堅物騎士は、馬を駆け
ロイクールは王都に滞在していた。
ランドール家のタウンハウスにリュシアンを連れて行った可能性もある。
念のため確認に行ったが、ロイクールは執事に数日家を空けると言って出かけていたようだ。
騎士隊にも、休暇を申請していた。
ロイクールは間違いなく、フォートリエ領へ行ったのだ。
問題は、他にもある。
ロイクールはリュシアンを馬車で連れ去ったのか。それとも、馬を単独で駆り、抱えて連れ去ったのか。
どちらにせよ、単騎で馬を走らせたら、すぐに追いつくことができるだろう。
問題は、フォートリエ領までの道のりが二つある点だ。
平坦でなだらかな道は、三日かかる。街道は舗装されていて、馬車の走行も可能だ。
もう片方の勾配が強く険しい道は道幅が狭く、馬車は通れない。さらに、鬱蒼とした木々が生い茂っており、昼間でも不気味な雰囲気がある。
コンスタンタンも一度、演習に行く際に馬で通ったことがあったが、男性でもキツイ道のりだ。
いくらロイクールが外道とはいえ、女性を馬に乗せて通るとは思えない。
コンスタンタンは三日かかるほうの道を選択する。
一日目はすれ違う馬車を一台一台確認しながら走っていたが、思っていた以上に時間がかかってしまった。今回の旅は、私的なものだ。騎士隊の制服を着ているわけではないので、馬車を停めることに苦労してしまったのだ。
幸い、アランブール家の家紋が彫られた懐中時計を持っていたおかげで、不審者だと思われずに済んだが。
それでも、コンスタンタンは深く落ち込んでしまう。
懸命の捜索も虚しく、リュシアンは見つからなかった。
二日目、第二の都市の検問に行き、馬車の通行記録を調べさせてもらう。
騎士隊の身分証明書を示したら、快く見せてくれた。
だが、ロイクールの名前は書かれていない。手を貸していたと思われる商人の名前もだ。
基本、通行書は偽造できないが、他の商人の手を借りた可能性もある。
しかし、ロイクールが険しい道を選択していたら、ここを通過していないことになる。
コンスタンタンの胸は、締め付けるように苦しくなった。
選択を間違ってしまったのか。
もう一つの道を選んでいたとしたら、リュシアンは辛い思いをしているだろう。
目の前が真っ暗になるような絶望に襲われる。
しかし今は、前に進むしかない。
だが、馬もコンスタンタンも、休憩が必要だ。しばし、宿屋で仮眠を取ることとする。
宿は厩に綺麗な藁が敷いてある場所を選択した。コンスタンタン自身の部屋は、気にしない。寝台さえあれば、休めると思っていた。
案内された部屋は、寝台があるばかりの簡素なものであった。
布団は薄く、シーツにも染みがあった。
一晩明かすわけではないので、問題はない。そう思って横たわったものの、目を閉じても眠れない。昼間だから、というのもあるだろうが、一番はリュシアンのことが気がかりで眠れないのだろう。
しかし、ここで眠っておかなければ、コンスタンタンがダメになる。
ここで、出発してから何も口にしていないことに気づいた。
一度起き上がり、リュシアンが作った菓子を食べることにする。カボチャのタルトは、少しだけ潰れていた。それを、一口で食べる。
じっくり煮込まれたカボチャのクリームは甘い。コンスタンタンの疲れを、削ぎ落してくれるような優しい甘さだ。
強張っていた心は、自然と安らかになる。
コンスタンタンは再び寝台に横わたり、目を閉じた。
今度は、すぐに眠ることができた。
その後、すっかり元気になったコンスタンタンは、馬に跨って街を出る。
馬と自身を休憩させながら、フォートリエ領までの道のりを急いだ。
三日目、ようやくフォートリエ領に到着する。
「ここが──」
のどかな、フォートリエ領。
見渡す限りの畑と、小高い丘には風車が回っている。
子ども達は駆けまわって遊び、町には馬や山羊が闊歩していた。
ここが、リュシアンが育った地。そう思ったら、ジンと胸が熱くなる。
広大な自然に囲まれたこの土地が、元気で明るいリュシアンを育ててくれたのだ。
ぼんやりと眺めていたら、二十歳前後の青年に声をかけられる。
「旦那さん、領主様に御用ですかい?」
「ああ、そうだが」
「領主様のもとまで、案内しましょうか?」
「頼む」
「お馬さんはいかがなさいます?」
「どこかで預かってもらえると助かるのだが」
「では、宿屋に預けてきますね」
「ああ、頼む」
コンスタンタンは先に、チップを手渡した。青年は嬉しそうに受け取る。
宿屋から戻ってきた青年は、すぐに道案内を開始してくれた。
リュシアンの実家は、丘のほうにある立派な邸宅だ。
アランブール家のものよりも、ずっと大きい。
冬野菜が実る畑の間を通り抜け、木漏れ日が明るく差し込む森を通り、坂を登っていく。
村から三十分ほどで、家の周囲を塀で取り囲んだ門に到着する。コンスタンタンは青年に、再度チップを手渡した。
青年が門番に話をすると、中に入ることができた。
美しく手入れがなされた庭を見ながら並木道を真っ直ぐ進むと、フォートリエ子爵家の玄関口へと案内される。
門で一回身分を証明したのちに待たなければならないかと思っていたが、案外すんなり入ることができた。
「ありがとう。助かった」
「いえいえ、こちらこそ」
「身分は、確認しなくてもよかったのか?」
「はい。俺は領主様に、案内を任されているんです。見知らぬ人がいた時は、声をかけて案内してほしいって。きちんとした人ならば、案内し終えたあとチップをくれる。さらにきちんとした人ならば、案内する前と後にチップをくれると。そのような人物であったならば、そのまま屋敷の中まで案内してほしいと。金払いのいい人は、もれなく領地にいい話をもたらしてくれる場合が多いそうです」
「それだったら、金を持つ悪い奴はどうするのだ?」
「お金を持っている悪い奴は、もれなくケチだというのが、領主様の見解らしいです。加えて、そういう奴は俺達みたいな村人はすぐに見下して、雑な扱いをします。そういう人は、門の前で待っていただいて、入れるか入れないかの判断は、執事さんがするんですよお」
一方、コンスタンタンは最初から最後まで、紳士的な態度を崩さなかった。
ここに来るまで、金払いだけでなくふるまいも見ていたのだという。
「なるほど、な」
「はい! 旦那さんは、安心して案内できる、きちんとしたお客さんです。では、ここの執事さんを呼んできますね」
青年は裏口まで向かった。
とうとう、リュシアンと会えるのだ。そう思ったら、胸が高鳴った。




