートリエ子爵より制止される。
「落ち着け。座るんだ」
「しかし!」
「いいから、座れ」
命令されて、コンスタンタンは長椅子に腰を下ろす。
「なるほどな。アンの傍に、君のような男がいたから、ロイクールは焦ってアンを連れて実家に帰ったというわけか」
「それは──」
ロイクールの敵対視はひしひしと感じていた。コンスタンタンの存在が仇となっていたことは否定できない。
「アンの手紙に書いてあるアランブールが君のことだったときづいたのは、結婚の申し出があった後だった」
「そう、でしたか」
「必要以上に親切にしてもらっているとは思っていたが。まあ、よい。連れ去られた時の情報を教えてくれ」
「突然、前触れもなく、ランドール卿が連れて行ったそうです」
「……」
眉間に皺を寄せ、深い溜息を落とす。
「ランドール家とは、今まで良好な関係を築いていたつもりだった。しかし、その子息が、そんな真似をするとは……」
ランドール家は、フォートリエ子爵領より南の、国境に沿った地域を領する一族である。
辺境伯の爵位を賜る、歴史ある名家だ。
フォートリエ子爵領とは隣り合っているため、大昔から付き合いがあったのだとか。
「ちょうど、ロイクールが王都で騎士になったと聞き、ちょうどいいと思っていたのだが──」
リュシアンからの手紙には、王都での暮らしが楽しくてたまらないと書かれていたようだ。そのため、同じく王都にいるロイクールと結婚させようと思ったのだという。
「彼女は、ランドール卿との結婚を嫌がっていたようでした。そのため、私はリュシアン嬢の婚約者の振りをして、彼から遠ざけていたのです」
「ふむ。君は、そんなことをしていたのだな」
「申し訳ありません」
フォートリエ子爵の視線が、鋭くコンスタンタンに突き刺さった。
深く、頭を下げるしかない。
「しかし、父君から結婚の申し出があったということは、少なくとも君はアンを妻に迎えてもいいと、思っていたのだな」
「それは……はい。その通りです」
「ではなぜ、婚約者の振りをせず、すぐに結婚を申込まなかった?」
「私にはもったいない女性だと、思ってしまったからです」
「アンが、もったいなく思うような娘だと?」
「はい」
コンスタンタンはフォートリエ子爵の目をまっすぐ見て答えた。
すると、フォートリエ子爵は腹を抱えて笑いだす。
「あの、何か、おかしなことを言いましたか?」
「いいや、そうじゃない。君がアンを、高嶺の花のように扱うから」
「高嶺の花だと思っておりますが」
そう答えたら、さらに笑いだす。
「アンはランドール辺境伯に頭を下げて、もらってほしいと頼み込み、渋々了承してもらったのだ。息子も、同様だったと聞いている。まさか、アンを高嶺の花扱いをする男がいるとは」
フォートリエ子爵の言葉に、コンスタンタンは首を傾げる。
なぜ、リュシアンのような素晴らしい女性との結婚を、父親が頭を下げて乞わなければならないのか。
「アンはな、自由に育てた。貴族女性としての、礼儀も何もあったものではない。茶会よりも、畑好きな娘など社交界でまともにやってはいけない。だから、好きな男と結婚させようと考えていたのだ。しかし、いつまで経っても好きな男が現れないようだから、私が一肌脱いでランドール辺境伯に頭を下げたのだが」
あまりにもリュシアンのことを下げて言うので、コンスタンタンはムッとした。
相手はフォートリエ子爵であったが、つい言い返してしまった。
「リュシアン嬢は、我が家でパーティーをするさいに、内装の手配やら、料理の手配やら、いろいろこなしてくれました。貴族女性としての素養は、十分備わっているように感じました」
「ほう。アンは、君の家で女主人顔負けの仕事をしたと」
「はい。その……我が家には、女性がいないもので、つい、手を借りてしまったのですが」
「そうか。特に、そのようなことを教えたつもりはなかったのだが」
「母君がしていたことを、真似したと話していました」
「なるほどな。それは知らなかった」
会話が途切れたので、コンスタンタンは紅茶で喉を潤す。
フォートリエ子爵も同様に、紅茶を飲んでいた。
しんと、静かな時間が流れる。沈黙を破ったのは、フォートリエ子爵だった。
「アンは、君と結婚させたほうがいいみたいだな」
「フォートリエ子爵!」
「もちろん、ランドール家のドラ息子が、アンの意思を無視して連れ去っていたら、さらに、アンが君との結婚を望んでいたら、ということが前提にあるが」
フォートリエ子爵は頭を下げて言った。
「アンを、連れ戻してほしい。それからまた、ゆっくり話をしよう」
コンスタンタンは深々と頭を下げた。




